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「茉莉花さん」

 吹っ飛ばされて私の近くまで来た茉莉花さんに声をかけてみました。まだまだ動けそうなのでよかったです。このまま共倒れになんてなったら、所長に呆れられてしまいますから。いや、呆れはしないでしょうけれど、予想通りだったみたいな態度だったら、腹が立ちますからね。

「どうし、たんですか?」
「ほんの僅かですが、勝利への道筋が見えましたよ」
「何か分かったんですか!?」
「半信半疑ですがね。貴方は何を思って空魔と対峙していますか?」
「そりゃ絶対殺すって思いながら、やってますよ」

 当たり前ですね。空魔に殺したくない~とか言っていたら、やってられませんもの。死ぬ気でいかないと、こっちが逆にやられてしまいます。

「そう思う限り、倒せないと思います」
「どういうこと?」

 茉莉花さんの反応はもっともです。空魔への殺意がある限り倒せないなど、狂っているとしか思えません。そんなものを抱かずに攻撃するなど難しいでしょう。

「そういう能力だからです。あの空魔は恐らく、人間の殺意や悪意に反応して、攻撃を返しているのでしょう」
「殺意……?」

 茉莉花さんはいまいちピンとこないようです。私も気づいた時は、しっくり来なかったんですよね。あまりにも荒唐無稽で、幼稚じみていますし。最初にカウンターを喰らった時、空魔は悪意に敏感と言っており、悪行は跳ね返ってくると言っていました。その時は、ただの持論だと聞き流していましたが、そのまま答えだとは、まさか夢にも思いませんよ。

「相手を消したい、殺したい、潰したい。言い方は様々ですが、そのような悪感情をあの空魔に抱いたら跳ね返す。一見すると完璧なカウンターに見えますが、恐らく強い悪意や殺意を向けて放つ攻撃にしか反応出来ない。
だから、敵意の無い相手には何もして来ない。私のように観察に徹すれば、手を出すことが出来なくなる。正当性が無くなりますからね。あの空魔にとってカウンターは、正当防衛みたいなものなのでしょう。言い換えれば、殺しを肯定するための能力……ですか」

 ポイントは攻撃にどれほどの悪意、殺意が込められていたか――私の場合は爆弾とナイフ以外は碌に手を出せなかったので分かりづらかったのですが、茉莉花さんの時になってようやく、違和感を覚えたのです。茉莉花さんとの攻撃は普通に避けたり掠ったりしています。普通に避けたりしていたのは、茉莉花さんがそこまで殺意を持っていなかった。相手が小手調べや、遊び感覚だと発動しづらい力なのでしょう。茉莉花さんと対峙して、攻撃を跳ね返したのは二度くらい。カウンターが起こった際の茉莉花さんは、かなり乱暴な言葉を使っていたので、かなり殺意はマシマシでしょうね。やり過ぎ判定が下されたと思われます。
 お前がそういうつもりなら、やり返されても文句は言えない――ということです。
 
「それで、あいつを倒すにはどうすれば?」
「殺意を消して、殺す。暗殺が理想ですね」
「暗殺ぅ? ハンマーで?」
「ただしこれは難しいので、現実的ではありません」
「じゃあどうするのよ……」

 殺意を跳ね返すとか、どう足掻いても防ぎようがないです。空魔は殺したいほど憎い相手なのですから。今の茉莉花さんに感情をコントロール出来るとは思えません。
 しかし、このカウンターの特性上、自分が有利になればなるほど、強い攻撃が出来なくなるでしょう。圧倒的な実力差があると、弱い者虐めにしかならない。攻撃の正当性が失われていくと言えば分かりやすいかもしれません。茉莉花さんの殺意はコントロール出来ない。けれども、無視は出来ない。というか、滅茶苦茶面倒な能力ですね。何を思ってこんな力を得たのでしょうか。

「……あの空魔言う通り、私達が引けば終わる話なのでしょう。私達は無駄に足掻いているようにしか見えない。空魔というのは人にとって理不尽な存在。私たちは潔く負けを認めるべき、それが正しい選択」

 ここで引いたとしても、誰も文句は言わないでしょう。だって、人型の空魔なんですもの。普通にやって勝てるわけがないじゃないですか。
 相手がいつか消えるつもりだとしても、今消えるつもりが無いなら、勝ち目なんてあるわけない。相手が終わりを考えているというのは裏を返せば、それまで死ぬ気は無いということ。私たちが幕引きを下ろすのは、はっきり言って困難。絶対的な力の差、仕方のないことだから諦めろ、というある種の慈悲なのかもしれませんね。

「そんなの、絶対にあり得ないから! 私は戦う。そんでもって、死ぬつもりはない。見届けるって約束したもの!」

 啖呵を切る茉莉花さんの目はとても力強く、頼もしいものでした。私もここで引くつもりはありません。空魔に情けを賭けられるぐらいなら死んだ方がマシです。私は元より長生きするつもりはありません。ここで捨ててしまっても構わないのですから。先を見る彼女のためにも、一肌脱ぐとしましょう。

「でしょうねぇ。茉莉花さんならそう言うと思っていました。こんな流れでいきなりですが、賭けをしてみませんか?」
「突然何を……」
「そんな大層なものではありませんよ。さっきは賭けと言いましたが、簡単な心理テストです」

 彼女に作戦は伝えない方が、成功率は上がるでしょうけれど、禍根は残したくないタイプなので、包み隠さずお話ししましょう。これでも、茉莉花さんのことは評価しているのですよ。資料室に侵入して、私に真正面から突っかかってきたことも含めて。祀莉さんや菜花君のことを乗り越えて、ここまで来ているのですから。彼女の覚悟は、生半可なものではないはずです。きっと、決めてくれるでしょう。

「茉莉花さん。目の前にいるのが空魔か人間か――二択を選ぶだけですよ」