「根絶って……出来たらいいだろうけど、出来るものなのか。感情から湧いてくるのに」
「もしかして、空魔の主を殺す……とか?」
「大正解なのさ。ひょっとして、誰かから聞いた?」
「……そんな感じですかね。はは」
茉莉花さんはごまかすように笑っていました。きっと情報源に関しては、あまり気にないので大丈夫だと思います。その証拠に所長は気にせず進めていきました。
「茉莉花の言う通り、空魔には主がいる。主というよりは協力関係に近いかな。で、主の下には人型の空魔がいる。その下によく見る原形をとどめない空魔。人型の空魔は普通の空魔と違って様々な力を持っている。人を無理やり空魔化させたり、心を読んだり、後はそれぞれ固有能力がある」
「無理やり……って、空魔が人を空魔化させるのと違うのか?」
「説明が難しいのさ。空魔が一般的に喰らうのは本人が元々持っている負の感情。その中でもすごく分かりやすいもの。あからさまに鬱そうな人とかさ。普通の空魔は奥底にある負の感情を引き出ずりだせないから、そういった人間を狙うんだ」
要は普通の空魔は馬鹿でも分かるくらい、暗いオーラを出している人間を狙うということ。潜んでいる感情を引きずり出すという器用な芸当は持っていないので、不幸そうなオーラを醸し出している人は格好の餌でしょうね。負の感情を纏っている人間が空魔の餌食になりやすいのはそういうことです。
「対して人型の空魔は普通に意思疎通が出来る。クソみたいに嫌な言葉を浴びせてくる。心を読む事も出来るから、心に踏み込んで、マイナス感情を引きずり出すことが出来るのさ。後は普通の空魔にも分からない感情も見えるから、負の感情を表に出していない人間にも空魔を差し向ける事が出来るのさ」
故意に負の感情を抱かせたり、空魔をけしかけたりすることが可能という事実。全く表に出していない人間でも、心を読める能力を使って、煽って負の感情を引き出して、空魔化させることも出来るというわけですね。それを、空魔に食わせたりなんてことも――最終的に話術で左右されそうですが、最悪の力です。
「……つまり、あんたは祀莉の負の感情を引き出して、空魔化させたのか」
「引き出しというか、元来持っていた感情さ。そこのところは履き違えないで欲しいのさ。空魔が色々出来るからって、さすがに本人が持ち合わせていない感情は作りだせないよ。マイナス感情を持っていない人間からは、引き出せないのさ」
「お姉ちゃんが悪いって、言いたいの!?」
「そうは言ってないよ。ただ、彼女が元々持っていた感情だという事実を忘れないで欲しいのさ。空魔になるという道を選んだのも自身。人間の中にある負の感情を否定しないで欲しいと僕は思うのさ」
「無理やり引き出された気持ちに、負も何もあるかよ」
「彼女の願いを叶えるには、引き出すしか手段が無いからね。彼女にも一応説明はしたさ……とても、酷く辛いものになるだろうって。それでも彼女は選んだ」
「それでも、そんな、ことっ……」
茉莉花さんは何かを言いたそうでしたが、口に出せないようです。きっと、口にしてしまったら祀莉さんのことを逆に貶めてしまうかもしれないから。
多分、祀莉さんにそのことを言ったとしても、彼女は受け入れられなかったでしょう。受け入れ認められなかったから、空魔になる道を選んだ。さすがに所長が空魔だったっていうことは知らなかったでしょうけれど、空魔になったことに関しては恨んでないでしょう。大事なのは揺るぎない真実。どれだけ痛みを伴うとしても、突き付けなければいけないときがある。特に、真実を知りたいと言った茉莉花さんに対して、重くのしかかります。
まぁでも、ここまでかなりフラストレーションが溜まっているでしょうし、発散してもいいと思いますけれどね。
「所長がどう言おうが、やったことは人としてどうかと思いますわ。曲がりなりにも半分は人間というつもりなら、尚更」
「おや、君がそこまで言うとは珍しい」
「私は貴方と違って、体の芯から隅まで人ですから。心無い化け物と一緒にしないでください」
茉莉花さんと水城君が少し驚いているようですね。普段はこんなに言わないですし、奇妙なのかもしれません。私からしたら、思っていることを言っているだけなのですから、面白いこと。人はこれだから、面白いのです。私自身、分からないことも他人が感じ取ることが出来るのですから。所長も物珍しそうに眺めるのだからとても愉快ですわ。
「……意外だな。ただ、面白がっているだけかと思ってたのに」
「人の心の動きは面白いと思っていますよ。けれども、ゴミのように扱われるのは見過ごせませんから」
受け取り方の問題であるのは重々承知です。所長としては、ないがしろにしているつもりはないのでしょうね。あの人は思ったこと、見えていることしか言いませんもの。
「そんなつもりは無いんだけどさ。難しいねぇ、言葉って」
心外だと言わんばかりに所長は肩をすくめて呟きました。その様子を見た茉莉花さんは怒りを通り越して、呆れているようでした。
「私たちには心が見えないんだから、所長の考えてることとか分かるわけないし」
「確かに。でも、分かってもらうつもりは無いからいいさ」
「……見下されてる気がするんですけど」
茉莉花さんの言う通り、自分は普通の人間とは違うといった意識はあるような気がします。私も長年付き合ってきていますが、未だに所長の心が分かりませんもの。人にあれこれ言うより、自分がどうにかなさった方がいいのではないでしょうかと、思うところはあります。実際、思うだけではなく、直接言いましたが彼は何も語りませんでした。
「とにかく、祀莉の件に関してはあまりとやかく言いたくは無いのさ。あんまり言うと、彼女もそうだけど連座的に蘇芳も報われないからさ」
「そういや、あいつも望んで空魔になってたな」
結構みんな軽い気持ち、というわけではないのですが、何とも言えない気持ちになりますね。生きていればいいこともある――そんなことがあり得ないと知っているから、死という選択肢を選んでしまうのでしょう。
「僕としては意外だったな。そこまで執着があるように思えなかったから。誰でもよかったわけじゃなくて、逆に安心したよ」
「……ちょっと待って所長。もしかして、蘇芳さんが空魔になってたこと……知ってたの?」
「知らないわけないさ。これでも、部下の動きはチェックしてるのさ」
心を見ることが出来るのなら、どんなことをしようが見抜かれるだけのこと。所長は空魔と分かっていながら、泳がせていたようです。花畑で話を聞いてから、多分知っていたのだろうと思っていましたが、突っ込む気力も湧きませんでした。
「あんた、本当に性格悪いな」
「まぁまぁ、蘇芳も僕が把握してることは知ってたしイーブンさ。もっとも、蘇芳は僕のことを避けてたから、あまり話さなかったけどね。それでも、義理堅いのか知らないけど空魔側の情報をくれたよ。柊と榠樝の端末にも送っておいたから見るといいさ」
いつの間にかそんなやり取りをしていたのですね。抜け目ないというか、大事なことを事後報告するのはどうかと思います。一体何が載っているというのでしょうかね。端末に送られてきた情報をチェックしてみます。人型空魔は把握しているだけでも四体ほどでしょうか。そこに所長を入れるか悩みましたが一応除外しました。情報を確認してみると、結構詳細な情報が書かれているではありませんか。伊達に諜報員をやっていたワケではないのですね。
「思い入れがあるのは空魔側って言ってたのに、何なのよ。本当、意味分かんない……」
「それは事実なんだろう。あいつが情報をくれたのは大方、何か取引でもしたんだろ?」
「……彼の名誉のために伏せておくよ。それにしても、個人情報がたくさん載っていて、正直僕も驚いたさ。人間の頃とかも詳しく載っているし」
「霞と戦った奴、なんか色々すげーな。勉強がそれなりに出来るなら、わざわざ破滅の道を選ばなくてもよかったのに」
「自業自得じゃない。反省出来ないからそうなるんでしょ。悪い奴ってそんなものでしょ」
「そうは言っても、中には本当に自分の力ではどうにも出来ない地獄のような環境に生まれた人とか、それを全て自己責任や自業自得とか言われると少し違うと思うのさ。前世の行いが悪かったなんて、馬鹿馬鹿しいのさ」
その点を考えると、自分でどうにか出来る環境にあった私はまだ恵まれているのでしょう。親も行方をくらましたとしても、追いかけてきませんでしたし。今もどうしているのか知りません。
それにしても、所長いつにも増して持論を述べてきますね。もしかすると、何か引っかかる部分でもあるのでしょうか。自業自得――私はそこまで嫌いな言葉ではないです。自分のやった行いが自分に返ってくるのは当然です。あぁ、でもそれなら――どうして所長が生きて、あの子が死んでしまったのでしょう。あの子が何をしたというのでしょう。
「……大事な人の死を他者から自業自得の一言で片づけられたら、茉莉花も嫌だろう?」
「当たり前じゃない!」
「そういうことだよ。一概に言えないってことさ」
「あ……」
茉莉花さんは所長の言葉を聞いて、少し考えるように腕を組んでいました。納得しつつも、納得できないような、難しい表情です。一見すると空魔を擁護しているように聞こえますものね。茉莉花さんにとっては複雑かもしれません。けれども、祀莉さんの名前を出されてしまうと、何も言えません。仕方ないことです。世の中は白と黒にはっきり二分出来ないのですから。当然というふうに決めつけず、悩みに悩んで、自分で考えた方が良いでしょう。そんな茉莉花さんとは対照的に、水城君はひたすら空魔の情報を見ていました。研究者気質なのか、切り替えが早いですね。
「……それにしても、こいつらにも核あるんだよな? 蘇芳の場合ハーツが核だったが、他の奴らも同じようなのか?」
「さぁね。そこのところは聞かなかったよ」
「半分空魔で、半分人間のあんたはどうなんだ」
「どうだろうね」
「切っても殴っても死にはしませんよ。この人は」
「……マジか」
水城君は少し引いていました。ここまで来ると、もはや普通に喰うまではいいのではないかと思いますよ。本当、埒外の化物相手に
「今日の榠樝はやたら風当たりが強いのさ」
「何をおっしゃいますか。私はいつも通りですよ?」
「……君がそう言うなら、そういうことにしておくのさ。さて、柊の質問だけどね、僕は人型の空魔とはちょっと違ってね。彼らは痛みとかも全てコントロール出来るらしいけど、僕には出来ないのさ。死にはしないだけで、切られたら普通に痛いし、血も出るのさ」
「あんたが痛そうにする姿が浮かばねぇな」
私ものたうち回る姿が一度は見てみたいものですが、そうは上手く生きませんね。雷に打たれても面白いと思うのですが。
「何か信用されてないっぽいね」
「実演したら如何でしょうか? はい、ナイフ」
「それはちょっとなぁ~……って、冗談だよね?」
「冗談に見えます? 所長の言葉には誠意が足りないのですよ。誠意を見せなくちゃ。そうでしょう? 水城君」
「いや、そこまで言ってないが……」
水城君は少し引いているようです。自分でもどうかと思いますもの。
どうやら、心のブレーキが少し壊れてしまったみたいです。ノリというか、試してみたくなったのです。所長がどんな反応を見せるのか。本当に刺してもらうつもりは無かったのですが――
「……それで死ねたら、とっくに彼女の後を追いかけてるよ。こんな世界、未練も何も無いから」
その時、所長はどんな顔をしていたのでしょう。どこまでも無機質で情も失った声に私は思わず動揺して、後ずさりをしていました。
「――ッ。何を、言って……あぁ」
見たくもない。こんなもの、見たくも望んでもいない。私は居たたまれなくなって、作戦室から逃げるように出ていきました。何と惨めなことでしょう。私は、何をしているのかしら――