ひたすら、私たちは歩いていた。ここまで会話はほとんど無い。気まずいという感情も無いけど、柘榴が喋らないのも珍しいなと思った。それに関してはどうでもいいというか、むしろ好都合である。鬱陶しいし。
私はというと死について考えていた――ここまで色んな人が亡くなっている。茉莉花の死は回避されたものの、帳尻合わせのように五月七日さんが亡くなったと聞かされたとき、私の心はどこまでも凪いでいた。悲しいことだと理解はしているものの、感情が追い付かない。本当に悲しんでいるのかさえ、疑わしい。自分の感情が分からなかった。その理由を知るために、私はここに来た。真実へ辿り着くには、いつまで続くか分からない道のりの先にある、白い塔を目指すしかないと柘榴は言った。塔にはミュオソティスと言われる人物(?)がいるらしく、そいつは空魔のボス。全ての元凶と言っても、過言ではなさそうだった。
考えていても結局堂々巡りだった。私がやらなくてはいけないこと――この世界から抜け出すことだ。最優先事項である。黙々と塔を目指して、体感で二十分くらい、同じような風景が続く世界を歩いていた。そうだ。歩いていて、思い出した。まだ、まともに礼を言ってなかった気がする。
「……ありがとう」
「何が?」
「茉莉花のこと。助けてくれて。敵なのに」
「気にしなくていいよ。それに、割と楽しかったし、興味深かった」
「楽しかった……って」
何か引っかかる言い方だ。茉莉花の置かれた状況を思い返すと、そう言えるようなものではないと思ったけど、目の前にいるのは空魔。人間の常識では測れない。
「正直で感情豊かで、見ていて楽しかったよ。けど彼女、意外と執念深いよね。真っ直ぐで、危ういとこもあるけどすぐ立ち上がれる。強い人だと思う」
よく突っ走っていたし、危なっかしいとは思っていたけど、そこまでは思わなかった。そんなことはない――と言いたかったが、私は自信をもって否定出来るほど、茉莉花のことをよく知らなかった。
「人はもっと、詳しく言動を観察して内側に目を向けるべきだと思うよ。外側だけじゃ分かんないからね」
空魔に説教されるとは思わなかった。遠回しに馬鹿にされている気がする。いや、何で空魔に説教じみたことを言われなくてはいけないのか。
「純粋な感想だよ。僕は人間観察が好きなんだ。その人がどういう人間で、どうやって生きてきたか……ざっくり言えば『人間』っていう種族に興味があるんだよ」
柘榴の話を詳しく聞くと、彼が抱いているのは、初めて見かけるものに対する好奇心に近いのかもしれない。ますます空魔が分からなくなってくる。理性無く、本能で生きているようには見えない。人型空魔の時点で他とは違うところもあるのは当たり前か。
「なんか……異星人みたいなことを言うのね」
「そう見える? 僕が元々人間じゃないからっていうのも、あるだろうけどさ」
「え? 空魔って、ほとんど人間からなるものじゃないの? 後は負の感情とか……」
空魔は人間の負の感情から出来たり、人間が心を喰われたりして空魔になるパターンが多い。人間以外の生物が空魔になったという事例は聞いたことがない。空魔が宇宙人だったという話など、もってのほかだ。柘榴は私の疑問に対して、隠すことも無く答えてくれた。
「間違っては無いよ。ただ、人型の空魔は特殊なんだよ。例えば、クロユリが分かりやすい。アイツの正体は捨てられた人形。それをミュオソティスが空魔にした」
「へぇ……」
人形も空魔になるのか。人間しかならないのかと思っていた。空魔研究所がこのことを知らなかったとは思えない。さらに、施設や所長への不信感が増していく。とはいえ、もう空魔と行動している時点で、あっちに戻る気はないんだけど。それにしても、人間技とは思えない数々の攻撃は、関節が自由に動く人形だからか。びっくりするわ。
「詳細に言えば、人形に込められた負の感情を空魔化させているんだ。あの姿は空魔化のおまけさ」
人形が空魔化するのではなくて、人形に込められた悪感情が空魔になるということらしい。感情から空魔が現れることを考えれば、不思議なことではないのかもしれない。
「クロユリが人間を憎んでた理由って……」
「あいつが元々、捨てられた人形っていうことに関係があるのかもね。そこらへんは、互いに干渉しないから、詳しくは知らないけど」
とかいいつつも、クロユリのルーツを知っているあたり、普通に知っていそうだけど、深くは聞かなかった。捨てられた人形――誰からも必要とされなかった存在。聞いただけでお腹いっぱいだ。あいつはあすなに酷いことしたんだから――彼女は相応の報いを受けただけ。
と、思いかけたところでクロユリが散って行く瞬間を思い出していた。クロユリは消えた際、私を見て笑っていた。あれ、何だったんだろう。柘榴は私が色々と考えている横で、懇切丁寧に説明を続けていた。
「人型空魔はミュオにしか作れない。人型空魔になる条件は死んで、なおかつ強い願望、渇望、欲望――持っていること。当てはまれば、動物や無機物でも空魔に出来る。本来持ち合わせている感情でなくとも、感情に浸せば空魔化させることが可能なんだよ」
ん。今、恐ろしいこと言わなかった? 感情に浸すって意味分かんないって。
「あの、さらって言ったけど……死んで――って。ちょっと待ってよ、それじゃあ菜花さんって……」
「死んだんじゃないかな。ちなみにクロユリみたいなのは、本体が傷つけられたり、燃やされたりしているのが条件だったりする。他にも特殊なパターンはあるだろうけど……人間の場合は、間違いなく一回は死んでいるはず」
「えぇ……じゃあ空魔って実質ゾンビみたいなものじゃん」
「そう見える?」
「見えないけど……」
簡単に言うとそんな感じだし、似たようなものじゃないかな。でもまさか、突然ホラー話になるとは思っても無かった。死んだにしても、生きている時と遜色ないし、不思議だ。空魔は元々不思議の塊だけど、さらに不思議度が増した。死んでいることが、人型空魔の条件なら目の前にいる柘榴も死んでいるということになる。普通に怖い。引く。
「一度死ぬ代わりに、為せなかった願望を果たせるから、それなりに釣り合いは取れていると思うけどな」
「代償ってこと?」
そう思うと、少しは納得出来た。一方で普通そこまでするか? というのが、素直な感想もあった。空魔の抱えている事情は知らないし、知ったことではないけど、願いのために命まで懸けられる情熱が少し羨ましく思える自分がいた。
「……そういえば、柘榴は元々何だったの?」
「何だと思う?」
「えー人間じゃないの」
「どうだろう? まぁまぁ、じっくり考えてみてよ」
当ててみろと言いたげに、私の顔を覗き込む。何だろうな――柘榴を見ていると、色々な感情が湧いてくる。それと同時に、よく分からない既視感。あの夜以前に出会ったことは無いはず。でも、どこか懐かしい感じがした。私のよく知っている誰か――今の柘榴に対する印象はもやもやするという感覚が一番しっくりくる。いや、そういえば柘榴は元々人間じゃないって言っていたか。じゃあ、何なのかという話。動物を飼っていた覚えはないし、愛着があった人形も特にない。思い当たる節が全くない。ますます、こんがらがってくる。
「その言い方だと、人間では無さそうに思えるんだけど……怖いわね」
「今言わなくても、そのうち分かるよ」
「あっそ……」
最初から質問に質問で答えるあたり、まともに応える気は無さそうだった。よくよく考えたら、どうでもいいし、知らなくても問題ないからいいか。それを抜きにしても、色んな情報が手に入ったし。収穫は上々といったところか。
クロユリが元々人形だったことも含めて、衝撃的な事実が多かった。ここまで考え、思ったのは人間の負の感情は際限無いし、抑えることは出来ない。それはこの世界――現実が空魔にとって格好の餌場であるということ。空魔と戦い続けて来たけど、アドバンテージは空魔の方にあると思う。ボスであるミュオソティスが本気を出せば、世界などあっという間に支配出来るはずだ。
しかし、世界は終わっていない。少しずつ、緩やかにおかしくなっているだけ。いやそれも、十分にヤバいんだけど、何がしたいのかって話だ。彼女の目的が見えない――そう、考えが分からないのだ。だから、得体が知れなくて恐ろしく感じるんだと思う。
「ミュオソティスはすごい力を持っているはずなのに、世界は終わってない。だとすると、何か他に目的があるの?」
「まぁ……そうなるよね」
柘榴はどこか遠い目をしていた。説明しようか、しないか迷っているようにも見える。私としては知りたいが、そんなに大盤振る舞いに押してくれるだろうか。そう思いつつも、私は柘榴へ問いかけた。
「その理由も知ってるの?」
「さすがに、そこまではね。僕はあくまで考察しか出来ない。真実は彼女だけが知っている」
ミュオソティスの真実――彼女は何を思って、世界へ空魔を放っているのだろう。今も世界を蝕み続けているが、前には出てこない。私は予想というよりも直感に近いが、ミュオソティスは誰かを待ち続けているような気がした。こんな場所に来られる人間などいないというのに――そもそもミュオソティスと会ったことも無いのに何故だかそう思ってしまう。
「……ミュオ以上に、星影竜胆が知っているかもね」
ぼそっと、柘榴は呟く。聞きなれた名前ではあるが、ここで出てくるには不可解な人物。
「どうして所長が知ってるの」
「彼はミュオと繋がっているからね」
その事実に特別驚きもしなかったが、何とも言えない虚しさのようなものが代わりに襲ってくる。この言いようのない気持ちは、何だろうか。
まるで、最初から全て決められていたかのような、やるせなさが心を覆った。