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「そんなこと……」

 即座に否定出来なかった。それどころか、すんなりと答えを受け入れてしまった。何故だろう。お姉ちゃんに限って、そんなことあり得ない――と言い切れなかった。空魔は誰だってなる可能性があるのだ。心の弱さは誰にだってある。エンプティの隊員でも例外ではない。そのために必要な調整だってしているぐらいだ。

「僕の予想だと空魔になったお姉さんを蘇芳が倒した――ってところかな。衣服も何も残らなかったのは、その事実を知られないように、蘇芳が持ち去ったとかじゃない? 理由はどうであれ、一番あり得ると思うけど」

 空魔になってしまった人間の遺体はもちろん残らない。ただし衣服や道具は残る。お姉ちゃんが空魔になっていて、それに気づいた蘇芳さんが倒して、空魔になってしまったことを知られないように、衣服や道具を持ち去った――というのが柘榴の推理だ。私はそれに反論出来る材料を持っていない。いやいや、だったらどうして言わなかったのよ。何で。

「恐らくだけど、蘇芳はこの直後で空魔になったんじゃないの。あいつ前に酔っていた時、どうしても知りたい真実があったから空魔って言ってたからね」
「お姉ちゃんが空魔になった理由……は」
「さすがにそこまでは分かんないって。でも、心当たりあるんじゃない?」

 柘榴が私の心をのぞき込むように見つめる。心当たりと言われて、パッと思いつかなかったが、よくよく考えて一つの可能性に思い当たった。

「……無いこともないって所よ。お姉ちゃん、蘇芳さんのこと好きだったから。その関係かもしれない」
「へー……」
「詳しいことは知らないわよ。というか、蘇芳さんってお姉ちゃんの気持ちに気づいていたのかなぁ」

 なんとなく呟いた言葉だったが、柘榴はしっかりと拾っていた。初対面に相談する内容ではなくなってきたが、柘榴はしっかり乗ってくれた。

「半分信じて疑っているって所かね」
「そうなの?」

 そこまで分かっちゃうんだ。空魔同士ってプライバシーも何もなさそう。本当に敵に回したくないけど、敵なのよね。深く関わりたくないと思ってしまう。

「好きなら言えばよかったのに。自分が信じられないから相手も信じられないんだろうけど」
「え、それって? どういう……」
「蘇芳は君のお姉さんのことが好きだったんだよ」
「それって直接言ってたの?」
「心の声だよ。そういえば、あいつ人の心を見たがらなかったなぁ。だからこそ、肝心なことにも気づかないんだろうけど。本末転倒っていうか」

 うーん。待って待って。色々と情報在りすぎじゃない。確信は持ってなかったけれど、蘇芳さんはお姉ちゃんのことが好きだったんだ。分かりづらいって。お姉ちゃんは苦しかっただろうし、辛くなるよ。私が代わりにぶん殴りたい。言わないお姉ちゃんも正直どうしようもないけれど、蘇芳さんどんだけ未練タラタラなのよ。というか、心を見たがらないって何。あの時、何も見てなかったってこと? まぁ見ていればあんなことしないだろうけれど。

「心を読めるのがよかった、とか言ってた気がするんだけど」
「情報収集時には多少使ってたらしいけど、それ以外は使ってないって言ってた。「どうせ見てもよく分かんないし」とか言ってたけど、あいつは理解する気ないだけだ」

 結局、あの人は私の心なんて見てなかったんだ。興味も無くて理解するつもりが無い。その程度の存在だった。どこまで人をコケにしたら気が済むのだろう。腹立たしく思う半分、少し可哀想にも思えてきた。

「哀れな奴だと思うよ。未だに真実に辿り着けてないし」
「そうなんだ……」

 柘榴の言う真実というのが、何なのか――蘇芳さんが空魔になった理由と繋がるものなのは確か。心を見る能力は間違いなく便利なはずなのに、どうして使いたがらないのか。真相がうっすらと形が見えてきた気がする。

「うーん。待って整理する」

 結論から言えばお姉ちゃんは空魔化した。空魔化したお姉ちゃんを蘇芳さんが倒した。時系列的には、お姉ちゃんが出て行った夜、何かがあって空魔化してしまい、駆け付けた蘇芳さんに退治された。空魔化する理由は負の感情が思いっきり表面に出て、それを空魔が喰らうといった理由が多い。
 そもそも、どうしてお姉ちゃんは夜に出ていったのか。どうして、空魔になってしまったのか。

「普通に考えて誰かに呼び出されて、嵌められたとかが妥当だろうね。空魔って相当煽られないと無理だし」
「誰がそんなことを……」

 恨まれるようなことをしていないはずだ。お姉ちゃんがそんな目に合うなんてあり得ない。でも、空魔化してしまったということは少なからず負の感情があったってわけだし。考えれば考えるほど頭が痛くなる。

「もー何なのよ! どういうことなの!? ますます謎が増えていくわ!」
「……あくまで推測だからね? 真実は分からないよ」
「全部読めないの!?」
「知ってる奴がいないと読めるわけないだろ……」
「そ、そうよね。ごめんなさい」

 苛々してしまって思わず声を荒らげてしまった。最悪だ。柘榴は敵なのに一緒に考えてくれてるのに、申し訳ない。

「……空魔化した前提で進めさせてもらうけど、お姉さんの核って残ってなかったの?」

 柘榴の突然の質問に驚いたけれど、私に思い当たる節は無かった。核がどこにあるかなど見当もつかない。保管されているなら研究所にあるだろうけれど、今回はそもそもお姉ちゃんが空魔になったということを把握していない可能性があるから考えにくい。

「分からない。そもそも空魔化していたことすら知らなかったし。倒したのは蘇芳さんだし……」
「あったとしても、倒した蘇芳が持ち去っている、か。余談だけど、強い思いを残した核は直接触れると色々な現象を引き起こし、現実へ干渉するんだよ。放置されてたら大変だけど、心配はなさそうだ」
「そうなんだ……」
「核は人の心の結晶みたいなもの。核になった人間の思いが強ければ強いほど、いろんな景色を見せる。生前の思いとか、記憶とか。基本的に残り滓だから、それ以上の力は無い」

 真実――と言われて、私は先程の出来事を思い出した。一瞬だったけれど、とても印象的だった。

「……そういえば、蘇芳さんが見せたハーツに一瞬、お姉ちゃんと誰かが話している様子が見えた気がする。ハーツにしても見えるものなの?」
「その核の干渉力、思いが強ければあり得るね」

 柘榴は私の話を聞いて、何かに気づいたようだった。

「もしかして、あいつ……お姉さんを核にしてそのハーツを作ったんじゃないの?」
「お守りみたいなものだって言っていたけど。あ……」

 お姉ちゃんの魂が込められているのなら、確かにお守りと言えるのかもしれない。戦闘に使いたくないのも納得出来る。扱いが雑だったのは、なんだろうか。真実に辿り着けない苛立ちだろうか。私に見えて、蘇芳さんに聞こえなかったから――そう思うと納得だ。

「触れなくても見えるとか、相当強い思いがこもっているね」
「そういえば……蘇芳さん、核が干渉するの知らなかった気がするんだけど」
「仲間内でも知ってる奴はそんなにいないよ。自分の思いについてみんな触れたくないんだ」

 だから驚いていたのか。けど、核を持ち帰って、武器にしたあたりは何か思うところはあったのだろう。あれ、そういえば蘇芳さんは戦闘専門だし武器は作れないはず。

「蘇芳さんって武器は作れないのに、何でハーツとして持っていたんだろ」
「協力者がいるんじゃない?」
「武器と言えば……五月七日さんだけどあの人、逆に知りたがっていたし……」

 そもそも、お姉ちゃんの核だ。蘇芳さんが信頼していない他人にやすやすと触らせるだろうか。
 色々と考えに考えて、蘇芳さんにとって、気が置けない人を思い浮かべた。一人だけ該当する人物がいた。

「柊さんなら……もしかすると、あの人空魔に関することなら割と知ってるし。武器も作ってたはず。それだと、柊さんは何か見なかったのかなぁ」
「君が何かを見ているのなら、そいつも何かしら見てるはずだ。蘇芳に見えなかったのは単純に知られたくなかったからかもしれない」
「あり得るの?」
「その人の心次第だからね。無いとは言い切れないよ」

 蘇芳さんは全て知らないということで決着。残るは柊さん。あの人は不愛想で、感情の変化が分かりづらい。私が依然聞いた時も謝ってばっかだったし、本当に知らなさそうだった。指揮官という立場もあるので、それ以上深くは聞かなかった。迷惑かけたくないし。
 でも、そんなことを言っている場合ではない。真実に手がかかっているのだ。

「ここまで来たら大丈夫そうかな」
「えぇ。ここからは自力でなんとかしてみるわ」

 必ず掴みとって見せる。どんな結果になろうとも、私は全て受け入れる。覚悟は出来ていた。

「じゃあ……」

 柘榴が立ち去ろうとしたが、私は一つだけ気になっていたことを聞いた。

「あのさぁ、柘榴ってどっかで見たことあるような気がするんだけど……会ったことある?」
「……気のせいじゃない?」

 柘榴の方に覚えはないらしい。どうやら、私の思い違いのようだ。こんな特徴的な見た目なら、絶対忘れないと思うんだけどなぁ、と思いつつもそれ以上は言わなかった。

「そっか。気のせいか……ごめん。あ、後これだけ言っておく! 多少、空魔を見る目が変わったわ。それでも、許せないけど……」
「それでいいと思うよ。無駄に変な感情を抱かない方がいい」

 空魔に対する憎しみは消えないけど、それでも少しだけ空魔に対する気持ちは変わった気がする。良い空魔がいるとかそういうのじゃなくて、空魔の本質的なものを知ったからだろうか。エンプティでは教わらなかったことをたくさん知った。とても有難い。やはり、真実は知った方がいい。何も知らない、知ろうとしないまま、目を背けているだけじゃ何も変わらない。

「今回はありがとう。助かったわ」
「礼なら紫苑に言って」

 思えば紫苑が頼んだから引き受けてくれたんだっけ。柘榴の下にいるなら、そんなに心配はいらないだろうけど、姿が見たいなぁと思ってしまう。

「どうせなら、会わせてくれたらいいのに」

 独り言のように呟いてしまったけど、柘榴は申し訳なさそうに視線を逸らした。

「今はまだ無理だけど、彼女は必ず元に戻すから」

 柘榴は素っ気なく一瞬でどこかへ消えてしまった。猫のように、何にも囚われずどこまでも自由に、軽やかに――