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 所長とミュオソティスが繋がっている――驚くべきところなんだろうけど、すごく腑に落ちてしまう。元より変に見えた人は、普通におかしな人だったのだと納得してしまうかのような、ピースの嵌り方だ。

「……空魔を研究している施設の長がよりにもよって、空魔と繋がっている。それもまた、空魔のボスと――私たち、手のひらの上で踊らされていたのかな」
「そういうワケでもないと思うけどね。あの二人ただならぬ因縁があるっぽいし」

 何がどうなったら、空魔のボスと縁が出来るのか謎である。柘榴が言うには因縁があるということなので、決して親密にしているというわけではないはず。
 けど、空魔を倒すために研究してきた人だ。どういう形であれ、空魔に対する熱意は本物だと思っていた。それよりも、私は所長の存在そのものが苦手だった。何だろう、生理的に無理みたいな感じ。

「あの人、全部知っているような瞳してて、正直進んで関わりたくなかったな……」

 心を見透かすような視線。言葉は鋭く抉り、食い込んでくる。気にしなければいいというが、どうにも正確無比に懐へ直撃させるのが得意なようで、無視出来るようなものではない。自己を無理やり引き出されるような感覚は誰もが忌避するだろう。

「あー……それは仕方ないよ。あれはそういう性質なんだ」
「もしかして、所長に会ったことあるの?」
「まぁ、ちょっとね。つーか竜胆って、半分空魔だし? そりゃ空魔みたいなことも出来るよ」
「……これまた唐突にブッ込んでくるね」

 衝撃の事実――というわけでもなく「あぁそうなんだ」という安心感の方が勝っていた。あの人は普通じゃないから、不気味に見えるのだと。少しだけ申し訳ない気持ちになる。
 でも、それぐらい気味悪いので仕方ない。日頃の行いが悪いと思う。いつもどこにいるのか分からないのに、ふらって急に出てくるんだもの。

「起きた時に言わなかったっけ?」
「聞いてない」
「竜胆は半分空魔で半分人間。心を見透かしているように聞こえるのは、普通に心が読めるんだよ。僕たちのような人型空魔とはちょっと毛色が違うんだよね」

 半分人間半分空魔と人型空魔の違いとは何なのか。柘榴の説明は端的で分かりやすいものの、詳しい説明はごっそりと抜け落ちている。わざとだろうけど。

「人型空魔と何が違うの」
「竜胆は別に人の心を喰わなくても、普通の食事でどうにかなるらしいよ」

 すごくどうでもいい情報――と一瞬だけ思ったが、人を襲う必要が無いから、そういった心配は無いという安心感。そこまでやっていたら、さすがにヤバいもの。

「それでも、ミュオソティスと繋がっているから、普通に死ぬことは無い。アレも僕ら空魔と同じ道具の一種だから」
「……繋がっているって」

 死ぬことは無いというのは、少し驚いた。空魔ってそんな力もあるのか。繋がっているというのは、裏切りとか背反ではなくて、物理的ということか。だから、手を出そうにも手を出せないとか?

「因縁があるって、そういうことなの?」
「詳しくは知らないって言ってるだろ。知りたいなら本人に聞いた方がいい。答えてくれそうなのは、どちらかと言えば……竜胆かな」

 ミュオソティスが教えることはないと、柘榴は思っているようだった。私としては、もうエンプティに戻るつもりもないし、良くは思ってないものの、敵対するつもりはない。
 だが、それを抜きにしてもミュオソティスがわざわざ教える義理は無い。そう考えると、所長に聞く方が早そうだった。

「どうにも、複雑なんだよ。空魔と人間と世界は」
「そうみたいね」
「……せめて、現実から目を逸らさないでくれたら、いいんだけどね」

 何気なく呟いた柘榴の言葉を私は聞き逃さなかった。呆れているようにも聞こえる呟きは、ミュオソティスに対する複雑な思いがあるようだった。

「どういうこと?」
「そのままの意味だよ。現実から逃げたって、真実は変わらない」
「それは誰に対して言っている言葉?」

 ミュオソティスに言っているように聞こえるが、何故か胸がざわざわする。柘榴といると、何だか忘れてしまった感覚を思い出すようだった。痛み、辛さ、苦しみ……はっきりではないけど、それに似た感覚が呼び起こされる気がした。

「あはは、ごめんね。でも、僕は甘ったるい夢より、目が覚めるほどの現実が好きなんだよね。紫苑はそこのところ……どうなの?」

 笑いながら問いかける柘榴。
 しかし、言葉には若干の刺が見受けられた。私の思い過ごしであればいいけど、そうではない気がした。間違いなく、私に向かって言っている。私を試しているのか。本当に、聞く資格があるのか問いかけているのか――私の答えは決まっていた。今更、引き返すことなど出来ない。

「夢を見ている方が好き。何も考えなくて済むから。だけど、それじゃいけないことも分かっている。だからこそ、私は絶対取り戻す。私が、持っていたものを――全て」

 決して、捨ててはいけないものだと思う。苦しみを伴うとしても、受け入れなくてはいけないモノ。どこかへ、置き去りにしてしまった感情。

「そうでなくっちゃ。とは言っても、元々僕が引き込んだワケだけど……」

 確かにそうだ。逆に何でしつこく聞いてくるんだろう。やはり、何か知っているし、隠していることがあるんだろう。そう思うと、少しだけ身が竦む。

「さっさと教えてくれたら、こんなトコ歩かなくて済むのに」
「本当の意味で取り戻すなら、ミュオに会わないと意味が無いからね。記憶とか感情を正確に引き出せて、操れる彼女じゃないと」
「……不安になるわね。その説明」
「そんな怖いものでもないよ。ミュオは無暗に力を振るうタイプじゃないから」
「当たり前じゃない。暴君だったら嫌よ」
「力で押さえつけている感は否めないけどねー」

 本人は横暴ではないけど、持っている力が強いから誰も逆らえない、といったところか。話は通じそうだが、記憶や感情を操作出来るというのが引っかかる。それに加えて、空魔のボスだから普通に強いだろう。
 正直、戦うという選択肢は今のところないが、何もしないというのもどうかと思う自分がいる。敵対するつもりはないとはいえ、向こうが敵意を示す可能性だってある。特攻が通じる相手ではないというのは、何となく分かる。どうしようかと、悩んでいると柘榴が笑いながら言った。

「ミュオソティスにそんな度胸無いから」

 問題ないと、淀みなく言い切る柘榴。その言葉の意味を私はどう取ればいいのか――ますます、不安になるのだった。