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「葵……!?」
「遅くなった。申し訳ない」

 やってきたのは葵君でした。的確に敵の急所を狙うのはさすがですね。そのまんま心臓が核だとは……少しは考えたのですがね、そんな分かりやすいところに置くかって思いまして。結局、裏の裏をかかれたみたいですね。そこまで人間を捨てられていなかったとは、思いませんよ。

「いや、それはいいんだけど……空魔は?」
「消えていく。今度こそ終わりだ」

 核を壊された空魔は何か呟きながら消えていきます。いい気味ですわと言いたいところですが、あの空魔最期まで哀れですね。信じていた神にすら裏切られているんですから。いや、むしろ本望なんでしょうかね。それよりも、茉莉花さんの声がきんきん聞こえてきます。戦闘終わったばかりでも元気ですね。

「それは良かった……って榠樝さん! 榠樝さん死んじゃう!!」
「私。いらなかった、ような気がします……葵君ってば、いいとこ、取っていきますねぇ」
「榠樝さんが隙を作ってくれなかったら倒せなかった。狂ってますよ。こんなの……簡単に出来ません」
「核の位置を、的確に狙ってくれてよかった、です、ははっ」

 さすがはあの人の――なんて言ったら、怒るでしょうね。葵君はすごく色々言いたそうな顔をしています。

「あんた、本当にこれでよかったのか」
「いいんですよ。元より、長生きするつもり、なかったから……」

 彼女がいなくなった日からずっと、思っていました。色こそ消えなかったものの、何か大切なものを失ってしまったような感覚。二度と取り戻せそうになかったのです。世界が平和になって、空魔がいなくなったとしても、彼女は戻ってこない。夢を見ていると言うのなら、全部夢にしてくれたらいいのに――私は一時期、腸が煮え狂変えるような気持ちになっていました。
 けれども、エンプティで必死に戦う子ども達の姿を見て、いつまでも立ち止まっている場合ではないと思ったのです。時間は止まってはくれないのですから。

「どうせなら、一発殴れたら……いいなぁって、思って、いたんですよ」

 竜胆さんは一体どうするんでしょうねぇ。もう、私には関係の無いことなんですけど、一応私を変えてくれた恩人の一人ですからね。彼に対して思うところはありますよ。本音は反吐が出るほど嫌いなんですけれど、どうにかして欲しいという自分もいます。私にはどうやっても、理解が出来ませんでしたから。というか、玲菜でさえお手上げなんですから、私が言うのも烏滸がましいでしょうが、やはり言っておくべきでしょう。

「……あの人のこと、頼みます」

 葵君は複雑な表情で私を見ていました。それもそうでしょうね。貴方にはきっと、辛いことでしょう。貴方にしか託せる人がいないのです。押しつけがましいと思いますかね。ごめんなさい。
 それでも、私は恥じたり、悔んだりしませんよ。私が選んだ生き方なんですから。最期まで楽しかったです。彼女と一時でも同じ世界を見られたこと、貴方達の成長をみられたこと。私にとっての大切な場所を守れたこと。

 この世は空魔に汚されていいものではないのです。
 
 現実を返して。
 世界は美しいから――私はどうなってもいいから。
 彼女の愛した世界を、どうか。
 

「お前たち!! 大丈夫か!?」

 葵が来て、しばらくしてから柊と竜胆がやってきた。柊は息を切らせながら走ってきた。竜胆はいつものと変わらぬ様子で茉莉花達の側まで来て状況を全て察したようだった。

「柊さん、柊さん……榠樝さんが」
「知ってるさ。本人が満足しているといいんだけど」

 彼らが来たときには、すでに空魔は消えて、榠樝は息絶えていた。切ったところが、喉元で出血量が酷かったようだ。その様子を見た竜胆は少しだけ目を瞑った。そんな淡泊な態度に茉莉花は思わず、竜胆をキッと睨みつけた。

「他に言うことないの!? もっと何かあるでしょ……なんでそんなに、冷静なんですか」
「……これでもね、思うところはあるんだよ」

 竜胆は空を仰ぎ見る。空は依然として、変わらぬ黄昏を維持したままだった。消えていった者達へ祈るように語る。

「彼女が望んだこと。僕はとやかく言うつもりは無いのさ。逆に榠樝への冒涜になってしまうからね」
「……そんなの」

 茉莉花が言おうとしたが、それを遮るように葵が横から口を出す。葵はというと、どこか不快そうな表情で竜胆を見据えていた。

「お前が何を言おうと、神経を逆撫でするだけだ」
「そうだね。これ以上は慎もうかな」

 葵の指摘を素直に聞いた竜胆はそれ以上何も言わなかった。柊は若干そのやりとりに違和感を覚えつつも、榠樝の無残な姿を見て、何も言えなくなった。葵は竜胆へ一言告げた後、茉莉花の方へ向き直る。

「茉莉花……榠樝さんのことはすまなかった。お前に二度も辛い目を合わせて」
「葵が悪いわけじゃないし、いいわよ。それよりも、みんな何にも教えてくれないから、何が何だかよ。悲しいのに、慣れちゃうじゃない。これで、紫苑までいなくなったら。私……もう」

 真実を一つ知れば、また分からないことが出てくる。行き止まり無しの迷路に迷い込んでいるような気分だった。人が死んでいるというのに、すぐに涙が止まってしまう。良いことなのか、悪いことなのか。こんな人間ではなかったのに、無理やり作り替えられていく感覚に茉莉花はすっかり憔悴しきっていた。そんな茉莉花の様子を見た柊は、ぐっと拳を握りしめた。柊は冷静であろうとしているが、本来はかなり感情的な人間である。今すぐにでも殴りたいが、堪えて竜胆へ全てをぶつけた。

「あんた所長なら、トップなら……この状況をどうにかしろよ。どうせ全部知ってるんだろ。そこまで、分かっていて、何で何もしねぇんだよ。出来ないとかじゃなくても……もっと、何かあるだろ!!」

 柊の苛立ちはピークに達していた。ただでさえ、榠樝が亡くなって動揺しているのに、ここまで来ても動こうとしない竜胆に対して、怒りをぶつけられずにはいられなかった。

「僕もねぇ、どうにかしたいのは、山々なんだけどさ。僕らには無理な話でね。なぁ、葵?」

 竜胆の呼びかけに対して、葵は深くため息をついた。

「どういうこと?」

 葵が同じように全て知っているかのように語るものだから、思わず柊と茉莉花は葵へ視線を向けた。心のどこかでは同じように怒ってほしいと思っていたが、その思いは無残にも打ち砕かれる。

「……そいつに何を言っても無駄だ。そいつは空魔の親玉――ミュオソティスの手下。というよりも……ミュオソティスの道具だ。俺たちは呪われてるんだよ――忌々しい神に……縛られている」

 真実というものは、どこまでも残酷で変えられない。知ってしまった以上は、知らなかった時に戻れない。茉莉花は絶句し、柊は何を信じればいいのか――そういう次元ではない話に、いっそのこと眠りについてしまいたいと思ってしまったのだった。