8

 世界は間違ってない。この世は正しく機能している。悪事を働けば罰せられ、それ相応の報いが返ってくる。因果応報、自業自得――間違いなくある種の力が働いていると思っていた。日頃の行いが悪かったから――注意してなかったから――全て説明出来る。神は全て見ているのだ。今の自分がその証明だ。

 全てはあの方のため、あの方が望むなら死んだって構わない。

 どうせ一度死んだ身だ。どうなったっていい。自分の行動や思いは、決して間違ってなどいない。十分救われている。これ以上幸せなどいらない。こんなにも満たされていながら、不満に思うこと自体が罪だ。

 主に消えろと言われても、それが望みならば応えるまでのこと。

 星影竜胆を殺せば、主は認めてくれるとアヤメは言った。あいつの言っていることは大体正しい。数少ない話の分かる女だ。
 ここに来るまでに、何度か襲われたので返り討ちにした。誰も話を聞こうともしない。こちらが歩み寄ろうとしているのに、効く耳を持たないのだ。やられても仕方あるまい。
 その中でも、目の前にいる女はとても不愉快だ。ただの人間なのに、小馬鹿にしたような態度ばかり取ってくる。女というのはどうしてこうも頭が弱いのか。例外もあるのは知っているが、自分の知る限りまともな奴はほとんどいない。
 同じ空魔だったマリーは頭が湧いているとしか思えなかった。明らかに自分が悪いことでも非を認めない。空魔になったことも、自ら選んだことなのに、納得していないようで、隙あらば愚痴を垂れ流していた。いつも何かに対して不満を抱いて、目に入るたびにうんざりするくらいだ。自分が良いと思って進んでいるはずなのに、どうして怒ったり文句を言ったりするのか、甚だ理解が出来なかった。
 似たようなのはクロユリもそうだ。あいつは人間を憎んでいる。どうして、憎んでいるのかは分からんが、すでに呪われているのなら仕方ないだろうと思う。結局はクロユリ自身に原因があるだけとしか思えない。
 とにかく、現実は全て自分の行動次第。良い行いをすれば良い結果、悪い行いをすれば悪い結果が返ってくる――世界は正しく機能しており、神の存在を疑う理由がない。

『お前は正しい、間違っていない。世界は清く正しく回っている。お前は立派な人間だよ』

 あの方に会った時のことは未だに覚えている。身体に稲妻が走ったかのような衝撃を受けたのだ。

『死ぬには惜しい人間だ。このまま何も為せず死ぬか、空魔となってこの世界を正すか――期限付きだが、お前は選ぶだろう。私は知っている』

 全てを知っているかのような透き通った瞳、全ての不浄を払いのける澄んだ声。俺はいつの間にか見入っていた。幻かと思ったが、そこにいるのだ。手の届くところにいるのだ。神の如き存在が、目の前にいるのだ。

 死のうとしたことは正しかったのだ。でなければ、このような奇跡が起こるはずがない。
 ここにいるのは自分の意思で、あの時、空魔となる道を選んだのも自分の意思だ。後悔などあるわけがない。むしろ清々しいほどの気持ちだ。

『使えねぇ奴だな』
『はぁ? 何言ってんの? キモイんだけど』

 あの時確認していればよかっただけだ。回避出来たことだったんだ。
 悪いことをしていたら指摘するのは当たり前で、筋が通らなければ、説明を要求するのだって当然のことだろう。馬鹿みたいなことしている奴は、捕まったりしているし、この世界はどこまでも正しく清い。自分があのような目にあったのも、どこかで良からぬことをしていたからだ。
 
 自分が悪いんだ。悪いんだよ。世界は間違ってない、自分がこうなったのも、何もかも――

『なんていうかさ、空気読めないよね。ノリが悪いってーの?』
『馬鹿じゃねぇの。神とか信じてんのかよ。ギャグで言ってんのかよ。面白くねーぞ』
『お前の言う、日ごろの行いってヤツじゃないの? キャハハハ!!』
 
 周りから浮いていたのも、嫌われていたのも、貸した金が返ってこないのも、押し付けられた仕事で取り返しのつかないミスしたのも――自分の行いが悪いから。気を付けていればどうにかなったことだ。悔やんでも仕方がない。全てがなるようにしかならない世界。
 分かっているさ、自分が全て悪い。

 世界は今日も正しく回っている。夢など見ていない、これが現実なんだ。目に映るものが真実だ。
 
 全てが正しい。全てはミュオソティス様のおかげだ。
 だからこそ、あの方を害するものは潰す。そうすれば、あの方も喜ぶはずだ。
 
 空魔と人間は相容れぬ存在なのだから――