白と黒の地平線にて

 暗く長く果てしない道を、ひたすら一人で歩いていた。ゴールは見えないし、どこへ向かっているのかも分からない。私は何を目指しているんだろう。何を望んで歩き続けているんだろう。この先ずっと、歩き続けたとして、何か得られるのかな。何の意味も無い気がする。心を支配する無の闇。空っぽの闇。

 あぁ、これはきっと私の心なんだ。だとしたら納得だ。私には何も無いから。何の価値も無い、意味の無い存在。名前の無い雑草のよう。

 それでも、何か失っているような気がして、ここに来たんだけど。本当に、失っていたのかな。
 
 もしかすると、自ら手放し――

 そう思った瞬間、暗闇の中に一筋の光が通っていった。その光はとても眩しくて、思わず目を閉じてしまった。再び目を開いたら、今度は白い空間が広がっていた。黒から白に移り変わる世界――

「……っ」

 揺さぶられているかのように、頭がクラクラする。まるで、見てはいけないものを見ているようだ。白い世界には何も無い。果てしなく白が広がっている。包むわけでも、晒すわけでもなく、白は際限なく世界を染めていた。何故だか、居心地が悪い。早くここから抜け出したい。そう思って、歩き続けていた矢先――どこからともなく声が聞こえてきた。

『貴方は、何を願うのですか』

 頭の中に直接響いてくる少女の声。柔らかく、それでいてどこか儚げな印象を受けた。私は少女の問いかけに何も答えなかった。というよりも、答えられなかった。願う――私は何を望んでいるのか。真実を追い求めている――とでも言えば良かったのかもしれないが、少女の語る『願い』とは少し違う気がした。

『行き着く先は、決まっている。それでも、貴方は願うのですか』

 決まっていると、少女は言い切った。私の未来が分かっているかのように、語る少女に対して私は違和感を覚えた。この声は本当に私に話しかけているのか――疑問に思ったとき、声の主は何かを決めたように語りかける。

『それならば、行きましょう。私たちは、堕ちて、失い、欠けた者同士。どこまでも、夢の中で溺れる哀れな――』

 あぁ、これは私の――

「はッ……っう……? あ?」
「紫苑!! 大丈夫?」
「あ、え?」

 長い悪夢から覚めた、私の瞳が最初に映したのは、この世のものとは思えない空間だった。ついで入ってきたのは、心配そうに見つめる柘榴の姿。

「何、これ……」

 どこに寝ていたのか分からないが、間違いなくベッドの上ではないのは確かで、柔らかい草原の上でもない。堅い材質の地面だった。白い表面は氷に近いが、ひんやりとしていない。見上げた空は、この世のものとは思えない色彩を放っている。大地の至る所から美しい結晶が生えており、思わず見蕩れてしまいそうだった。
 そんな私を現実へ引き戻すように、柘榴の声が聞こえてくる。

「ずっと眠ったままだったから、心配したんだよ。起きてよかった」
「ここはどこ」
「ワスレナの揺り籠……って呼ばれていた気がするけど、現実とは別次元の場所って言った方が分かりやすいな。空魔の結界みたいなもの」
「……あぁ。そう」

 これまでの記憶を思い返してみた。色々あったのは何となく覚えている。
 私はクロユリを倒した後、柘榴に連れられてここまで来た。そこで気を失っていて、目覚めたら知らない場所にいた。

「今の状況を――葵たちのこと、知っているなら教えなさい」
「僕の知っている範囲だとねー」

 柘榴は、少し考え込むような仕草をしながら私の問いに答えた。こいつ、本当にどこまで分かってるの。

「葵は無事。空木霞は死んだ。姫井茉莉花はこのままだと、死にそうってところかな」

 いつの間にか、事態は深刻になっているようだった。霞が死んだのは少し意外だった。何があったのか、詳しく聞きたかったが、茉莉花が死にそうという、話が気になった。この言い方からすると、死んでいないがピンチに陥っているということなのか。

「簡単に言えば、蘇芳……菜花蘇芳は空魔。クロユリや僕と同じでね、動いたみたいで」

 話が早いのは助かるが、こちらの理解が追い付かない。言っていることは分かっているのだが、処理しきれない。とりあえず、優先すべきことを考えた方が良い。柘榴の話が本当なら、茉莉花がヤバいということになる。早く、元の場所へ戻らなければいけない。私は柘榴に訴えた。

「なら、茉莉花を助けにいく。ここから出して」
「無理だよ。大体、紫苑をここへ連れて来るのに、僕がどれだけ準備したと思ってるのさ」

 苦労したようだが、私の知ったことではない。真実は知っても知らなくても、死ぬわけではない。後回しにしてもいい。

「そんなの知らないし」
「はぁ……ここから出るには、主の力が無いと出来ない。僕は空魔だから自由に出入り出来るけど……人間は特別な許可が無いと自由に出入り出来ないようになってる」
「だったら、許可とって」
「許可取るの面倒なんだよ。僕は自由に出入りできるけど、人である紫苑は出るにも色々と準備が必要で――」

 柘榴がごちゃごちゃ言っているが、要はここから出られないということ。だったら、どうすればいいか――私は考えに考えを巡らせたが、妙案が浮かばない。浮かばなさ過ぎて、苛立ちをぶつけるように柘榴に言い放った。

「あぁ、もう……無理なら柘榴がどうにかしてきてよッ!」
「それでいいなら、いいけど」
「え?」

 思わぬ反応に、私はぽかんとしてしまった。いやいや、真に受けてどうする。そう思ったが、柘榴はやる気だった。

「僕が出来る範囲なら、どうにかしてもいいよ。ただ言っとくけど、空魔を倒せっていうのは無理だよ」

 そこまでは望んでいない。とにかく、茉莉花の死が回避出来るのなら、縋るしかない。ここから出られないなら、空魔の手を借りてでもどうにかするのが普通だろう。これが罠だったとしたら――考えたら、何も出来ない。私がここにいても、多分死ぬことは無い。柘榴の話を無視して、茉莉花が死んでしまったら――それこそ後悔してからでは遅い。

「それでもいい。とにかく、出来る限り死なないようにして、お願い」

 これ以上、誰にも死んでほしくない。人が死んだら悲しい。当たり前の感情。理路整然とした理由。

「……紫苑の頼みなら聞くよ。出来る範囲でね」

 柘榴はそう言いながら、勢いよく空間を裂いてどっか行ってしまった。何だろう。頼んでおいて、申し訳ないが、ものすごく不安しかない。

「本当に、どうにかしてくれるといいんだけど……」

 不安になったとしても、柘榴を信じるしかなかった。さて、残された私はどうするべきか――再び頭を抱えるのだった。