「な、なにっ!? 吹き飛んでるしっ」
茉莉花が意識を取り戻した時、目の前に広がっていたのは、禍々しい黄昏。何が起こったのか分からず、跳ね起きていた。周りを見ると葵が立っていて、柊と竜胆は座り込んでいた。どうやら、葵が咄嗟に防御してくれたようだった。
それでも、部屋は吹き飛んでしまったが。というか、部屋どころか建物の一部が吹っ飛んでいた。竜胆は埃を払って、立ち上がると目の前にいる女性へ親し気に話しかけた。
「アヤメか、久しぶりだね」
「厄介なヤツが来たな」
「貴方の顔を見るの、何年ぶりかしら。葵もしばらくぶりね」
懐かしむように語る女性。茉莉花は見たことも無かったが、間違いなくただ者ではないのは分かる。雰囲気は柔らかいが、先程の光景を思い出すと、そうも言っていられない。
「あの人……」
「人型空魔の一人。アヤメと呼ばれている奴だ」
茉莉花はアヤメをどこかで見たことがあるような気がした。
しかし、思い出せない。すれ違った人の中にいたのかもしれないが、そんな印象に残る人はいない。すれ違いではなく、もっと狭い場所か。胸がもやもやするが、どこか見たことあるなど言えるわけが無かった。だがそれ以上に、葵もどこかで会ったことがあるような口ぶりだったので、少し気になっていた。
「しばらくぶりって……」
「前に会ったことがあるんだよ」
「待って。どうして?」
様々な疑問が浮かんでくる。葵はそもそも空魔のボスであるミュオソティスと繋がっている竜胆の息子。茉莉花たちに明かさなかったことを考えると、色々知っていてもおかしくは無い。裏切られた気持ちはあるが、葵を責められなかった。
「知り合いって程ではないわ。情報共有していただけ。人型空魔って言っても、抱えているものは複雑だったりするのよ。二重スパイの蘇芳がその良い例でしょう」
「……所長が空魔のボスと繋がっている時点で、何もかもどうでもよくなってくるな」
柊は驚くことも無かった。悟りの境地に達してしまったかのように、成り行きを見守っていた。柊もかなり振り回されていると思うので、ついていけない茉莉花ですら少し同情してしまう。アヤメは茉莉花たちに目もくれず、竜胆に語りかける。
「あの子は消えたがっている。でも、同時に消えたくないとも思っている。矛盾の塊。私の心はただ、彼女を守るそれだけ――」
「天秤はどちらにでも動くってことか。面倒くさい生き物だ。で、今の彼女は何て言ってるのさ?」
「貴方以外誰もいらない――ってねぇ!」
再び、衝撃波を放つ。皆避けたが、地面が抉れているのを見ると、当たったら最期なのが分かる。茉莉花と葵はハーツを手に取り、アヤメへ対峙する。
「どこまでも身勝手だな」
「葵のお母さんを殺しても、足りないの!?」
「あら、それは竜胆がやったことよ。彼の意思でね」
アヤメの口から告げられたのは、また別の真実。思わず茉莉花は固まってしまう。
「ミュオソティスがやったんじゃないの……?」
「確かに、ミュオは記憶や感情を操ることが出来る。けどね、正確に言うと、本人が持っている感情を扇動するの。例えば、悲しみの記憶を持たない人に、悲しみの感情を植え付けることは出来ないのよ」
無い感情は作れない。操れない――その事実は痛いほど、心に突き刺さるようだった。
「少なくとも、竜胆は玲菜さんのことを疎ましく思っていたってことよ。葵も知っていたから、竜胆と距離を取っていたんでしょう」
「…………」
葵は表情一つ変えず、何も言わなかった。本当に竜胆が自分の意思で殺しているのなら、今頃こんな風に話してはいないとは思うが、一体どういうことなのかと茉莉花は竜胆の様子を探る。
「勝手に人の心を知ったように語らないで欲しいね。化物風情が不愉快だ」
アヤメに対する竜胆の言葉には、明らかな敵意がこもっており、表情は少しも笑っていなかった。普段の竜胆からは想像出来ないものだった。
「……所長、もしかして怒ってる?」
「珍しいな」
茉莉花と柊の二人は不謹慎だと思いつつも、驚いていた。ただ、葵だけは静かに見守っていた。葵は竜胆が玲菜のことを疎ましく思っていたのを知っていたというが、果たしてこの話は本当なのか。
「葵、所長って本当に玲菜さんのこと疎ましく思っていたの?」
「……あぁ」
葵は力なく頷いた。茉莉花は呆然とするしかなかった。
「けど……それ以上に、母さんへの思いは本物だったんだろうなって思ってる」
「え……」
「どうやっても、母さんの思いは竜胆に届かないんだよ。きっと、ミュオソティスにかけられた呪いと板挟みで、どうにもならないんだ」
「疎ましいっていうのは……」
「母さんには言わなかったらしいけど、母さんと接していると、たまに強い拒否反応が出るって言ってた」
葵によると自分の心へ踏み込んでくるとき、強く出るらしい。恐らくは、受け継がれた呪いによるものだと葵は言う。ミュオソティスに思われ、頭の中に響く呪いが少しずつ、心を蝕んでいく。それに触れられるのが、たまらなく嫌だったのだろう。それが拒否反応に繋がるとか。
「そいつじゃないって、言ってるような気がするとか……愚痴をよく言ってたよ。本当に自分の意思で好きになったのか、分からなくなるって。怯えてた」
目の前にいる人が好きなのに、違う人を思い浮かべている自分がいる現実など想像も出来ない。当たり前だが、茉莉花は竜胆の事情を知らなかった。いつも何を考えてるか分からないし、見透かしたような態度が気に喰わなかったが、少しだけ竜胆への印象が変わった気がした。