強引な形で脱出し、戻ってきたはいいものの世界は依然として鮮やかな夕焼けを映し出していた。目を奪われるほど綺麗なのにどこか悲しそうな空。柘榴は何を思っているのか、ぼうっと空を見上げていた。聞いているのか分からないけれど、話しかけてみることにした。話が通じなさそうではない相手ではないと思う。
「……あの、助けてくれたってことでいいの?」
「うん」
「ありがとう……」
「別にいいよ。頼まれたからやっただけだし」
お礼を言ったが、柘榴は仕事の一環だと割り切っているかのようだった。こうして見ると、人型は空魔には見えない。見た目は人間と変わらないうえ、意思疎通も出来るんだし。
「人型空魔は色々と特殊だからね」
柘榴は私の心を見透かすように呟いた。思い切り心を読んでいるじゃない。やっぱり空魔なんだ。
というか、さっき頼まれたって言っていたけれど紫苑のことだよね。分からないことばかり増えていく。紫苑は果たして本当に無事なのだろうかと思っていると、先手を打つように柘榴が喋る。
「紫苑なら大丈夫。僕がこう言っても君は納得しないだろうけど……」
「はぁ」
空魔のことは信用出来ないし、憎い気持ちも消え去ってはいない。けれど、柘榴が嘘をついているとは思えなかった。ぶっちゃけ、さっきの蘇芳さんよりは信用出来る。とりあえず、紫苑がここにいない以上、助けることも出来ないし情報を集めに専念した方が良さそうだった。
「……もう帰るから」
柘榴が嫌な予感でも察したのか、立ち去ろうとしていた。
「まだ、何も聞いてないし!」
他に仲間がいるとか、クロユリとかも関係あるのか色々考えているだけなのに。そもそも、人型の空魔って何なのよ。そんな話だってつい最近まで聞いたことないし、当たり前のようにうろついているのか。人型の空魔はなろうと思ってなれるのか――ちょっと気になるけれど、決して空魔になりたいわけじゃないし、蘇芳さんに言われたからとかそういうのは関係ない。純粋に気になっていた。
「……えーうん、えぇ。はぁ……」
考えている側で柘榴が謎の返事をしていたが、なんだろう。不思議に思っていると、柘榴が大きくため息をついた。
「紫苑が君に協力しろって。関係ないのに酷いよね」
「協力ってねぇ。私は求めてないんだけど」
「じゃあ、帰らせてもらうけど……」
と、柘榴が踵を返そうとしたが、私は思い切りフードを引っ張った。ぐぇと、変な声が聞こえてきたけれど、気にしない。
「待ってください! 聞きたいことがたくさんあります!! 余計なこと言ってすみませんでした!」
「そういうくらいなら最初から言うなよ……」
柘榴はそう言いながらも、協力してくれるようだった。空魔に助力を乞うのは癪だけれど、またとないチャンスでもあるのは確かだ。わざわざ棒に振るような真似はしたくないが、複雑なものは複雑だ。紫苑がどういう経緯で柘榴と仲良くなっているのかは分からないが、今は関係ない。紫苑は紫苑なりに、何かを見つけたのかもしれない。やっぱり、私だけ置いてけぼりじゃない。柘榴は私の心の葛藤でも見ているのか、呆れた様子で呟く。
「……君って馬鹿だよね」
「否定出来ないけど、面と向かって言われるとムカつく。後、空魔に言われると倍腹立つ」
初対面の空魔にここまで言われるとは。いちいち真に受けてたら話は進まないし、聞くだけ聞いておさらばしよう。
「さっき答えなかったけど、クロユリとか理真ってヤツもあんた達と繋がってるの?」
「そうだね。人型の空魔を作れるのが一人しかいないし、自然と同じ括りになるのも仕方ないっていうか。基本的に僕らは主のために動いてるから」
「主って、上がいるのね」
「創造主みたいなもの。自分勝手な奴だよ」
「空魔を生み出す時点でどうしようもないのは確かなんだろうけど、そこまで言うんだ。曲がりなりにも主なんでしょう?」
「主というよりは協力関係だね。基本的に僕らは利害の一致で従っているだけだ」
互いに利用し合っているということか。空魔達は一体何を目的に動いているのだろう。本能だけで動くのかと思ったらそうでもないし、感情はありそうだし変なの。蘇芳さんとかクロユリとか見てるとバリバリあるじゃん。納得いかないと表情に出していると、私の考えていることなどお見通しのようで、柘榴は懇切丁寧に説明してくれた。
「空魔は理性無し、感情無し、色んなものが空っぽっていうけど、自我は少し残っているんだよ。普通の空魔は抑制機能を失い衝動の割合が強くなるから暴れる。人型の空魔はその中でも、本能の割合は多いけど自我もそれなりにあるから意思疎通が出来る。けど基本的には普通の空魔と変わらない。欲求や本能に嘘はつけないんだ」
「なるほどねぇ。分からないようで分かるような」
要は何だかんだで心が残っているってことよね。色々と常識が覆されていくのって、もっと驚きがあるかと思っていたけれど、そうでもない。むしろ、納得してしまう。嘘が付けないってことは蘇芳さんのアレもほとんど本音だってこと? 微妙というか腹立たしい。お姉ちゃんの代わりとか、思い出しただけで頭を掻きむしりたくなる。
「で、聞きたいことはそれだけ?」
「まだまだあるけど……」
柘榴にお姉ちゃんのことを聞いて分かるのだろうか。接点などないと思いつつ、蘇芳さんが何か話していたりするかもと、ちょっとだけ期待している部分もあるのだけれど、ダメ元で聞いてみるか。
「あんたに聞いて分かるか……」
私が話している途中だったけれど、柘榴は私の心をのぞき込むように観察していた。まるで、心の中を見られているかのような――って、まさか説明しなくても分かっちゃうってことなの? 色々とヤバいじゃん!
「ふーん。なるほどねぇ」
柘榴はひとしきり私の心を見て理解したようだった。私が一番何を知りたいのか、分かってしまったのだろう。何とも度し難い能力である。正直、一緒に居たくない。だが、なりふり構っている暇はなかった。
「一応確認させてもらうけど、君はお姉さんの死について知りたいんだよね」
「えぇ、正解よ。必要なら説明もするわよ」
「簡潔にまとめて欲しいかな」
「難しいわね……出来るだけやってみる」
お姉ちゃんの死――そもそも私が疑問に思っているのは、空魔に喰われて亡くなったとされているが、本当にそうなのか。誰かに殺されたのではないか。空魔に襲われたのなら、衣服や死体が少なからず残っているはず。それなのに何も残っていないというのだ。自分の考えを交えながら柘榴に説明すると、少し考えていた。しばらくして私に告げる。
「なるほど。簡単なことじゃないか」
「分かるの!?」
「あくまでも推測だよ。それでもいいなら」
心の中を読んだだけでそこまで分かってしまうのか――恐ろしいと思ったものの、推測と柘榴に言われてそりゃそうだよね、と思いホッとした。私が知らない真実を知ってるわけが無いのだ。知っていたら、もはや神様じゃないか。私の調査も行き詰まっていたし、新しい視点からの切り口は有難い。
「推測でもいいわ。お願いします」
私は深く頭を下げた。「大げさだなぁ」と、柘榴は呟いたが誠意は見せないと。せっかく協力してもらっているんだ。お姉ちゃんは本当に空魔に喰われたのか。私は殺された説を推しているが、果たしてどうなのか――柘榴が考えた答えは当然のごとく、それしかないと言うように告げられた。
「君のお姉さん、空魔になったんじゃないの?」