「あいつも変わんないね。こっちとしては、そのままでいてくれると都合がいいんだけどな」
誰かと通話していたみたいだが終わったようだ。叫んでどうにかしようとしたかったが、全身に黒い布が纏わりつき、口も塞がれていたため何も出来なかった。通話が終わって、ようやく口元から黒い布が剥がれていき、思い切り息を吸った。拘束も腕だけになって、ある程度自由が利くようになった。私は思い切り睨みつけてやった。
「思いっきり警戒してるねー」
「当たり前じゃない! こんなことしておいて、どの口が言うのよ!」
あの後、ホイホイ付いていったらあっという間に全身を縛り上げられ、芋虫状態になってしまった。何かあるとは薄々思っていたし、何が来てもどんと構えるつもりだったが、さすがに限度がある。こんなの想像出来るわけないじゃない。霞からは見通しが甘いと言われそうだが、それでも飛び込む以外に考えられなかった。私の目に映る蘇芳さんはいつものように笑っている。
けれども、どこか空虚な感じがして、同じ場所にいるはずなのに違うところで独り彷徨い続けているようだった。
「あんまり信用は出来ないかもしれないけど、敵対したいわけじゃない。ただ、暴れられると面倒なんでね」
「こういう状況だったら大抵の人は抵抗すると思いますけど」
「それもそうだな」
蘇芳さんは笑っているけれど、笑い事じゃない。一体何が起こっているのか、状況を整理しよう。
私がいるのはちょっと値が張りそうなホテルの一室のような場所だ。テレビはなく、大きなベッドとお洒落な家具が置かれている。その中でも、おかしいと思ったのは窓がないこと。今時そんな部屋があるのだろうか。それにしても、いるとふわふわとした気分になる不思議な場所だ。
私はちょうど蘇芳さんに見下されるような位置にいる。今のところ拘束されているのは腕だけなので、何とか一定の距離は保てた。
「ここはどこですか?」
「俺の場所」
自分の場所と言ったが部屋ではないのか。言い回しが引っかかり、意味を考えていると蘇芳さんは苦笑する。
「そのままの意味なんだけどな。それよりも、本題に入ろうか」
本題と言われて私は思わず身が竦む。こんな状態にしておいて、本当のことを話すつもりがあるのだろうか。怪しい。
「本当に教えてくれるんですか」
「霞君のことなら構わないよ。俺には関係ないし」
蘇芳さんの言い分に、私は眉を顰めた。突き放したような言い方に悪意を感じる。感情的になっては、相手の思うつぼだと思い、こらえて言葉の続きを待った。
「結論から言うと、彼は呪いにかかっていた。呪いをかけた奴が死ぬと、霞君も死ぬ。要は道連れってことだ」
簡潔な説明のはずなのに、突っ込み所がありすぎる。からかっているのか。前々からそういう所はあったけれど、そこまで空気の読めない人ではないはず。霞のことなら教えても構わないと言ったし、本当なのだろうか。さすがに全部真に受けるほど、私は馬鹿じゃない。
「……馬鹿にしてます? そんな話、信じられるわけないじゃない」
「正直、俺も馬鹿馬鹿しいと思うよ。けど、本当の話だ。アイツは気に入った獲物は逃さないし、一緒に墜落していくのが好きなんだよ。趣味が悪いよなぁ」
若干、思考がすれ違っているような気がするが、蘇芳さんはあくまでも真実だという。
百歩譲って呪いというものがあったとして、そんなものを人間がかけられるのだろうか。自分が死ねば相手も死ぬとか、現実的にあり得ない。そう思ったが私は霞の言葉を思い出した。確か、霞は海辺で私と会う前に空魔と戦っていたはずだ。そんなまさか――
「霞の死は空魔と関係あるんですか」
「大ありだよ。呪いをかけたのはその空魔だし、死んだ理由も空魔だ」
「は……?」
蘇芳さんの思わぬ情報に私は思わず耳を疑う。空魔にそんな力があるとは、思ってもいなかった。霞は連れて行きたくないと言っていたが、蘇芳さんが言うことが本当なら、相当危険な空魔だ。それを一人で相手取るなんて。それでも、やはり連れて行ってほしかった。そうすれば、なんとかなったかもしれないのに。呪いとかぶっ飛ばしてやったのに。
「空魔の名前は玖金理真。茉莉花よりは年上かな。女嫌いで男遊びの激しい派手な女。身勝手で自己中な奴だよ。心が見えるし、気に入った相手を身体的、精神的に縛り付ける事が出来る」
空魔というだけで、もうあり得ないのにそのうえ能力まであるとか。説明だけで何となく地雷そうなのは分かる。絶対同性から嫌われているタイプだ。進んで関わりたいと思う相手じゃない。多分、向こうもそう思うだろうけど。というか、何でそんなのに目を付けられてんの。ちょっとは相談しなさいよ、バカ。
「写真もあるよ」
スマホを操作して見せようとしてきたが、もう消えているのなら、わざわざ見たいと思わない。不愉快な気持ちが増すだけだ。
「見せなくていいし。死んだって事さえ分かればいい」
「……そうだね。空魔は消えた。反応もないしね」
あの場所に空魔がいて、霞は戦った。その結果、両者とも散った。普通なら勝者がいるはずだ。だが、あの場所で生き残った者はいない。その理由が呪いだとでもいうのか。屋上から飛び降りるのが呪いなのだろうか。何となく腑に落ちない――そうだ。霞はそもそも死に対して特別な感情を抱いていた。単純な理由で自殺を選ぶとは思えない。
「あの場所で二人が戦ったのは事実。核を壊された理真……空魔は負けた。そして空魔の核が壊れるのと同時に呪いは発動する。縛り付ける能力といったけど、厳密には自分の状態を特定の相手にリンクさせる力。自分が死ねば相手も死ぬ。簡単に言えば共有ってところか。アレは霞君と終わりたがってたからねー」
理真という空魔はどうやら霞と心中したかったようだった。腹立たしいが、そいつにとっては願いが叶ったようなもの。そうすると空魔は本当に霞と一緒に死んだということなのか。一緒に飛び降りした可能性もある。でも、空魔の核が壊れた時点で死ぬのは確定だ。空魔がわざわざ飛び降りるなどするだろうか。そう考えると、やはり霞は自分の意思で飛び降りたということになる。じゃあ、どうしてという話になる。
空魔の呪いはそもそも、核が壊れた時点で同じ状態になると言うのだから発動しているはず。あれ、動きの制限とかはどうなっていたんだろ。そもそも霞と戦った空魔の特徴は心身操作って言ってた。もしかすると――
「空魔の核が壊れていたときには、呪いは解けていた……?」
「実際見ていないから分かんないけど、そうだろうね。核が壊れたら大体の空魔は力を無くす。人型も例外じゃない。死ぬ運命は変えられないけど、思い通りにはいかせないって感じか。核が壊れるまでにはラグがある。その隙に飛び降りて全てを終わらせたんだ」
霞は自分の意思で飛び降りた。当然のように導き出される回答。
「自分の運命を少しでも変えたかったんだと思うよ。理真と一緒にくたばるのが、死ぬほど嫌だったんだろうね。理真に殺された訳じゃない。自分の意思で死んだって、胸を張りたかったんじゃないかなぁ。もう、いないから分かんないけどね」
理由は闇の中。これを真実に据えるべきなのか。私は信じたくなかったけれども、霞の気持ちを否定出来なかった。確かに空魔と一緒に道連れなんて、私も嫌だ。私も同じ状況だったら自害を選ぶかもしれない。それなら、一言言ってくれたらよかったのに。どうして何も言わなかったのだろう。言わなければ分からないし、どうしようも出来ない。助けたくとも、何も出来なくて悔しいし、時間を戻せるなら戻したいくらい。
「こんなことになるくらいなら、巻き込んでくれた方がよかったっての」
霞は本音を話してくれた。ずっと私に知られたくなかった秘密を打ち明けてくれた。
けれども、空魔のことは詳しく教えてくれなかった。それどころか私がついて行くのを拒んだ。その事実に何故か胸が痛くなる。私は頼りなかったのだろうか。私が馬鹿で危なっかしいから、足枷になるから――
「彼なりの気遣いだろうね」
蘇芳さんは沈んでいた気持ちを払うように、何気なく呟いた。
「……気遣い」
「空魔との戦いは何があるか分からない。自分のせいで茉莉花が巻き添えになるのが、嫌だったんじゃないかな。相手は女嫌いだし、相性も悪そうだし」
霞は私に対してずけずけ言うし、わりと厳しいところもあった。その一方で、私は霞との間に見えない壁の存在を感じていた。深く入り込まれないように、一歩引いているような感じ。その理由は最後の最後に分かったけど、結局肝心なところ――空魔との間で何があったのかは詳しく教えてくれなかった。
付いてくるのをやめて欲しいと、手を合わせて私に懇願してきた霞の姿は今でも覚えている。あれが、本気なのは分かっていた。でも、私はそんなことで引くわけがなかった。私が何を言っても付いてくることくらい、分かっていたはずだ。それなのに、私は。
あの時、拒否されたのは信頼されていなかったワケじゃなくて、気遣いだとしたら責められるわけが無い。むしろ、私が霞を信じていなかったみたいじゃない。
私が信じなかったから、霞を見なかったから――全ては後の祭り。
いつも困らせてばかりだった。私は我儘だった。対して力も無いのに、出しゃばろうとして、お節介だったのかな。
「私は、間違えてばかりだわ。真実を追い求めようとすればするほど、大事なものが消えてく」
私の呟きを聞いた蘇芳さんは面白いものをみるかのようにくすくすと笑う。
その態度に私は不快感を覚えた。馬鹿にされているようで、黙っていられない。
「何が、おかしいのよ」
「マリーがさ……あぁ、そうだ。理真が一回だけ能力の解除条件を言ってたな。あいつよく喋るんだよね、聞いてもないのに。馬鹿だよな」
親し気に語る姿に違和感を覚える。あれ、何かおかしくない? って、解除条件って何よ。呪いは解除出来るものだったの?
どうせ、厳しいものだろうと思っていたけれど、
「粘膜接触らしいよ。呪いの対象者が理真以外の相手とすれば解除出来るって。さすがに経験不足の茉莉花でも分かるだろ」
思わぬ回答に私は、何も言えず固まってしまった。
粘膜接触って、つまり。
「茉莉花が強引にキスとか色々していれば死ななかったかもね、って話だよ。あははは!」
心底楽し気に笑う蘇芳さん。粘膜接触ってそういうことなの? いや分からなかったわけじゃなくて、現実味の無い話で、ついていけない。
というか、何でこの人は笑ってるの。何が笑えるのよ。少しだけ怖くなってきた。
「ふざけてるの!?」
「大真面目だよ。能力さえ解除出来れば、霞君も自殺を選ばなかったかもしれないって話だよ」
「あ……」
あの時、私が? 脳裏に過るのは、あったかもしれない可能性。
どこかでそういった選択肢があれば――もしも全て知っていれば、助けるためならば迷わずしたのだろうか。後悔と共に様々な感情がこみ上げてくる。
真実を知ったから? 知らなければよかった?
頭の中は想像でしかない分岐を彷徨いぐるぐる回っていた。
「あぁしていれば、こうしていれば――とか言ったって、失ったものは返ってこない」
後悔後先に立たず。今更、何を言っても思っても変わらない。
全て分かっていたらなど、過ぎ去った現実の前では何の役にも立たない言葉。無意味な仮想現実。
「私は……」
「な、真実って知ってもいいことないだろ。馬鹿らしい。容赦なく突き刺してくる。言い訳は通用しない」
知らない方が幸せだった。知らなければ苦しまずに済むし後悔など感じない。生きていくなら、その方が生きやすいだろう。胸を裂くような痛みなどから無縁のまま生きられたはずだ。
でも、それは果たして本当に良いことなのか。私はどうしてここに来た? 真実を知りたくてここに来た。その覚悟だってあったはずだ。
蘇芳さんの下に来て、霞の真実は分かった。どんな思いを抱えていようとも、知らないよりはマシだ。自分の意思で飛び降りたというのは複雑だけど、少しだけ霞のことが分かったようで良かったと思う。元より、死に惹かれていたみたいだし、こう言ってしまっては、申し訳ないが霞にとっては、望み通りの最期なのかもしれない。そうじゃなかったら、ごめんなさい。でも、貴方が悔いなく選んだと私は信じている。
「真実がどんなものであれ、私は霞を信じてる。それだけは絶対。馬鹿らしいとか言わせない」
「立ち直り早いなぁ。まぁ、茉莉花らしくていいけどさ」
人を喰ったような態度の蘇芳さん。やはり、いつもとは違うきがする。私に対して若干、刺がある。霞とは違って、明確に貶しているような気がする。
そういえば、蘇芳さんからはまだ、お姉ちゃんのことを聞いていない。蘇芳さんが隠したがっているのはもはや、間違いない。絶対に言いたくない何かがある。空魔が関係するのは間違いない。蘇芳さんの態度も、真実に近づくのを恐れているからか――と、思って私はある違和感に気づく。
「あれ」
目まぐるしく回っていた思考がだんだんとクリアになっていく。元はと言えば、真実を求めてきた。霞の死とお姉ちゃんの死について教えてくれる、と釣られてやってきた。霞の件に関しては調査中の段階だったが、柊さんの報告を聞いた段階では、空魔の存在は認められなかった。
それなのに、霞が空魔と戦って死んだと言い切っていた。誰も姿を見ていないのに、何があったかなど分かるはずがない。どうしてあんなに詳細に見てきたように語れるのだろう。ましてや、空魔が呪いをかけられるなど初耳だ。情報収集が仕事とはいえ、あれだけの短時間でそこまで分かるものか。何か他に分かる手段があったとしたら――クロユリや理真といった人型空魔に特殊な力があるとすれば。
「……ねぇ、蘇芳さん」
「何?」
相変わらず、変わらぬ態度で接してくる。私が小学生だった頃と、変わらずに微笑んでくれる。
でも、今はその笑みが恐ろしい。それでも私は進まないといけない。真実から目を逸らしたら本質は掴めない。
「どうして、エンプティも把握出来ていない空魔のことをそんなに詳しく知っているの? 名前まで知っているように言ってたけど……」
紫苑が見たものと、クロユリ以外の人型空魔の存在は確認していない。他に何かあれば普通ならすぐに情報を上げるはずだ。空魔の能力や名前などの詳細を、敵対しているはずの者がどうやって知ることが出来るだろう。
「……どうしてだと思う?」
私の問いかけに対して、不敵な笑みを浮かべ逆に問いかけてきた。ここまで来たら鈍い私でも分かる。この人のことだから、分かったうえで聞いているのだろう。言いたくない真実――目を背けてはいけない。私は知りたくてここまで来たんだ。
全てを暴いて、晒すために。相手が望もうとも、望まなくとも私が知りたいと思ったから。いつもだったら、感情的になっていただろうけれど、今は不思議と心が凪いでいた。嵐が通り過ぎてしまったかのように、私の心はどこまでも冷静だった。私は蘇芳さんに一つの真実を突き付ける。
「貴方が空魔だからですか? 蘇芳さん」
問いの答えは――