「これでは埒が明きませんね」
火に油を注ぐ結果となったのは想定内ですが、それにしてもガツンと来ません。もっと、発狂してくるかと思いましたが。ここに来る以前は、各地を渡り歩いていたので、まだまだ体力は残っていますが、決定打が無いのは痛いです。武器は開発したりしますが、実際に使うことはほどんどありませんからね。
「おっと……」
一息つく暇もなく攻撃がやってきます。私の頬を掠めたのは鋭い刃のようなものでした。背後が壁だったので、何が来たのかと確認してみると、カードらしきものが刺さっていました。普通のカードが刺さるわけがないので、空魔の能力で作られたものでしょう。手に取ってみると、トランプに見えますが少し崩れていて、模様の再現度も低めです。
しかし指に当ててみると、意外に切れ味するどく少し血が滲んでしまいました。なんということでしょう。しばらく経つと、さらさらと消えていきました。何というか、少し困惑しています。マジシャン気取りなのでしょうか。空魔の性質だと余裕でタネ無しトリックが出来そうです。実験してみたいですね。人体切断とかブッ刺したり出来たらさぞかし盛り上がるでしょうね。
「試しに爆弾でも使って盛り上げましょうか。」
空魔に向かって適当に核爆弾を投げてみました。核爆弾と言っても、空魔の核が少し入った爆弾です。さすがにガチの核兵器は用意出来ません。ちょっとくらいは効果があれば……くらいにしか思っていませんが、見た感じ大きな音もしてますし、上々といったところ? そのまま跡形もなく消えてしまえばいいんですが――
「……?」
私は何が起こったのか一瞬理解出来ませんでした、気付いたら壁にぶつかって、吹っ飛ばされていたのです。それこそ魔法のように、あっという間の出来事でした。爆発失敗? いや、さっき爆発したはずです。当たったかは分かりませんが、爆発の間に何かが起こった? 跳ね返した? でも、私の爆弾がそのまま跳ね返されていたら火傷はするでしょう。爆風といった感じでもありませんでした。
それにしても、超痛い。叫び声すら出ないくらい痛い。骨が折れたのかキツいです。すぐに起き上がる事も出来ないし、何が起きたのかも未だに把握出来ていません。
「はっ、何これ。笑えない、んですけど……」
何が何だか分からなくて、思わず笑いがこみ上げてきます。壁にもたれかかったまま、必死に頭を働かせます。まだまだ、武器はありますが核を狙わないと意味がない。核がどこにあるのかと言われたら、性格的には普通に体のどこかにありそうですが、皆目見当もつきません。爆弾は何故か跳ね返され、攻撃は普通に避けられます。
思考を巡らしている中、影が差してきました。ちらりと見上げれば、目の前には空魔がいました。絶体絶命ってとこですかね。最初から殺意だけは高めなのですが、さすがに殺意だけでは意味が無いです。最初から勝てるとは思ってませんでしたが、見下されると癪に障ります。せめて、時間が稼げればいいんですが――
「殺さないんですか?」
「殺す価値もない」
「お優しいのですね。だったら貴方が死んでくださいな!!」
油断している時こそが、一番危ないのですよ。服の内側に隠し持っていた、ナイフで足を切りつけようとしましたが――
「なっ……!? ッう…あッつ」
私の足が焼けるように熱いのです。足には何の異変も無いのにどうして!? 何が起こっている!? 痛みを感じた部分を見てみれば、空魔に切りつけた場所と同じところに傷が出来ていました――まさか、そんなこと。
「攻撃したら、相応の返しが来るのは当たり前だろう。何故無事でいられると思える」
「……カウンターというわけですか」
「そんなものだな。とくに悪意には敏感でな」
悪意――正しい、正しくないことに反応する人ですし、そういうことには目ざといのでしょうか。
でも、正しさが前に出る人って、何でも正当化する傾向があるんですよね。正論を言って、悪意に晒される悪循環に巻き込まれがちなのです。正論は正しいかもしれませんが、一歩間違えれば人を傷つけてしまう。正しいことが全て、正解だとは限りません。あくまで全部想像なんですけれども、あながち間違っていないのではと思ってしまいます。
「……悪意。まるで、私が悪いことをしたから……跳ね返ってきたみたいですね」
「その通りだ。悪いことをしたら罰が下る。それが清く正しい世界の姿だ」
「人間を殺すのはいいことですかね」
「歯向かってくる人間が悪い。人の話を聞こうともせず、襲い掛かってくるなど言語道断だ」
まともに聞くだけ無駄なヤツですね、これ。痛みで頭がおかしくなりそうですが、どうにかして切り抜けなくては。常識でぶつかっても、マイルールをかざす人間には意味がない。拡大解釈してしまうから。こういう相手は逃げ道を徹底的に塞いで、叩きのめすのが一番。そのためには、一撃入れられるのが理想です。そのためにも、少しだけ下準備をしなくては。
「世界が、正しく機能しているというのなら、どうして貴方は死を選び、空魔になったのですか? 貴方は真っ当に生きていたのでしょう。普通なら空魔にはならないはずです」
「何?」
「空魔は負の感情から、生まれる、もの。貴方はこの世界に対して不満を持っていたのではなくて?」
痛みに耐えながらも、私は空魔に疑問をぶつけました。果たして、どこまでボロを出してくれるでしょうか。
「そんなことはない。空魔になったのはあの方の導きだ。俺の感情など関係ない」
「論点ズレてますよ。そもそも、貴方――自殺しようとしていたのでしょう。いや、空魔になっているのだからした、という過去形の方が正しいのでしょうね」
「……何故知っている」
「重要なこと、ですか。菜花君がくれた情報ですよ。貴方のお仲間ですし、ご存じでしょう」
「ふん。あいつか。最初から信用出来ん奴だと思っていたが、間違っていなかったようだな。舐めた真似をするから真実を掴めないし、満たされないんだ」
「あら、空魔になっている時点で、貴方も真実から遠ざかっている、と思いますよ」
この様子を見る限り、仲はそれほど良くなかったようです。菜花君は特に気にしないというか、どうでもいいとさえ思っていそうです。こんなのに好かれても面倒ですしね。私はもう一度、端末に載っていた情報を思い出していました。秋永桔梗――会社で嫌なことがあって自殺しようとしていたところに、主とやらが声をかけたとされていました。空魔の反応からして事実だと思います。だったら、この世界には理不尽なこともあると分かるはずなんですがね。自分のせいではどうにも出来ないこと。正しさを振りかざしても、どうにもならないこと。心の弱い人間が正論を振りかざしたって、結果的に自分の首を絞めるだけです。
「自殺したのは未熟な心のせい。しかし、このような俺でも、あの方はチャンスをくださった。これまでの行いが、この道へ……空魔という新たな道へ導いてくれた。あの方は全て分かってくださる!!」
空魔になる未来こそ、あるべき姿だったと言うのですか。正しい道だと解釈するのですか。はっ、下らない。そんなことあるわけないでしょう。惨めったらしくて、見ていられません。現実に耐え切れなくなった事実を歪めてまで、この世界を信じているのですから。腹がよじれるくらい滑稽。心底踏みにじりたくなります。胸糞悪い――真っすぐ現実を見て欲しいものです。一度逃げているくせに、どうして認められないのでしょう。
「貴方の言っていることは、全て虚妄に過ぎない。世界も、空魔も、貴方の信じる神など所詮、夢に溺れているだけの酔っぱらいじゃないですか」
「貴様ッ……!!」
なんだか、見ていてイライラしてきます。世界が正しい? 神は全てを知っている? 下らない。そんなのあるわけないじゃない。馬鹿らしい。正しい行いをすれば返ってくるなんて、どんな夢見ているんですか。お花畑にもほどがありますよ。正しく生きていれば、世界は見返りを用意してくれるとでも? 甘すぎる、反吐が出る。痛みさえ忘れてしまうほど、私は強く憤っていました。
だって、そんな清く正しい世界なら彼女が――玲菜があのような目に遭うはずないでしょう。