6

 どこからともなくやってきた、ニット帽を被った少年の闖入者。どこかで見たことあるような気がするのだが、思い出せない。蘇芳さんはどいてくれたものの、私はベッドの上で放心状態になっていた。それでも、なんとか体勢を立て直して少年の方へ顔を上げた。蘇芳さんと少年は向かい合って話している。空気は最悪とは言わないまでも、悪かった。

「……本当に邪魔だな。空気が読めない奴は嫌われるよ?」
「お前に嫌われても、どうも思わないから問題ない」

 険悪そうな雰囲気だが何なのだろう。知り合いだろうか。疑問を浮かべていた私を見て、面倒くさそうにしつつも蘇芳さんは答えてくれた。

「俺と同じ空魔だよ。そうだろ」
「そーだね。はいはい」

 柘榴と呼ばれた少年は適当に返事をしていた。仲間意識は低そうに見える。
 というか空魔が増えた。最悪じゃない。何でよ。私が何したって言うのよ。いや、思い当たることしかないけれど。こんな所で終わりたくないし、空魔に殺されるくらいなら自害した方がいい。霞もこんな気分だったのだろうか。だとすると、私は彼に酷いことを言ってしまったのだろう。気持ちがどんどん沈んでいく。悩んでいる私を差し置いて、二人は淡々と話を進めていた。

「目的は何かな」
「そいつを助けること」

 柘榴が指差した先にいるのは私だった。私は驚きを隠せなかったし、蘇芳さんも少し驚いていた。色々と考えていたが、さすがにちゃんと話は聞いている。というか、一気に吹っ飛んでいった。何だか、もう訳が分からない。二人は仲間ではないのか。私を助けるという言葉に反応してしまったが、信用していいのだろうか。蘇芳さんは出方を窺うように、柘榴へ問いかける。

「紫苑ちゃんの頼みかな?」
「……そーだね。そうじゃなかったら絶対やってないよ」

 柘榴は肯定しつつ悪態をついた。ちょっと、紫苑と何の関係あるの!? 紫苑までまさか空魔に――さすがに黙っていられない。

「紫苑の頼みって、紫苑は生きてるの!? というか、連れて行った空魔って……もしかしてあんたなの!?」
「紫苑は無事だ。心配いらない。空魔にもなってないよ」

 柘榴はあっさりと私の疑問に答えてくれた。どこぞの空魔さんとは大違いだ。紫苑は空魔と一緒にどこかへ消えてしまったと言っていたが、生きているようだ。嬉しい情報だが分からないことが多すぎる。それに空魔の言うことを鵜呑みにしていいかと思ったが、柘榴の目は嘘をついているようには見えなかった。少なくとも今の蘇芳さんよりは信じていいかもしれない。いや、でもどっちも空魔だ。また、騙されるかもしれない。猜疑心に囚われた私の心を見透かすように柘榴は呟く。

「僕は嘘はつかない主義だ。空魔だろうが、譲れないものはあるんだよ。そいつにもあるようにね」

 柘榴はそう言って、不敵な笑みを蘇芳さんに向けた。柘榴には蘇芳さんの心が分かるのだろうか。

「本当に最悪だな。もうちょっとで楽しくなるところだったのに。腹いせに撃つよ?」

 と言いながら、派手な銃声が聞こえた。聞いてる途中で思い切り撃ってるし。珍しいものを見たなぁ、と一瞬だけ思ってしまったけれど、そんなことしみじみと感じている場合ではない。
 柘榴は不意打ちにもかかわらず、華麗に避けていた。彼の身軽さは猫のようだった。核を壊さなければ死なない空魔と言えど、さすがに当たりたくないのだろう。そこは人それぞれ、というか空魔それぞれなんだと思うことにした。

「あまり事を荒立てるつもりはないんだけど」
「そうは言ってもね。茉莉花は置いていってくれないと、困るんだよなぁ」

 そういえば、どうして蘇芳さんは私をここに連れて来たのだろうか。元はと言えば、真実を知りたがっていた私に条件付きで教えてくれると言っていた。条件だったらその場で言えばいいだろうし、教えたくないのなら、そもそもこんな提案はしないだろう。来る前に気づくべきだった。

「だったら最初から殺ってもらえばよかったじゃん。ノロノロしてる方が悪い」

 やってもらう? どういった意味なのかは分からないけれど、少なくとも柘榴は目的を知っているようだった。私に何をやらせたがったのだろう。人型の空魔は思考が読めるらしいから、筒抜けなのだろう。私を置いて状況がどんどん進んでいく。

「僕が介入するのは今回限りだよ。次は無い」

 柘榴はそう言いながら私を掴む。ただ、直接ではなくニット帽の三つ編み部分が黒く変化したものが、生き物の手のようになって私を掴んでいた。魔物の手みたいな感じだ。魔物を見たことないけれど、人ではない化物の腕なのは確かだ。変な感じ。柘榴は私を掴んだ後、刃物で裂くように、空間に切れ目を入れた。どういう理屈なのかは分からないが、これで移動が出来るのだろう。人間にはとてもじゃないけれど、出来ない芸当だ。

「やれやれ……気まぐれな黒猫だな」

 蘇芳さんの呆れたような呟きを背後に聞きながら、私は密室空間から脱出することに成功したのだった。