12

「核に意思が宿っているわけでもない。さっきのは残滓に過ぎない。それでも、アレに宿った思いは本物だろう」

 柊さんは淡々と語るが、ないがしろにしているわけではないのは伝わってくる。一瞬の幻でも伝えたかった感情は真実だ。こうでもしないと、本当の気持ちを伝えられなかったお姉ちゃんは、つくづく不器用な人だと思う。世の中には色んな人がたくさんいる。単純な人もいれば複雑な人もいる。だからこそ互いに言葉を交わすことが大事だと私は思っている。

「馬鹿だな……俺。祀莉がそこまで思っていたなんて知らなかったよ」
「マジで知らなかったんだな。どうして気づかないんだよって思ったし、お前は平然としてるし……途中から俺がおかしいのかと思ったくらいだ」
「みんな、知ってたんだな。はは……」

 蘇芳さんは所在なさげに笑う。

「気付いてないの、当人同士ぐらいじゃねーの。茉莉花だって知ってだろ」
「で、でも蘇芳さんの気持ちは分からなかったわ。その、なんというか……こんなだったし」

 突然話を振られてぎこちなく答える。お姉ちゃんの気持ちは私でも気づくレベルだけれど、とか色々いってやりたかったけど、さすがに追い打ちをかけるような言葉をかけるのは憚られた。

「お姉ちゃんに何度も聞いたの。好きなんでしょって。お姉ちゃんはそんなことない、ってずっと否定してた」
「祀莉は融通が利かないというか、頑固なところあるからな」
「俺も馬鹿だけど、祀莉も大概だよ。愛されるのが好きって言ったのに、拒否するわけないじゃん。嬉しいくらいだって」

 蘇芳さんの言い分に思わずイラっとしてしまう。致命的にズレていた。そういう問題ではない。

「あーもう! そうじゃなくって! ただ好きになってもらうだけじゃ駄目。自分だけを愛してくれる人じゃないから、言わなかったんじゃない。分かってるの?」
「……あーそうか。そういうことかぁ。俺のこと、よく分かってるなぁーあはは」
「笑い事じゃないでしょ」

 お姉ちゃんは蘇芳さんと話している時、明らかに目が輝いているのに全力で否定するし、どうしてだろうとずっと思っていた。今にしてみれば分からなくもない。蘇芳さんは愛が理解出来ないんだ。素行の悪さは聞いていたけど、あまり実感が無かった。
 けれども今回、襲われた時にはっきりと分かった。どうしようもない人だって、お姉ちゃんも諦めてしまうのも納得してしまうくらい、どうしようもない。一途を望んでいたお姉ちゃんからすれば気が引けてしまうし、一途でいられない蘇芳さんの気持ちも考えたうえで出した答えなのだろう。

「お前の日ごろの行いだな。任務中に遊びまくってたのは聞いてるぞ」
「学生の頃よりはマシだよ」

 この人、本当に分かっているのだろうか。

「マシとかそういう問題じゃないんですけど」
「お前の意見は関係ないんだよ。反省してんのか」
「反省……というか、ぶっちゃけもうどうでもよくなってるのはあるよ。反省したって祀莉はいないし、何も出来ないんだ。運命は変わらない」

 私の頭の中でぷつんと何かが切れた音がした。

「いなくても! 誠意くらい見せなさいよ。こんなんじゃ空魔になったお姉ちゃんが報われないじゃない! いつまで逃げるつもりなのよ。貴方の覚悟はそんなものだったわけ!? 空魔になってまで知りたかったくせに、知ったらはい、終わり? そんなの、あんまりだわ」

 抑えきれないほどの、怒りがこみあげてくる。どうでもいいとか、そういう言い方無いでしょう。お姉ちゃんがどんな思いで、蘇芳さんに真実を伝えたと思ってるの。知られたくなくて、でも知ってほしくて――どうでもいいとか、あり得ない。蘇芳さんは、何を思っているのだろう。しばらく黙ったままだったが、私を一瞥すると無表情で私を見据える。どこまでも冷え切った視線に私は思わず目を逸らしたくなったけれど堪えた。

「知ったところで、俺の馬鹿さが露呈するだけだからね。あんまり言いたくなかったんだけど……どうせ終わるし懺悔だと思って聞いてくれよ」

 後悔や自嘲が混じった声。鏡の奥から引きずり出した蘇芳さんの真実。

「俺は本当のことを知るのが怖かった。だから、祀莉の気持ちなんて分からなかったんだ。そもそも、空魔って言うのは満足したら終わりなんだ」
「……そうか」

 柊さんは納得しているようだった。要領を得ない私に対して、柊さんは補足するように続けた。

「こいつは真実が知りたくて空魔になった。それなら祀莉の気持ちも含めて知っていたはずだ。だけど、こいつはそれを拒んだから祀莉の気持ちを知ることが出来なかった。だから俺の下へ来た」
「大体あってるよ。人型の空魔になったとき、心を読む以外に能力をくれるんだけど、その時に俺は真実を知りたいと言ったんだ。それで得た能力は過去に何が起きたかを知る力。サイコメトリが近いかな。だけど俺の場合、人物の感情や会話とかは読み取れなかった」

 心を読む能力があっても、それは生きている人間限定の能力だ。死んだ者の心を読むことは出来ない。どう足掻いても、蘇芳さんは真実を知ることが出来ないようになっていた。もしも本当に全てを知る覚悟があったなら、生死関係なく人の心を読み取れる力も付与されていたのかもしれない。それに、こんなことにはなっていなかっただろう。

「祀莉が何を思って空魔になったのか、全く想像出来なかった。恐ろしかったよ。それでも知りたかったんだ。この気持ちは何だろうって……ずっと思ってたんだ。祀莉が消えて、ぽっかりと心に空いた穴の意味を知りたかった。でも、俺は土壇場で知ることを恐れた。一つに決まるのが怖いんだよ。逃げ場も無くなっちまう」

 結果的に何があったのかは知ることは出来たが、お姉ちゃんが何を思って空魔になったのかは分からなかった。空魔になってしまった以上は従うしかない。感情は分からなくとも、得られた情報は多かったはずだ。自ら進んで空魔になってしまったことなど、周りに言えるはずがないし、それに所長が関わっていたなど、誰が信じただろう。最期まで墓場まで持っていくつもりだったらしい。お姉ちゃんにとってもその方がいいだろうと思って。だからあんなにも渋っていたのかと思うと、やり場のない気持ちが溢れてくる。

「俺に最初から覚悟なんてなかった」

 私にあれほど言っておいて、本当にどうしようもないと思う。だからと言って、私は蘇芳さんを責められなかった。人の心は様々で決まった形は無い。間違えたりもして、戻れないこともある。私もたくさん失敗しているし、正しいことを言ったとしても、知らないうちに自分に刺っていることもあるだろう。

「そんな俺でも祀莉のことを好きになって……愛してよかったんだな。本当なら最期は抱きしめてあげたかったよ。けどさ、空魔になったら、殺すことでしか救えない」

 ここまで、ほぼ柘榴の推測通りだった。蘇芳さんはどうしようも出来なかった。空魔になってしまった人間を戻す術はない。核を壊して解放するしかないのだ。

「その時の俺はその空魔が祀莉だなんて知らないし、撃って撃ちまくった。空魔は何故か泣いているように叫ぶんだ。俺がそんなことを思ったのは初めてだったよ。で、倒した後に気づいたんだ。辺りに散らばっている衣服や道具を見てね」

 散らばっていた中にあった、ヘアピンを見て気付いてしまったのだ。自分が殺したのは空魔になってしまったお姉ちゃんだと知ってしまった。変わり果てたお姉ちゃんを見て、蘇芳さんは何を思ったのだろう。

「その時だよ、声が聞こえたんだ――『真実を知りたいか』って、少女の声が」
「そいつが、お前を空魔にしたリーダー的な奴か」
「あぁ……彼女は願いを叶えてくれたよ。祀莉の真実や俺の真実――空魔になるというのがどういう意味なのかも全て、教えてくれた。嫌味な奴だけど、真実に近づけてくれたのは感謝してるよ」

 真実を知ることは必ずしも良いことではない。
 むしろ、結果的に自分を苦しめることにもなる。真実が自分にとって良い結果しかなければ、嘘は生まれないだろう。人はどうやっても、過去からは逃れられないし、真実は側にいる。全て無くしてしまえば、そのようなしがらみからも解放される。
 だからこそ、空魔になる人は絶えず存在するのだろう。こう思うと、空魔にならない人間の方が少ないのではないかとさえ思える。それでも私は、真実を追い求め続けることを選ぶと思う。たとえいなくなったとしても、私の中に真実は残るから。自分の中に刻まれた真実は、儚い幻想のように消えたりしない。

「心って難しいね。もっと他人に興味があればよかったんだろうけど、今更言ったってどうしようもないな」
「あったところで、性根が変わらないんじゃ意味ないだろ」
「さすが柊。辛辣だな。もうちょっといたわれよ。それにしても、俺っていつ祀莉を好きになったんだろ」
「知らねぇよ。どうせ話しているうちにみたいなパターンだろ。祀莉も似たようなものじゃねぇのかな」
「お姉ちゃんはいつからか分かんないけど、会ってしばらくしてからかなぁ」

 会う回数は少ないけど、蘇芳さんの話をしている時のお姉ちゃんの表情は恋する乙女のようだった。少女漫画的に言えばキラキラしてたみたいな表現が合う。それくらいには分かりやすかった。
 
「そういわれるとそうかもなぁ……思い当たる節はあるんだけど、なんだかなぁ。好きなのは確かなんだけど、いつからかって言われたらマジ分かんね」
「いつからかとか関係ないでしょ。好きなら好きでいいじゃない。今から愛を叫んだって構わないわよ」
「言葉に大した意味は無い。愛してるって分かっていればいい。俺にとって唯一救われる真実だったから」

 曇りのない表情で蘇芳さんは笑っていた。本当にこれで全て明かされたんだ。
 けれども、まだ全て終わってはいない。やらなければならないことがある。

「茉莉花、ごめんね。色々酷いことして」

 そういえば、この人にはえらい目に合わされたんだっけ。忘れてたわけじゃないけど、思い返すとムカついてきた。

「……正直、今でも許せないけど。真実に免じて許してあげるわ。その代わりに一発殴っていい? ハーツで」
「ピコハンぐらいの威力ならいいかな~」
「そう言うなら最初からあんなことしないでください」
「……何やったんだ。襲ったのは聞いたけど」
「襲ったというか、なんというか……押し倒されたみたいな感じで――」
「あーもう分かった。言わなくていいから。よく分かった」

 柊さんは私の説明を遮って、ゴミを見るような目をしながら私の代わりに殴っていた。察しの良い人で助かる。あまり説明したくないし、人としてどうかと思うし、柘榴がいなかったらどうなっていたのだろうか。微塵も考えたくなかった。

「いって……悪かったっていってるじゃん」

 確か空魔は本能で動くとされている。人型空魔は自我が多少残っているとしても、最終的には欲求に嘘をつけないと柘榴が言っていた。つまり、アレは本気でそう思っていたということになるのか――聞いてはいけない気がした。というか、いなくなったお姉ちゃんの代わりとか重すぎるって。出来るわけないじゃない。私は私だもの。

「相変わらず節操ないな。昔から何も変わってねぇ」
「祀莉には悪いけど、人が簡単に変われるかよって思うね」
「けど、お姉ちゃんのことが知りたくて、空魔になったじゃない」
「……言われてみれば、そうだな」

 自らの意思で、真実を掴むために空魔になったのだ。広く見れば、お姉ちゃんのためとも言えなくはない。都合良いように捉えすぎているだけかもしれないけれど、少なくとも真実が知りたかったのは事実だ。蘇芳さんは考えるような仕草をしていた。

「そういえば、柊は俺が空魔になったって、いつから気付いていたんだ?」
「違和感はお前が祀莉の死を報告した時、確信したのは核に触った時だ。お前から武器を作ってくれって、核を渡された時は普通に受け取ったけど、後々なんじゃこりゃってなったのは今でも覚えている。空魔になったのも祀莉の核が教えてくれたんだ。お前のことも全て、空魔になったときまで詳細に教えてくれたぞ」
「そうだったのか。やっぱり不思議だな、空魔って」
「他人事みたいに言うなよ」

 お姉ちゃんは核になっても、ずっと蘇芳さんのことを気にかけていたのか。残滓とは思えない。本当にそこにいるんじゃないかって思える。うーんでも柘榴は生前の記憶を映し出すって言っていた気がするけど、どうなんだろう。何となく蘇芳さんに視線を向けると、ここではないどこか遠くを見つめているようだった。

「……空魔になった時点で、すでに死んだようなものだしな。自分じゃない気がするんだよ。ふわふわした感じだ」
「興味深い話だな」
「解剖はNGだけど、殺すなら好きにしてくれ。自分で終われないからさ」
「どういうことだ?」
「文字通りの意味だよ。空魔は自殺出来ない。誰かに殺されないと死なないんだ。核を壊せば消える。そこは普通の空魔と同じだ」

 空魔は核を壊さなければ解放されない。彼らが自分で終わるところを見たことがない。蘇芳さんの言う通りしないのではなく、出来ないのだ。空魔は放っておくと増えていくし、倒さないといけない。人型であっても、それは変わらないようだ。

「もしかして、お前が茉莉花をさらって襲ったのは殺してもらうためだったのか?」
「どうだろ。それでもいいけどな」
「適当だな……」

 蘇芳さんはどうでもよさそうに言葉を濁した。これは、きっとはっきりさせない方がいい話だろう。あのままいって、殺されずに解放されたら私は即座に殺しに行っていたと思う。殺意割増しで潰していた。そうしたら、この話は何の真実を明かされることもなく終わっていただろう。もしも〇〇だったらと考えるのは無駄なのか。正しい道が無いからこそ、選択肢は無数に生まれるはずだ――と考えた時に、私は気づいてしまった。
 もう、蘇芳さんには選択肢が無いんだ。道は残っていると言えたらいいのに――他に私の知らない何かがあるとすれば、どうにもならない。
 それに、空魔になってしまった以上、人から疎まれ退治される運命からは逃れられない。かといって、途中で自ら離脱する事も出来ない。救うには核を壊すしかない。自業自得と言えばそれまでなのかもしれないが、そんな言葉で片づけるにはあんまりだった。私はどこまでも甘いと思う。でも心無い人間にはなりたくない。私の中にある感情が間違っていると思いたくなかった。

「とりあえず、殺してくれたら嬉しいね。出来れば茉莉花に」
「何でよ」
「やられるなら女の子の方がいいし」
「……色々考えて損した。お望み通りやってやるわよ」

 私の返答を聞いた蘇芳さんは満足そうに笑っていた。ここまで来てこんなことを言われたら叶えないわけにはいかないでしょ。真実を追い求めて振り回された者同士、どこまでも手のひらで踊らされてばかりだけれど、今はそこまで悪い気はしない。