11

「榠樝さん!! 大丈夫ですか!」
「あぁ良かったです。水城君にメッセージ届いたみたいで。それにしても、水城君と一緒に来ているのかと思いましたが」
「柊さんはハーツを準備した後、所長を連れてくるって言って、戻っていきましたね」
「別に連れてこなくてもいいのですけれど。まぁ、放っておきましょう。さて、止血も出来ましたし。状況の方を――」

 説明するまでもなく、茉莉花さんの目に映っているでしょうね。人間の成れの果ての姿が――

「……何なのアレ。人型じゃなかったの?」

 目の前にいるのは、半分だけ影のようなものを纏った人型の空魔。どこまでも中途半端です。化物なら、化物らしくすればいいのに。どちらにもなれないから、いつまでも閉じた世界にしがみついているのでしょう。

「少しばかり、お話したらこうなってしまいまして。私も驚いています」
「何をしたらこうなるんですか。けど、完全に人型だったらやりづらいし丁度いい……のかな」
「それもそうですね。さっさと空魔の主もろとも消してしまいましょう」

 そう言った途端、空魔がどす黒いオーラを増幅させて、こちらを睨んできます。

「主を冒涜した罪……その身をもって、報いを受けろ!!」

 予想通りですが、怒っていますね。槍の雨の如くトランプが降ってきます。茉莉花さんは私を掴んで、咄嗟に回避してくれました。いやぁ、危ない、危ない。相手も殺気立っていますし、後半戦といきましょう。相手の精神は削れているようなので、後もうちょいといったところでしょうか。

「何だかやたら交戦的ね。もう余計なこと言わないでくださいよ?」
「あっ、話が……」

 茉莉花さんは私の話を聞かずに、飛び出してしまいました。多分、あのままじゃ跳ね返されてしまうでしょう。法則はいまだに分かってはいないのですが、そんな気がします。

「ちィッ!」

 茉莉花さんの武器はハンマーです。ハーツは質量や形状を変えられますが、元大本の形からは変えられません。敵は普通の空魔とは異なり、それなりに賢いので攻撃しても避けられてしまいます。人型の空魔ということもあり、相手の動きはかなり素早いです。それに武器を作って攻撃してくるのですから、立ち回りに気を付けないとあっという間に、ペースに飲まれそうです。
 しかし、見守っていると、さっきみたいに攻撃を跳ね返したりはしないのですね。それどころか、普通に避けていますし、かすっている気がしますが一体どういうことなのでしょうか。

「鈍間が!」
「くッ……そ」

 呆気なく蹴り飛ばされてしまいました。ハンマーでは攻撃しようにも隙が多いです。当たれば強いのですが、今のままでは難しいでしょう。ショックを与えて油断したところを、ガーンって出来たら楽なんですけれど、そうもいきません。茉莉花さんは速攻で体勢を立て直して、ハンマーを大きくして潰そうとしました。

「死ねぇッ!」

 茉莉花さんが渾身の一撃を込めていきましたが、思いっきり跳ね返されてしまいました。あの一撃が当たっていれば、ぺちゃんこになっていたでしょうに、惜しいです。どうすれば攻撃が当たるのでしょうか。今のままでは、避けられてしまいますし。ん、そういえばこの攻撃に対しては、カウンターが発動したんですね。攻撃の強さが関係しているのでしょうか。まだまだ情報が足りません。

「何っ!?」

 茉莉花さんは自分の身に何が起こったのか、理解出来ていなかったようです。初見の私も同じ反応でしたので、気持ち分かりますよ。でも、茉莉花さんの場合は伝える前に行ってしまったので仕方ないですねぇ。綺麗に吹っ飛ばされた茉莉花さんは、仰向けに倒れて呻いていました。

「ったぁ……」
「話を聞かずに飛び出すからですよ。あの空魔にはカウンター能力が備わっていますから気を付けてくださいね」
「……うぅ。それにしても、カウンターって……じゃあ攻撃しても跳ね返されるんですか!? 倒すの無理じゃないの……」

 仰向けになりながら、絶望を感じているようです。弱気になっていては駄目です。こんなところで止まっている場合ではありません。この程度に手こずっていたら、ボスなんて一生倒せません。

「恐らくカウンターにも条件があると思います。能力が強力な分、制限や制約がありそうです」

 カウンターなら攻撃を受けたタイミングで、受けた分を跳ね返す。この空魔もそれに違いはないのですが、どちらかといえばタイミングより、条件に目を向けた方がいいかもしれません。

「カウンターだったら、全ての攻撃を跳ね返せばよいとは思いませんか?」

 初めて攻撃した段階では、カウンターを使ってこなかった。発動しなかったと捉えるべきでしょう。そもそもカウンターア攻撃を受ける前提ですからね。威力の問題なのか、謎が多いです。

「そうだけど。それよりも、空魔相手なんて普通の人だったら、一方的に攻撃されて終わりそうなのに私が来るまでほとんど無事だったの、奇跡ですよ」
「多少怪我をしましたし、そのときは死ぬほど痛かったのですが……言われてみると確かにそうですね」

 茉莉花さんに指摘されて、私は初めて気づきました。今までどうして疑問に思わなかったのか。
 私は特に何の訓練も受けていない人間です。普通ならあっという間に倒されて終わっていそうなのに、私は吹っ飛ばされたりしたあげく、カウンターを受けても痛いだけで致命傷は追っていないのです。単純に空魔が弱いだけという可能性もあり得なくはないでしょうけれど、そうではない気がします。

「というわけで、データが欲しいので頑張ってください」
「そう言うと思いました。考えるのは苦手なんでお任せします」

 そういって茉莉花さんは飛び出していきました。至近距離なので会話が聞こえてきます。巻き込まれないギリギリの範囲で観察し続けます。空魔はいつの間にか歪な影の形から完全な人型に戻っていました。本人の精神状態に左右されるのでしょうか。人型に戻っても、茉莉花さんは別に戦意喪失していないようで良かったです。あの姿を最初に見たら、戻ろうがヤバい空魔に変わりはありませんからね。生かしておいて、良いことなどありません。

「あんたら、人を弄んで何がしたいわけ? 死ぬなら勝手にくたばりなさいよ! 関係ない人を巻き込んでんじゃないわよ」
「俺は空魔だ。人の心を喰らって生きる存在。俺たちにとっては呼吸のようなものだ。巻き込まれたヤツは大体負の感情を持っている。どうしようもない輩だ。喰われるようなことを考えている奴が悪い」
「……はぁ?」

 あまりの言い分に言葉も出ません。茉莉花さんに至っては、宇宙人を見るような目をしています。空魔とか宇宙人のようなものですし、ある意味間違っていないでしょう。

「邪魔をするなら誰であろうと容赦しない。全力で潰すだけだ。それでやられたとしても、文句は受け付けん」
「空魔だからって、こっちに引く理由なんて無いわよ。私には守りたいものがあるんだから……!」
「理解し難い」

 再び黒いトランプが投げつけられる。それに交じって歪な鳩っぽいのが飛んできていますね。彼はマジシャンか何かですかね? とても見えませんが……冴えない一般人にしか見えないのですが。
 それにしても、彼は一体どうして人型空魔になったんでしょうね。何度も何度も同じことを考えてしまいます。重要な意味があるのかもしれません……というわけで、ちょっと考えてみましょうか。
 第一に空魔と言う存在に誇りを持っている節がありますね。そして、空魔のボスを崇拝しているようです。他には世界に対する独自のこだわりがあるようで。彼はとても理想が高いのでしょう。他者への尊大な態度、敬愛する主への態度の差。自分が正しく真っ当に生きていると思いこんでいる節があります。そんな自分を世界は評価してくれている。後は、正当化……あるいは現実逃避とも言うべきでしょうか。指摘されると逆上するのは、自分の中で理論的に処理しきれないからでしょう。理想と現実とのギャップに苦しんだりするのは、空魔になりやすい人の特徴です。あまりにも狭い世界。都合の良い解釈。虚妄に溺れた末路。

「無性にイライラしますね。昔の自分みたい」

 理想の色を求め続けた私は、どう足掻いても辿り着かないと気づいて、ありのままの現実を受け入れました。辿り着かないことに絶望したわけでもなく、ただ視点を変えただけ。見方を変えれば世界は変わる。当たり前の話です。世界は都合良くいかない。理不尽なこともあるし、耐えがたい苦痛もある。
 けれども、同じくらい楽しいことや、嬉しいこともある。一つの視点に囚われていてはいつまでも気づけない。私の周りはいつだって、色づいていたのだから。

「理想、矛盾、防御……心、正しさ」

 茉莉花さんの方を見やれば、まだまだ余裕そうですが、時間が経つにつれて不利になっていくことでしょう。悠長に事を構えていられません。様々な可能性が浮かび上がりますが、こういう時は単純に考えてみましょうか。

「くたばれえッ!!」
「無駄だ。お前達の攻撃は正当性がない」

 茉莉花さんの心を込めた一撃は無慈悲にも跳ね返され、跳ね返ってきます。纏めて相手をすればいいのに、私には一切攻撃して来ない。私に戦う気が無いから攻撃をしない、ということでしょうか。
 しかし、私に対して怒りを露わにして、攻撃してきましたし、違う気がしますね。今は目の前にいる茉莉花さんにシフトしているのは、攻撃してくるから……優先順位の問題かもしれません。と、色々と考えて、私は何かが引っかかりました。先程、空魔が放った言葉を反芻しました。
 
 正当性が無い――という言葉の意味。
 
 矛盾。正しさ。行い。制約。
 思考を巡らせた結果、私は一つの仮説を導き出しました。あまりにも現実味の無い話で、思わず笑いが漏れてしまいます。どこまで行っても人は人――過去から逃れられないということですか。

「間違っていたら、その時はその時ですね。どうせこの世界は終わってるんですから」