13

「これが俺の核だよ。祀莉の核でもあるけど、俺の核でもあるから色々見えたのかもな」

 そう言って差し出されたのはお守りと称していた真っ黒な銃のハーツ。見るからに核に見えないが、そういうものなのだろうか。人型の空魔の核は肉体に付属していないのが普通なのか。疑問に思う私とは反対に、柊さんは逆に納得していたようだった。

「お前の記憶を見たのはそういうことだったのか。祀莉の核であると同時に、お前の核でもあったんだな」

 柊さんはハーツを作る際にお姉ちゃんの記憶と共に、蘇芳さんの真実を見てしまったということか。柊さんは全てお姉ちゃんの核が見せたものだと思っていたが、蘇芳さんの記憶も混じっていたのだ。

「こんなものを寄越しやがって、作戦とか研究どころじゃねーよ」

 自分にだけ見える真実。言ったところで、信じてもらえないだろうし、本人に聞くのも憚られるものだ。言ってしまったら、全てが崩れてしまう。安寧を求めてしまう気持ちは今なら痛いほど分かる。私も自分にしか見えないものだったら怖いもの。

「そんときはそんな力があるって知らなかったんだよ。つーか俺もさっき知ったばっかなんだよ」

 ここに来る直前辺りで誰かに聞いたのだろうか。それって、やっぱ仲間の空魔なんだろう。柊さんの表情はそのことも関係あるのか、どんどん重くなっていく。

「……お前が空魔になったって知った時、マジ最悪な気分だったからな」

 真実を知ったときからずっと悩んでいたのだろう。親友が空魔になってしまったなど、信じられるはずがない。
 しかも、普通の空魔と違って人の姿をしているし、意思疎通は取れる。人型空魔に対して慎重だったのは、こういうことがあったからなのだろう。真実を知ったとしても、それが全てとは限らない。他にも隠されている情報はあるだろう。空魔という存在はそれほどまでに謎に満ちている。

「柊に見えたってことは、分かって欲しかったってことなんだろうなぁ。自覚無いけど」
「嫌がらせにも程がある」
「多少あるかもね。人間のときも、空魔のときも結構むしゃくしゃしてた」

 蘇芳さんが手を伸ばした先には何もない。空を掴むだけ。

「失ってから色々気づくタイプみたいでね。目の前にあると気付かないんだ。空魔になって色んなことを知った。悔いはないと言えば、嘘だけど。彼女と出会えた運命には感謝している」

 蘇芳さんにとっての嘘偽りない真実。お姉ちゃんも同じように思っているだろう。

「あの頃に戻れたらなぁって、思う時もあったし、何も考えずにお前と遊んでた時は楽しかったな。縁切れず長く付き合ってたのもお前くらいだし」

 柊さんは蘇芳さんの語りを聞いて、長年の疑問をぶつけるように問う。今まで遠ざけていた深層へ触れるように。

「人の顔色ばっか見ていた。孤独になりきれなかった。かと言って、お前みたい自由になろうとも思えなかった。でも、少しそんなお前に憧れてたよ。勉強しか取り柄のない、どこにでも変えの利くようなありふれた人間だったのに、どうしてあの時、俺に話しかけたんだ?」

 ずっと抱いていた偽りない思いだったのだろう。柊さんと蘇芳さん。正反対のようで、鏡合わせみたいなところはあると思う。柊さんみたいなタイプだったら、愛想をつかして縁を切っていただろう。

「……そういう所がちょうどよかったって言うのかな。柊は俺がやらかしても騒いだり、口出さなかったから。大半は結構うるさかったんだ。俺としては向こうから来たのに俺が悪者みたいに言うから内心、何言ってんだこいつらって、思ってた。まぁ実際俺が悪いんだけどね。ははっ」

 端的に言えば、精神安定剤のようなものか。性格悪いなぁと思う。それでも、あまり他人に興味を示さない蘇芳さんなりに、興味を引く人物だったのだ。間違いなく、親友だと認めているのだろう。きっと柊さんも同じだ。

「無関心ってわけでもないけど、興味ないわけでもない。空気読んで不快にさせない程度に適切な距離感を取ってくれる奴って、貴重だぜ?」

 褒めているのかと一瞬思ったが、柊さんの表情を見る限りそうではないのだろう。素直に受け取っていいものではなさそう。

「要は中途半端ってことだろ。そんなの自分がよく分かってるよ。平穏が壊れてしまうのが何よりも恐ろしい。だから、何も言わなかった。祀莉が消えて、お前が空魔になっても、何も言えなかった。逃げてたんだよ」
「それだって、俺のことを考えてくれたからだろ。そういうのがいいんだって。お前なら信頼出来るみたいな?」
「ふざけたこと言うな。気色悪い」
「ぶちまけたのに酷くね?」

 あれこれ言いつつも、蘇芳さんは柊さんの心に惹かれたということは確かだろう。都合の良い人間を求めたのかもしれないが、それならもっと扱いやすい単純な人間を選ぶだろうし。ここまで長く関係が続いているのなら、本物じゃないのかな。というか私、今めっちゃ蚊帳の外ね。仕方ないか。

「とにかく、お前は最高だよ」
「あーもういいよ。分かった分かった。うるせぇ。つーか問題ありすぎて頭がいてぇよ」
「いっそのこと空魔になる? そんな悪くないよーちょっと痛いけど」
「寝言は寝て言え」
「冗談だって……」

 柊さんは蘇芳さんの言葉を遮って、手持ちのタブレットに目線を落とした。柊さんもあまり感情を表に出さないタイプだけれどそうでもないらしい。不愛想に見えて情には厚い人なんだ。正直、指揮官に向いてない気がするが黙っておこう。
 こうしてみると人の心は本当に分からない。分からないからこそ、結果が読めない。ある程度、操作は出来るかもしれないけど、絶対とは言えない。何かの拍子で大きくそれることだってあるはず。だからこそ、足掻いて藻掻いて、痛くても必死に生きる。空魔になってしまったら、それまでの痛みも生きた証も無くなってしまうのだ。そんなのは嫌だ。

「冗談だろうが何だろうが、空魔になるとかお断りよ」
「相変わらずきっぱり言うね。でも、少しは見方が変わったんじゃない」
「えぇ、そうね。空魔になって救われる人もいるかもしれない。分かっているけど……私はそう思わない」

 私は私。他の誰でもない。心のない化け物じゃない。譲れない思いがある。夢に生きているわけじゃない。私の足は確かに現実についているから。どんなことがあっても、受け入れる。

「痛くても、辛くてもそれが、嘘偽りない真実が欲しい。私はここにいるから」

 どんな結末が待っていようが私は真実を欲する。夢を見ていたいわけじゃない。相手が望んでいなくとも、私はその人の心に触れたいと願う。辛い現実があったとしても受け入れる。私が心から願ったものなのだから。

「ねぇ、最後に聞きたいことがあるの。蘇芳さん、貴方の真実――願いはなんだったの?」

 手元にあるハーツをいじりながら、蘇芳さんは目を瞑った。

「そうだなぁ、願いはたくさんあるけど」

 天井を仰ぎながら、自分の中にある願いを確かめているように見えた。

「側にいたかったよ。祀莉の愛を感じられる距離にいたかった、な」

 その願いを反映するかのように、混じり合った核。嘘偽りない――真実。

「だったら、どこまでも一緒についていってあげて。お姉ちゃんわりと素直じゃないし、面倒くさいかもしれないけど、見捨てないで」
「言われなくとも」

 蘇芳さんは自分の足元にハーツを置いた。もう、覚悟はできているのだろう。だったら、私も決めないといけない。人の生に永遠はないのだ。終わりは必ずやってくる。

「さよなら、」

 蘇芳さんの核をハーツで叩くと、あっけなく砕けてしまった。核は砂塵となり、星の欠片のようにキラキラと輝いていた。

「俺のことは別に忘れてくれてもいいよ。重荷になるなら、置いていけばいい。人の記憶ってそんなものだ。耐えきれなくなる前に捨てるのが一番だ」
「そんなの、出来るわけ……」
「忘れないつもりなら、俺みたいにはなるな、って言っとくよ」

 蘇芳さんは屈託ない笑みを浮かべていた。最後まで人の気持ちが分からない人だなぁと思う。けれども、前よりも嫌な気持ちはしない。真実に触れたからだと思う。少なくとも私はそう思う。

「茉莉花、」

 私の頬を優しく撫でる。悲しくなるほど懐かしい手――温度も何も感じられないのに、温かく思える。

「夢の終わりを見届けてくれよ」

 それの意味する所は何なのか――きっと、まだ私の知らないことがあるのだろう。空魔が全て消えたわけじゃない。これで終わりではないのだ。

「……俺は一足先に退場させてもらうけど、すぐに追ってくるなよ。じゃあな、お二人さん。頑張れよ」

 そう言って、蘇芳さんはお姉ちゃんと共に跡形もなく消えてしまった。もしも来世があるなら結ばれて欲しいと、願わずにはいられなかった。真実は痛みを伴う。覚悟はできていたし、受け止めるつもりだった。
 
「……空魔が消えただけって、思っても、受け止めるって言ったけど……柊さん。どうしよう、涙が止まらないよ。さっきまでいた人が、突然いなくなったら、悲しいし、苦しいよ……情けない。あんだけ言ったのに、私は……私はッ」

 涙が止まらない。洪水が一気に押し寄せて来るかのように、止まない雨のように、溢れてくる。霞がいなくなって、お姉ちゃんも、蘇芳さんも消えてしまって、これまで我慢していたものが一気に溢れ出てくるようだった。あれだけ言ったのに、私はどうしてこんなにも弱いのだろう。

「……俺は元々、機械とか人の心に興味があったんだよ。機械は心が無いし付き合いやすい。小学生の頃は、人の心が互いに分かれば傷つくことは無いだろうとか、お花畑みたいなことを考えていたな。どうして争いが起こるのかって、喧嘩とかするんだろうなって思ってた。何も口出さないのは、和を乱したくないだけ。不快にならない方が良いに決まってる、そう信じてた」

 柊さんは懐かしむように語る。柊さんはとにかく争いたくなかったのだろう。ぶつかるよりは折り合いをつけて生きていった方が、誰も傷つかないし迷惑も掛けない。処世術としては基本中の基本だ。そういう人間は少なくないだろう。でも、世の中はそう甘くない。どれだけ角を立てないように生きていても、それがかえって癪に障る人間もいるだろう。

「空魔とかオカルト系に興味をもったのは、そういう問題を解決出来る何かが実際にいたらいいのにっていう願望からだ。空魔は人の心を喰らう悪魔のようなもの。悪い感情を食べるのなら、そこまで悪いものでもないんじゃないかって思ってた。むしろ、人間のためにいるんじゃないかって……」

 人の悪感情を食べる化け物。醜い部分を食べる行為は、魂の浄化にも思える。たまった穢れを落とす儀式めいている。

「でもさ、余計なお世話だって思うよ。やっぱ、俺の心は俺のものだし。喰われたくねぇ。結局、心が分かってたってぶつかったり、すれ違うんだから。本音を言い合っても解決出来るとは限らない」

 互いに心が分かっていたとしても、譲れない思いがあれば衝突は避けられない。本人たちが望んでいたら、なおさら止めることなど出来ないだろう。

「不要な感情は無い。人が人であるために感情は、心は存在しているんだって、今は思う」

 心があるから――感情があるから人は動く。

「心でしっかり受け止めているからこそ、涙は出るんだ。それが出来るのが人間なんだよ」

 柊さんは優しく諭すように告げる。私が弱いからじゃない。受け止めているからこそ、泣けるのだと――

「泣いてもいい。引きずって溜め込むよりは。流し切った方がいい」
「ごめん、なさい」

 涙を流さないことが受け止められている証とは限らない。この胸の奥から溢れる感情はコントロール出来るものじゃない。頬を伝う涙も痛みも紛れもなく私の心で、真実なのだ。
 
 止まない雨はないと、信じているから。
 今だけは思いっきり泣こう。泣いたら、またその分頑張ろう。
 まだ、私の道は続いているから――