柘榴がどこかへ行ってから、私はずっと考えていた。ここにいると不安になってくる――誰かの夢にいるようだった。不安定な足場で、心許ない。
私は身に覚えもない、不思議な場所に飛ばされていた。不思議という言葉で済むものではない気がするけど、そうとしか言えない。この世のものとは思えない、鮮やかな色をした結晶が大地から生えており、遠くには真っ白な塔がそびえ立っている。上を見上げれば、白い月が悠然と見下ろしていた。幻想的な風景が広がっているが、どこか寂しさも感じられる場所だった。
ぼうっと、考えていると能天気そうな声が聞こえてくる。柘榴が来たようだ。
「ここへ帰ってきたってことは、解決したってことでいいの?」
「もちろん。言われた通りにしたよ。あれ以上、余計なことをしなければ死ぬことは無いと思うけど……後は当人次第だな」
広がる光景など気にも留めず、柘榴は私に報告してきた。きっと、この世界を見慣れているのだろう。
ここへ連れられて起きた後、柘榴から今の状況を聞き出した。柘榴や菜花さんが空魔だったとか、葵が無事だとか、霞が亡くなったとか――話の中で、茉莉花が危ないかもしれない、という話を聞き、柘榴にどうにかするように言ったら、茉莉花の下へ行って、忠告をしたようだった。その際、何故か離れていても、柘榴の声が頭の中に響いてくるという謎の症状に悩まされた。逐一話しかけてくるから、頭の中に変な装置を埋め込まれているかのようで、煩わしかった。
けれど、それで茉莉花の窮地を救えたから、まぁ良かった。それに加えて、お姉さんの件で悩んでいた茉莉花に「力を貸してあげて」と言ったら、渋りながらも話を聞いてくれたし。
しかし、よくよく考えたら、不可解だった。ちょっと不気味さを感じてしまった。自ら頼んでおいて、身勝手な感情だと思う。彼は私たちに協力する義理など無いはずだし、考えがよく分からない。分かったらいけないような気がした。そんなものだから、警戒しておくことしか出来ない――正直、もう手遅れじゃないかと思うけど。
「それにしても、遅かったじゃない」
「寄り道が好きなんだよ。色々と収穫はあったから。良い情報、悪い情報も含めて」
悪い情報というのが引っかかるが、すでに結果は決まっているのだ。どちらから聞いたところで結果は変わらない。
「どっちも、簡潔にまとめて話して」
「蘇芳と桔梗が死んだ。後は……君たちのところにいた、五月七日榠樝が死んだ。桔梗と相討ちっぽいけど、とどめを刺したのは葵。茉莉花は無事だよ」
「……そう」
五月七日さんが亡くなった――あすなや霞のときと同じように、そんな喪失感は無かった。悲しいことだとは分かるけど、それ以上の感情が湧いてこない。相変わらず、私の心はちぐはぐだった。今回はそれに加えて、色々なことが起こりすぎて、混乱していた。
「私の知らないところで一体、何が起きているの」
「何がって言われてもね……説明が難しいな。みんなそれぞれ勝手に動いているからなぁ」
「というか、そもそも柘榴が痛みを取り戻せるとか、どうとか言って、私をここに連れて来たじゃない。記憶は曖昧だけど……」
簡単に言えば、私の悩みを解決してくれるということで、連れて来られたような……気がした。私の同意を得ていたかは、すごく曖昧だけど、そういうことにしておく。
解決してくれるなら、それでよかったのだが、頭が冴えてくると本当にこれでよかったのか、と思ってしまうのだった。
「そーだね。失ったものを取り戻したいかって、話。今も気持ちは変わらない?」
「変わらないよ。わざわざそう言うってことは、柘榴は何か知っているの?」
「知っているけど、僕が言うことじゃないな。話は取り戻した後、自分の心に聞いてみるといいよ」
質問には答えてくれるけど、どこか判然としない。のらりくらりとした態度に少しだけ不信感を覚えつつも、私は柘榴の話をそのまま聞くことにした。
「紫苑が失ったものは、ミュオソティスに頼めば何とかしてくれるよ。ミュオソティスは深層心理のエキスパートだから!」
「……意味が分からないんだけど」
深層心理のエキスパート? 心理学者みたいなものか? 咄嗟に浮かんだのが、学者のイメージだったが絶対に違う気がした。
「言っておくけど、学者じゃないよ。そういう力があるってだけ」
私の心を見透かすように、柘榴が補足説明をした。いや、分かってるよ。ちょっと考えが過っただけだし。
いや、学者じゃなかったら逆に――嫌な予感しかしなかった。
「どちらにせよ、ヤバそうな印象しか浮かばないけど、大丈夫なの?」
「そうだね。かなりヤバいよ。機嫌を損ねたらどうなるか、分かったもんじゃない」
一体、どんな奴の下へ連れて行こうとしているのか。やはり、ここへ来たのは間違いだったのか少しだけ後悔が頭を過る。こんなところで、馬鹿じゃないか。
私は不安を払拭するように、柘榴へ確かめるように問いかけた。
「本当にどうにかしてくれるの?」
「……そういう約束だし。大丈夫だと思うけど、どうにかするのは、ミュオだしなぁ」
あくまで、解決してくれるのはミュオソティス――話を聞いている限り、柘榴よりも上の立場っぽいし。というか、いったいどういう存在なのだろうか。そう思ったところで、柘榴がタイミングよく説明してくれた。
「ミュオソティスは空魔の頂点にいる存在だよ。言うなれば、僕たち空魔のボス。ずっと引き籠ってるけど、すごい力を持ってるんだ」
「ボス……」
さらっと、言われたけど今から空魔のボスへ会いに行くのか。いきなりすぎて、唖然としてしまう。
けど、空魔のボスというわりには、柘榴からはミュオソティスへの敬意は感じられない。対等――というよりも、どちらかといえば、少し見下しているようにも聞こえる。そもそも、空魔って上下関係あるのか分からないけど。
「ミュオソティスが取りまとめとはいえ、僕らは基本的に利害の一致で協力している関係。ミュオソティスへ忠誠を誓っているとかは特にないんだ。なしくずしで同胞になったのもいるし、内部は結構複雑。あーでも……桔梗はその中でも例外だったな。あいつは馬鹿みたいに、ミュオソティスを崇拝していたっけ。とにかく、色んな奴がいるんだよ」
人間から空魔になったようなパターンの人型空魔もいるせいか、なかなか世知辛い話を聞かされているようだった。菜花さんも空魔だったらしいけど、どんな気持ちで私たちの前で話していたのだろう。菜花さんのことだし、人間だとか空魔だとかこだわりも無さそうだし、バレても反省しなさそう。そう思うと、水城さんや茉莉花が可哀想に思えた。詳しくは聞かなかったけど、あっちもゴタゴタしてたようだから、少し心配だった。
でも、茉莉花たちが生きているってことは、ひとまずケリは付けられたのだろう。柘榴も言っていたし。良い結果になったのかは分からないけど、茉莉花の中で答えが見つかっているといいな、と思う。
「そういうことで。そんじゃ、ミュオソティスに会いに行こうか」
「で、どこにいるの?」
「あの塔にいると思うよ」
柘榴が指差したのは、真っ白な塔。目が覚めてから、すごく印象に残っていた場所。遥か彼方に見えるが、一体どれくらい歩けばいいのか。
「とりあえず、歩くしかない。ちなみに、物理的な距離はあまり関係ない。ミュオソティスが歓迎してくれるなら、すぐ着く――だけど、そうじゃなかったら、いつまで経っても辿り着けない」
「気分次第ってことね――って、最悪じゃない。もっと、段取り整えておいてよ」
「こっちもいろいろ事情があってね……面目ないね」
申し訳なさそうな顔で柘榴が頭を搔いていた。
それにしても、タチが悪いな。ここでの会話がミュオソティスに聞こえているのなら、一生辿り着け無さそう。かといって、空魔のボスの機嫌を取るのも癪だし、ここはいっそ開き直るか。空魔のボスなんだし、遠慮する必要もない。
「それにしても、引き籠っているとか神様みたい。踊ったら出てくるのかな」
「それで解決するなら苦労しないって」
閉じた世界に引き籠る神。神様なのかも分からないけど、あんな世界をつくりだしているのだから、きっとろくでもない奴だと思う。それでいて、私の失ったものを知っているという。最悪の夢に囚われたようだ。だが、立ち止まっていても囚われたままだ。前に進まなければ何も得られない。
失われた何かを取り戻すために、前へ進む。深層心理に潜るように、私たちは白い塔を目指し歩き始めた――