一難去ってまた一難、とまではいかないが頭を抱えたくなることばかり、襲い掛かってくる。茉莉花たちは戦闘後の後始末を終えてから『所長室』の名を冠する、竜胆の部屋に集まっていた。茉莉花は初めて入ったが、書斎に近い部屋だった。壁にびっしりと、本が埋め込まれていて、一ミリの隙間も無かった。モニターが一台あるだけで、機械的な要素は少なかった。意外に思うし、明らかに施設の中でも浮いている。簡単に言えば、古臭い部屋だ。
「すごい部屋……」
「宝の山じゃねぇか」
柊が部屋の中にある蔵書へ目を輝かせていた。茉莉花にはよく分からなかったが、空魔関連の資料がたくさんあるのだろう。
「プライベートルームだからね。滅多に人は入れないんだ」
「相変わらず、いるだけで気が滅入る部屋だな」
どうやら、葵はこの部屋に入ったことがある、数少ない人間の一人のようだった。茉莉花は葵の呟きを聞いて、ここに来た理由を思い出す。
「……葵もそうだけど、所長って何なの? 呪われてるとか、意味分かんないし。そもそも、何でそのミュオソティスってヤツのこと、詳しいのよ?」
これまでに湧いてきた疑問を一気にぶつける。色んなことがあって、途切れ途切れにしか聞いていない。とにかく茉莉花は全てを知りたかった。
「どっから説明しようかな。どうしよー葵?」
「俺に聞くな。お前の方が詳しいだろうが」
茉莉花は二人のやりとりを見て、親しそうな間柄だと思った。葵の態度は、突き放しつつも心の底から嫌っているようには見えない。この関係を表すとすれば――と茉莉花は少し考えたが、いやいやと想像を追いやった。そして、改めて葵に尋ねる。
「あのさぁ。さっきから思ってたけど、二人って親戚かなんかなの? やけに親しそうに話してるけど……」
「葵は僕の息子だからねぇ。それなりに気心は知れてるよ」
「…………は?」
茉莉花の思考は一瞬だけ止まった。その後、頭にガツンと大きな隕石が降ってきたかのように、正気を取り戻す。片隅に追いやった想像が、まさか本当だとは夢にも思わなかった。驚きを隠せない。逆に柊はあまり驚いている様子は無かった。薄々気づいていたのかもしれない。
「……本当の話だ」
葵の方へ視線を向けると、大きくため息をついた。知られたくなかったかのようにも見えるが、隠すつもりも無さそうだった。
「あぁ、えっと。本当とかそれ以前に、頭に入ってこないんですけど。マジ!? 苗字とか……」
「時津は玲菜の姓でね。あー玲菜っていうのは葵のお母さん……僕の妻だよ。複雑な事情があるのさ」
「へぇ~」
家族がいるのは当たり前なのに、こうやって聞くと少し新鮮に感じる。紫苑や霞はあまり話したがらないので、聞くことは無かった。茉莉花はあまり話すことに抵抗は無いが、エンプティにいる人間はワケありの子どもが多いので、無神経に聞くのは憚られた。葵も似たようなものだと思っていたから、少し意外に思えた。
「茉莉花はリアクション大きいし、バラしがいがあるのさ」
「そんな暢気なこと言ってる場合じゃないだろ」
そうだ。親子というのはどうでもいい――のか分からないが、関係があるのか。とりあえず、聞くなら今しかないと思い切り込んでいく。
「親子……か。ていうか、所長いくつなの? 色々とツッコミどころありすぎ」
「半分空魔になってから、止まったんだよ。年齢は聞かない方が良いと思うよ? がっかりするだろうから」
「はは……」
何も期待してないし、笑うところなのか分からないが、笑うしかなかった。恐怖を通り越して、関わりたくない気持ちの方が強くなっていく。
しかし、全てを知るには避けられない道なのは分かっていた。この二人は間違いなく、何かを隠している。現に、家族だということも隠していたし。
「あーあ。びっくりよ。まさか、所長がお父さんなんて……そういや紫苑や霞は知ってたの?」
「言ってない。説明すると面倒だし、それにこいつ信用されてないから、余計なことを言うと内部で動きづらくなる。知っていたのは、長年付き合いのある榠樝さんくらいだ。後は……勘が良さそうな、水城さんとか菜花さんか」
「どうなの柊さん?」
茉莉花が柊の方へ顔を向けると、気まずそうに顔を逸らした。
「……何となく感づいてはいたし、隠しているのなら言うのも野暮かと思ったから何も言わなかった。恐らく、蘇芳も空魔経由で知ってると思うぞ」
「柊は空気読んでくれるから助かるさ」
「そりゃどーも……」
柊は思考を見抜かれていたことに不服そうだった。
この中だと、茉莉花だけ知らなかったようだった。疎外感というよりは、流れについていけないと言った方がいいのか。なかなか複雑な内部事情を聞かされて、呆然とするしかない。葵がやたら空魔に詳しいのも、竜胆経由で聞いていたのだろう。
「家族って言ってもね、上司と部下のほうがやりやすいのさ」
「そういうものなんですねー」
上司と部下と言っても、茉莉花はあまりいい関係ではないような気がした。親戚とかの親しい間柄ならまだしも、親子というには少し歪で互いに壁を作っているように見えた。
「お母さんの方はどうしているの?」
「亡くなってる」
「え……」
「僕が殺したんだ」
母親の存在――この流れなら自然な質問だったが、二人の間に見える壁の正体も、竜胆の答えから分かってしまう。
「なんで……」
「邪魔になったから」
竜胆があまりにも淡々と言うから、信じられなかった。曲がりなりにも、家族ではないのか。そこまで落ちぶれているのか。様々な感情がこみ上げてくる。葵はどう思っているのかと見てみると、憎しみも怒りも無い表情をしていた。言うなれば、虚無に近い。何の感慨も無さそうな――悲しみや憎しみを感じないのはまだいい。抱く感情はその人次第だから。何よりも茉莉花が耐えられなかったのは、家族なのにあまりにもぞんざいな扱いだったこと。邪魔だったから――などあり得ない。そんなことがあっていいはずがない。
「なんで、邪魔って……大切な人だったんじゃないの!?」
「落ち着け、茉莉花」
「そんなこと言ったって……」
柊に諫められるが収まらない。親子は何者にも替えられない存在なのに、どうしてこんなにも冷めきってしまっているのか。葵の態度もそうだが、一番は竜胆が葵の母親を――自分の妻を殺したという事実を、何事も無かったかのように語るのが許せなかった。感情をこめて欲しいとか、そういうわけではなくて、もっと言い方があるのではないか。理由があるなら、なおさらだ。茉莉花の言葉に微塵も動揺しない二人。受け止めているようにも見えるが、言っても理解されないだろうという、諦観も感じられる。
それが、さらに茉莉花を苛立たせる。茉莉花が口を開こうとした瞬間、重ねるように竜胆がぽつりと語りだした。
「僕らは……彼女に――ミュオソティスに呪われてるんだよ。生れたときから」
呪われている――先程からずっと言っていた、不穏な言葉。これまでずっと聞きそびれていたが、ようやく話してくれるようだ。切り出したということは、この家族に何らかの関係があるのだろう。
ここまで来たら、どんな話が来ようが受け入れる――茉莉花は静かに決意するのだった。