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 柊さんは私の来訪に驚きつつも、私の姿を見て安堵したようだった。

「はい。後……紫苑も無事らしいです」
「月宮と会ったのか!?」

 先程体験したことをかいつまんで話すと柊さんはいつになく険しい表情を見せた。蘇芳さんに襲われたとか、空魔に助けられたとか、色々突っ込みたいところはあるだろうが、事実だしそれ以外に説明しようがない。それよりも、私は知りたいことがあってここへ来たのだ。ここまで来たら、回りくどい聞き方もせずに、はっきりと言うべきだろう。すうっと、深呼吸して私は柊さんと視線を合わせた。

「これまで私は真実を知るために、たくさん調べました。柊さん、お姉ちゃんの死について知ってることがあったら教えてください。柊さんは……知っていますよね」

 私の言葉を聞いた柊さんは、一瞬だけ驚きの表情を見せたが、すぐにいつもの表情に戻った。全て分かっていたかのように、深くため息をついた。

「……いつかは知るだろうと思っていた。俺が知ったのは祀莉の核に触れた時だよ。最初から全て知っていたわけじゃないし、俺自身もよく分かってない。正確な答えは祀莉の中にしかないと今でも思っている」

 私が来るのを読んでいたかのように柊さんはあっさりと認めた。核に触れたと言ったから、やはり武器を作るときに触ったのだろう。それよりも、空魔になったことに気づいておきながら、何もしなかったのか。

「蘇芳さんが空魔になったことも気づいていたんですよね」
「気付いていたよ。蘇芳にも組織にも言ってないけどな。言ったら、何もかもが終わってしまうと思ったから黙っていた。結果的にお前を巻き込んだことは申し訳ないと思っている」

 柊さんは深く頭を下げた。みんなを騙していたことは少し許せないけれど、安易に言えるものでもない。間違っていたら取り返しのつかないことになってしまうだろうし慎重になるのも仕方ないのかもしれない。

「俺は壊れるのが嫌だったんだよ。安定している状態が好きなんだ。だからこそ、何も出来ない臆病者でもあるんだがな」

 柊さんは自嘲気味に笑っていた。その表情には後悔の気持ちも含まれているように見えた。あまりこういった表情を見たことなかったけれど、柊さんなりに思うところはあるようだ。

「お前は真実を知りたいんだったな」
「そのためにここへ来ました」
「さっきも言ったが、俺も本当のことは分からないんだよ。あくまでも俺が見て、感じたものだ」
「それでも、何を見たのか――私は知りたいです」

 何も知らないまま、生きていくのだけは嫌だ。真実があるのに、目を背けているような気がした。現実を生きているのに、真実から目を逸らしていいのだろうか。私たちはこんなにも生きているのに――知らなければいけないと、私はずっと思っていた。初めは小さな違和感だったけど、調べていくうちに隠された真実がある事を知った。私は足掻いて踠いた。真実を知らないから、エンプティに入って、お姉ちゃんの命を奪った空魔をひたすら憎んだ。見えない何かに縛られたかのように、私の思考は閉じたものになってしまった。本当は生きているんじゃないかっていう、希望だって抱いたこともある。全部夢だったらどれほどよかったか。
 けれど夢じゃない、現実だ。お姉ちゃんはもういない。無かったことになど出来ない。幸せな夢を見てもずっと、ふとした時、小さな違和感に気づいてしまうだろう。過去にしたくない。どんなに辛いものであっても、目を背けずに記憶に残したい。本当のことが知りたい――願うのはそれだけ。大好きな人だったから、尊敬していたから、私の大切な家族だから――隠された秘密があっても、私は全てを受け止める。

「そこまで言うなら、しゃーねぇ……」

 柊さんは私の熱意に負けたのか語り始める。私の心はいつにも増して緊張していた。

「さっきも言ったが、俺は核に触れて全てを知った」

 ここまでは推理通りだ。柘榴の言う通り、核には不思議な力があるみたいだ。柊さんも直接触れて知ったという。

「あいつは望んで空魔になったんだ。人を愛する資格が無いと思い、空魔になったんだ」
「……どういうこと?」

 望んで、空魔に――?

「愛かぁ。なるほどなぁ。そりゃ分かんねぇな」

 私の思考が一瞬フリーズし、背後の扉が開かれる音が聞こえた。私たちの会話に割って入った聞きなじみのある声。振り向いた先には冷めた視線を向ける蘇芳さんがいた。

「なっ!? お前まで来たのか……」

 私も驚いたが、それ以上に柊さんが驚愕している。まさか、ここに来るなど思ってもいなかったというようだ。
 蘇芳さんは手に武器を持っていないので、攻撃するつもりはないのだろう。けれど、声は酷く冷たいものだった。
 
「話を続けろ」
「……まさか、お前知らなかったのか?」

 柊さんは、恐る恐る問いかけた。言葉通りの意味であれば、柘榴が言っていたことや、私が感じた違和感は正しかった。この人は真実を知らないから、柊さんの下へ来たのだろう。

「そうだよ。だから来たんだ。こっちだって、色々あるんだよ」

 恥じることもなく、蘇芳さんは肯定した。空魔になって知ったと言ったが彼は『全て』知ったとは言っていなかった。空魔になっても分からなかったのは、恐らくお姉ちゃんの気持ちだろう。これまでの推測と言動から何となく察することが出来る。あの時、ハーツの声を聞いた私に驚いたのも、自分には聞こえなかったから。お姉ちゃんが気持ちを教えてくれなかったから。柊さんは苦虫を噛み潰したような表情になる。

「……茉莉花だけならよかったんだけどな」
「お邪魔で悪かったな」

 柊さんはどうしたものかとため息をつきながら、蘇芳さんを睨んだ。

「……この際だし言わせてもらうが、祀莉はお前にだけは絶対に知られたくないんだよ。お前が空魔になって知っていたと思っていたのもあるが、教えていいものか悩んでいた……すまなかった」
「別に柊を責めるつもりはないよ。八つ当たりはしたいけどな」

 突然、黒いハーツを突き付け、虚ろな瞳で柊さんを見据えていた。あれはお姉ちゃんの核で作られたもの。今は何も語らないけれど、とても痛ましく思えてしまう。蘇芳さんが空魔になってしまったとしても、今はその行いを否定することが出来なかった。好きな人の心を知りたくて、空魔になったというのに、肝心なことは何一つ分からなかったのだから。

「……祀莉、もういいだろう。これじゃあ、何も変わらない。お前はそれでいいのか?」

 柊さんは黒いハーツに向かって諭すように問いかける。あくまでも残っているのは残滓。本人がそこにいるわけではない。柊さんも分かっているはずだ。それでも、言わずにはいられないのだろう。

「お姉ちゃん。私は知りたいよ。どうして、空魔になったの……どうして、蘇芳さんに隠すの。一番伝えたいはずじゃないの……」

 傍から見れば分かりやすいものだった。隠すまでもないし、どうせ放っておいても気づくだろうと思っていた。私は時の流れが何とかするだろうと、楽観視していた。
 でも、これほどまでにこじれるとは思わなかった。思っていることを伝えればいいだけなのに、何が駄目だったの。

「蘇芳さんが好きだって――」

 今まで開けなかった鍵を無理やり開いた。罪悪感はあるけれど、そうでもしないと、いつまでたっても前に進めない。人は前に向かって歩き続けなければいけない。ピースが嵌るように、真実は完成される。

「……もしも、とか思ってたけど。今ほど、運命を憎んだことはないな」

 蘇芳さんは、乾いた笑みを浮かべていた。怒りよりも悲しみよりも、無力感の方が上回ったのだろうか。こうなってしまったものは仕方がないと割り切れたらどんなに楽だろう。

「お前の気持ちは……って、聞くまでもないか」

 聞くまでもなく、分かり切っていた。今のあり様を見れば、誰だって分かる。あまり自分の気持ちを出すことのない人だし、空魔になる前は分からなかったけれど、空魔になってからの方が分かりやすいというのは、皮肉のようにも思える。

「祀莉、お前は誤解している。自分から空魔になったぐらいで、こいつはお前のことを見限ったりしねぇよ。お前と同じくらい馬鹿しな」

 若干毒もあるが、温かみも感じられる柊さんの言葉。柊さんはハーツに目線を向けているようだった。やはり、あのハーツを作ったのは柊さんなのだろう。柊さんの言葉が届いたのか、ハーツは輝きだす。

「……これは」
「お姉ちゃんと、星影所長?」

 お姉ちゃんと星影所長が会話している光景だった。お姉ちゃんの表情は、今にも死にそうなくらい憔悴していた。お姉ちゃんは相談を持ちかけているように見えた。所長は何を考えているか分からない表情で、お姉ちゃんの話を聞いているようだった。お姉ちゃんが必死な顔で所長に縋りつく姿は、あまりにも痛々しかった。
 まるで、救いを求めているような姿に、私は息をのんだ。映像は消えていき、柔らかな声が聞こえてくる。

『私は私自身が否定したものに溶けていった』
『友達だと思っていた子から、告白を受けた時から全て狂っていった』
『私はその子のことを拒絶して、心無い言葉を言ってしまった』
『その子は絶望し、空魔となってしまった』

 どうやらお姉ちゃんは一度告白を受けたことがあるらしい。
 しかし、その時お姉ちゃんは冷たい言葉で責めて、拒絶してしまった。結果的に友達は空魔になってしまう。私は初めてその話を聞いた。私の前で一度もそんな素振りを見せたことなどなかったから。

『全て、私が悪いの。私が否定したから』

 人が人を好きになることに理由は無い。お姉ちゃんはそれに気づくのが遅すぎた。

『愛を謳うのに理由はいらないのに、欲深く求めるから』

 何かと理由をつけて逃げ続けた。

『私は彼を愛していたの』

 本当は気づいていたのだ。自分の中の真実に。

『否定したくせに、どの口で言えるの』

 矛盾す、相反する思いを消化しきれず、際限なく積もっていく。

『私に人を愛する資格はない』

 友達を傷つけて狂わせて、のうのうと人を好きになっていいのか。

『君にだけは知られたくなかった。私の醜い心を見られたくなかった』

 言えるわけがなかった。浮ついた愛の言葉など、相手も自分も傷つくだけ。

『君に拒絶されたら、きっと私も同じように空魔になってしまう』

 言葉を口にしたら、壊れてしまうと思って。

『君の心がどこにあるのか分からないから、私は何も言えなかった。いいえ、言わなかったの』

 真実は容赦なく、夢の終わりを告げてしまう。

『ごめんなさい』

 ずっと側で見守っているだけで満足――そんなのは綺麗事だ。そんなわけがない。好きな人と結ばれたいに決まっている。安定した関係に耐えられなかったから、お姉ちゃんは空魔になってしまった。

『私の真実はただ一つ。狂おしいほど、君を愛していました。私だけを見てほしかった』

 お姉ちゃんの切実な思いは、蘇芳さんに届いたのだろうか――

 核は全てを語ったのか、光を失っていく。これはお姉ちゃんの紛れもない真実だと私は感じた。姿は見えなくても核に残された思いは本物だと思うから。
 悔いなく安らかに眠ってほしい――そう願わずにはいられなかった。