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 僕の家系――星影家は由緒ある家系らしくて、大昔の話になるけどね。どれくらいかっていえば、君たちが想像出来ないくらい前の話だよ。僕のご先祖様は、とても優秀な魔法使いだったらしいさ。色んな国から引っ張りだこで、各地を放浪していた。魔法使いなんているワケが無いだって? あっはっは。どうだろうね。正直、僕もよく知らないのさ。
 けれどもいる、いないで争っていたら、話が進まないので“いる”という前提で進めさせてもらうよ。魔法使いはたくさんの人に出会って、悩みを解決していたのさ。魔法使いなんて言うけど、今でいう占い師に近かったのかもしれないね。
 その中で一人の少女と出会ったのさ。その子は不思議な存在でね。普通の人とはちょっと違っていたんだよ。何でも人の心が見えるらしくて、昔は色んな人の悩みを聞いていたんだって。魔法使いは同族意識でも感じたのかね。少女は少し影を帯びているように見えたんだ。気になった魔法使いは、その子の話を聞いてあげたんだ。少女が語る話はぼんやりとしていて、魔法使いの方も最初はよく分からなかったんだよね。魔法使いは少女と話していくうちに、少女が異質なものだと理解したんだ。
 なんと、少女は魔法使いよりずっと前から生きていたのさ。これにはびっくりさ。少女はずーっと人の心を見て、悩みを聞いてきたけど、今ではそんなに必要とされなくなっているみたいで寂しかったようだよ。年を取らない人間なんて化物としか思えないし、人との違いに気づいてしまったら隠れざるを得ない。少女はそんな中で、ひっそりと生きていたみたいだ。少女も最初は、魔法使いに心を開かなかったけど、だんだんと打ち解けていったみたいさ。
 しかし、話の結果は後味が悪いものでね、魔法使いとはいえ、所詮は普通の人間。いつかは死んでしまう。少女もきっと、分かっていたはずなんだけどね。それでも離れがたかったんだろう。そんなこんなで、別れは突然訪れた。世界中で争いが起こったらしくてね、魔法使いもそれに巻き込まれて命を落としてしまった。少女は最期まで側で看取った。
 そんな少女に対して、魔法使いは死ぬ間際に、言ったんだ。
 
『君はもう、我慢しなくていいんだよ。君の感情を、思いを世界は受け止めてくれる。君が思い描く、世界を望むんだ。それが、世界を蝕む呪いだとしても――』

 魔法使いは少女の願いを分かっていたのさ。消えたくない、忘れられたくない――終わりたくないって。

『僕は君のことを忘れないよ。忘れさせない』

 魔法使いの願い――もといミュオソティスの呪いが生まれたってわけさ。これは後世まで強く残っている。一番分かりやすい形で現れているのは、知っての通り“空魔”さ。空魔の正体――始まりはミュオソティスの感情。彼女の世界への悲しみや怒りが、生み出した怪物。最初に八体、それからどんどん増えていったらしいのさ。人の感情に際限は無いからね。紆余曲折の末、彼女の存在は願い通り、世界に刻まれましたとさ。
 
 めでたしめでたし――

「どこがめでたしなのよっ。繋がりが分かんないんだけど?」

 受け入れられたかは分からないが、唐突なオチに突っ込まずにはいられなかった。物語としてはよくありそうな話だが、これが事実だとするならばとんでもないことだ。

「簡単に言えば、さっきの話を誰からも聞いたことが無いのに、話せることさ」

 竜胆はミュオソティスと先祖の話を誰からも聞いたことが無いと言う。それなのに、見てきたことのようにすらすらと語っていた。確かにホラー要素に思えるが、世界のどこにもそんな話が無いのだろうか。

「呪いっていうかさぁ、伝承なのかな。とにかく、ある日気づいた時から、空魔を知ってたんだよ。ぶっちゃけ、どこまで本当の話なのか分かんないけどねー」
「あんたがやけに空魔に詳しいのはそういうことか。その扱いに長けているのも、全て知ってたからか」

 空魔が生まれる前よりの時代の記憶もあり、空魔が生まれた経緯も知っていた。だからこそ、誰よりも空魔に詳しかったのだ。

「全部知ってるなら、言えばよかったのに」
「今でこそ、君たちは真剣に聞いてくれたけどさ、今よりも前……切羽詰まっていない状況だったら、こんなの頭のオカシイ奴の妄言で終わるさ」
「……そうかもしれないけど」

 情報源は竜胆の記憶という時点で、信憑性が薄い。他にも、証明する手立てが無い。そもそも話している本人ですら、疑わしく思っているのだ。

「他に記憶を共有している人間はいなかったのか? 聞いた感じだと、星影家に伝わってるんだろう?」
「探したさ。いなかったよ。多分、僕……記憶の保持者が死んだら、次へ流れていくんだろうね。中には頑張って、日記を残してくれた人もいたけど、あまり信用されてなかったみたいで、保管状態はボロボロのものが多かったよ」

 記憶の保持者は世界に一人。誰も知らない記憶を覚えている。自分だけにしか分からない、謎の記憶。自分だけが見える世界。一人だけ、別の世界に迷い込んでしまったかのような気持ちになる。少し考えただけで、茉莉花は少し寒気を覚えた。

「時代を重ねれば重ねるほど、情報が増えてね。僕以前に同じように継いでいる人の記憶も断片的にあるんだ。でも、祖先の情報が一番リソース割いているという事実が最悪だね。記憶が消せたらよかったんだけどさ……色々試したけど駄目だったよ。おかけで毎日地獄さ」

 茉莉花は思わず、色々の内容が聞きたくなってしまったが、あまり詳しく聞かない方が良いと思いとどまった。

「頭の中でずーっと、誰かが言うんだよ……『彼女を忘れるな』ってさ。頭おかしくなるさ。見たことも、会ったことも無い知らない誰かのことを、四六時中知らない奴が喋ってるんだから」

 うんざりしたように竜胆は語る。想像しただけでも寒気がする。誰かの声がずっと、何かを訴えているなど、大半の人は頭がおかしくなったのかと思うだろう。

「そんなだから、僕はミュオソティスが大嫌いだ。この世から消してやりたい。けど僕も彼女に空魔にされちゃったし、どうにも出来んのさ」
「あんた、確かミュオソティスに嫌われてるんじゃなかったのか。それなのに空魔にされたのか」
「そこはまぁ、色々。説明すると面倒っていうか。複雑なんだよね。僕もよく分からないんだけど……」

 頭に手を当てながら、歯切れが悪そうに竜胆は言う。空魔関連など、ほとんど面倒な話しかないし、今更だろうと茉莉花は思った。

「僕の推測なんだけどさ……彼女、僕と魔法使いを重ねているように思うんだよ」

 ミュオソティスは竜胆に魔法使いの代わりを求めているという。あくまでも、竜胆の推測に過ぎないが、そう思わせる何かがあったのだろう。

「僕は魔法使いじゃないから『彼女を忘れるな』とか言われても知らないし、なんなら消えてくれて構わない。ミュオソティスは、僕に面影を求めている節はあったけど、迷惑なだけだよ。そっけなくしたら、引き籠ったっていう所はあるね」
「なるほど……」

 知り合いに重ねられても、正直対応に困るだけだ。竜胆はそんなミュオソティスの態度が嫌だったから冷たくした。そうしたら、ミュオソティスが竜胆を憎むようになった。まとめるとかなり理不尽な気がする。茉莉花も同じように蘇芳と対峙したとき、姉の面影を求められていると気付いたとき気持ち悪く思ったので、竜胆の心情は分からなくもなかった。

「魔法使いがいなくなったという事実を認めたくないんだな」
「そんなとこかな」

 魔法使いは大昔に亡くなっている。ミュオソティスも知っているはずだった。
 しかし、彼女は受け入れられなかったという。竜胆に面影を重ねていると思われているのだから、きっと容姿も似ているのだろう。竜胆は何も言わないが、そんな気がした。

「……そのせいで、母さんは死んだ。何もかも、呪いだ。そいつが、呪われているから」

 今まで黙っていた葵が俯きながら呟いた。憎しみも多少あるのかもしれないが、それ以上にやるせなさの方が際立つ。

「どういうこと?」
「ミュオソティスと僕は繋がっているからね。彼女は僕に介入出来るんだよ。僕を祖先と同一視してるから、僕の裏切りが許せなかったんだろうさ。性格悪いよねぇ。僕の手で殺させるとかさ……」

 手をかざしながら、竜胆は目を細めた。竜胆は確かに玲菜を殺した。自らの手で。そんなことは望んでいなかったはずなのに。なんて事の無いように語るが、声色はどこか苦しそうに聞こえた。茉莉花はただただ、ミュオソティスの所業と竜胆の過去に、呆然とするしかなかった。何も知らず怒ってしまったが、あのような過去があったなど、思いもしなかった。

「そんなのって、無いでしょ」
「……そこまでするのか」

 柊は改めて、ミュオソティスを脅威に感じたようだった。未だに姿を見たことが無いが、会わなくともまともな相手でないのは分かる。部屋の中はしばらく重たい沈黙が流れていた。

「全く、こんなところにいたのね。これならまとめて殺せそうだわ」

 その静寂を裂いたのは、全く知らない女の声だった。瞬間――部屋の内部が、がくんと揺れ、気付けば茉莉花は宙を舞っていた。