長らく歩き続けてきたが、ゴールは見えない。目に見える距離はあまり関係ないとは言っていたけど、近づいているのか全く不明だ。近づいているにしても、全くそうは感じられないし、逆に遠のいているような気がする。あーあ、もう最悪。これはミュオソティスからの試練なのか。どうして、私が試されなくてはいけないのか――理不尽な気持ちが高まる一方、これしか頼りになるものはないので歩き続けた。それにしても、柘榴はどうしてここまでしてくれるんだろうか。私が記憶を取り戻したら、その理由も分かるのか。
「これまで柘榴が接触してきたのって、ここへ連れてくるためだったの?」
「そうだね。八割くらいかな」
「残りの二割は……」
「単純に君たちと話がしたかっただけ」
気が抜けるような回答だった。確かに、柘榴は私たちに絡んできては、すぐに消えていた。空魔に関することを言うかと思ったら、普通に話して帰っていくしよく分からなかった。葵は私以上に頭を抱えていただろう。思えば、柘榴と最初に出会ったのはいつだったか――
「最初に会ったのって……」
「姿形を認識させなかったとき」
「あー……それって、変なのが見えて、何か変なこと言ってたときの?」
全く動けなくなって、恐怖を覚えた。長らく忘れていた感覚を取り戻した感じだった。思えば、あの時から全て始まったような気がする。
「それそれ。あの時は、怖がらせて悪かったね」
「……散々な目に遭った」
私は痛みや悲しみは感じないけど、恐怖心は感じる。私自身よく分かっていなかったが、あの時初めて自覚した。私の中には、まだちゃんとした心が残っているのだと。でも、普通の空魔と戦っても、恐怖は感じない。これは、柘榴だったから? だったら情けないの一言に尽きる。
「仕方ないよ。人は得体の知れないものに恐怖を抱くものだから」
これは、ひょっとしてフォローされているのか……? そういや、こいつ心を読めるんだった。余計なことを考えるんじゃなかった。
「空魔は認識を狂わせることが出来るんだ。不定形を取ったり、人の認識から外れたりすることも出来る。人型の場合は姿形を自由に変えられるし、普通の空魔にもその力を使えたりする」
確か、クロユリと戦った際、あいつはあすなに人に擬態出来る力を与えたと言っていた。他にも廃墟で戦ったとき、あいつは認識操作を行っていたように思われる。認識から外れ、惑わす力だったように思われる。でも、あいつ私には通じなかったと言っていた気がしたが、どういうことだろう。
「クロユリのところは、僕が細工しただけだよ。クロユリも分かってたと思うけどさ」
悪びれもせず笑いながら語る。なんというか、悪戯好きなのか。どうやら、柘榴が私の認識だけを正常にしてクロユリの認識範囲内へ潜り込ませたようだ。諍いの元になりかねないというのに、なぜそのようなことをしたんだろう。
「あいつ、色々喋ってくれたでしょ? 後、いい感じに紫苑を誘導してくれた。クロユリは他者に呪いをかけられる。呪いの内容は自由。特に死に際でかけると、かなり強くなるらしい」
柘榴的には私たちへ情報を流しているといった感覚なのだろう。その情報で私たちの目をクロユリに向ける――そういったところか。呪い、と言われて私は思い出す。クロユリの不気味な笑い声を。
「置き土産とか、どうとか言ってたのは、そういうこと……」
「呪いは別に死ぬようなものじゃないし、紫苑にとってはちょうどいいと思うけどね。真実からは逃れられない――って」
そういえば真実とか、それ以外にも言っていた気がするけど、なんだったかな。私の――とにかく、ここまでしなくても良かったのに。正直、良い気持ちしない。呪いなどと言われたら、誰でもそう思うだろう。
「あ、言っておくけど……呪いは解けないから。クロユリ死んじゃったし」
だから、あいつ馬鹿にしたように笑ってたのか。あぁもう腹が立つ。あの顔を思い出すだけで、不快感がこみ上げてくる。徹底的にボコボコにしてやればよかった。
「まぁまぁ。呪いって言っても、あくまでも保険だ。真実から遠ざかったら、どうしようもないから」
あくまで今回かけられた呪いは、方向へ導くということなのか。その道が破滅の道だったら、文字通りの意味と変わりない。
だが、柘榴の話を聞く限りは、真実を知るという方へ重きを置いているようだった。
「……かなーり好意的にとれば、呪いをかけてでも、私に知って欲しいってこと?」
「まーね。そう捉えてもらっていいよ。一応、情報はバラまいていたし、それなりの誠意は見せてるつもりだけどね」
回りくどい方法というか、私に恨みでもあるのかと言いたくなる方法ではあるが、クロユリの能力を考えれば確実なのだろう。というか、ここまで話が本当なら空魔に出し抜かれてばかりじゃない。
「だからといって、貴方たちの存在は許容出来るものではないけど」
「それでも、前よりは空魔と人の距離はぐっ、と近づいたと思うね」
「それはない」
空魔に全て踊らされていた――どうしようもない事実だけがはっきりとした。空魔が全て話を動かしていた。思えば、所長も空魔だし普通にもう、空魔に支配されていると言っても、過言ではない気がする。一体、現実では何が起こっているのか。未だに私には、理解出来なかった。
「仮に僕らが動かしていたとして、完全に未来が読めるわけじゃない。誰にも行く先は分からないよ。それこそ、紫苑が真実を知って、どう進んでいくか、僕には想像出来ないや」
「真実を知ろうが、空魔は倒される存在であることに変わりはない」
この世界が空魔に飲み込まれているのなら、どうにかしなくてはいけない。真実を知ったとしても、そこは変わらない――はず。
「まぁ、そうなんだけどさ……」
どこか浮かない顔をしている柘榴。柘榴は空魔だし、複雑な気持ちなんだろう。
けど、胸の中で引っかかる、違和感。本当に、変わらないのだろうか。空魔という存在は何を考えているのか――これまでは感情が無い、理性が無い化物で切り捨てられたのに、人型空魔の存在が――柘榴が全てを狂わせる。
「心とか、何もかも分かればいいんだけど」
「……分かったところで、虚しくなるだけだよ。心を見たって、どうにも出来ないことの方が多いよ」
私の呟きに、柘榴は投げやりな態度で答える。彼の瞳の中に諦めや、悲しみが少しだけ見えたような気がした。さっきは、真実を教えたいと意気揚々に語っていたのに、急に態度がしおらしくなる。
「突然どうしたの」
「今更なんだけどさ。本当にこれでいいのかって、思っちゃうんだよね。難しいな、心って」
自分から連れてきておいて、いきなり内を言い出すんだ。ここまで来たら、引き返すという選択肢も馬鹿らしいくらいである。というか、ここから脱出するにはミュオソティスに会うしか無いのだから、進むしかない。
「別に、柘榴がそこまで気にすることじゃないでしょ。だって、真実と言っても、元々は私のモノだし。柘榴に関係ない」
「……うん」
柘榴は寂し気に笑う。その笑みは一体、誰に向けているのか。彼は私の知らないことを知っているが、言おうとはしない。真実は自分の目で確かめた方が良いという。私のことなんだから、私が直接知らなければいけないだろう。だったら、こんなところでぐだぐだしている暇はない。世界は空魔に飲み込まれようとしているのだから。
「そういえば、聞き忘れてたけど……」
柘榴は色々喋ってくれたが、一番重要なことを聞いてなかった。最初に出会った時、彼が発した言葉。
「『僕は君で君は僕』ってどういうこと?」
「あぁ……それはねぇ――」
これまで風など吹いていなかったのに急に突風が押し寄せてくる。風と共に、柘榴の声が響く。
「文字通りの意味だよ」
その瞬間、遥か遠くにあったはずの、白い塔が私たちの目の前に現れたのだった。