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 愛とかどうでもいい。目障りな存在が消えてくれたらそれでいい。僕も含めて何もかも消してしまいたい。こんなことを言ったら、茉莉花に怒られそうだけど、ここにいるよりはマシだ。理真も逃がしはしないだろうし、追いかけてくるだろう。思考が読めるからと言って、逆張りをするようなタイプではないだろう。言動は馬鹿っぽいし。

「殺されたいならさっさと、死んでくれよ。手をわずらわせないでほしいね」
「だってぇ。私は霞の手で殺されたいの。それが愛のカタチなの! 何度も言わせないでよね」

 そう言って、理真は容赦なく僕を赤い糸で締め上げた。血のように絡みつき、獲物を絶対に逃さない理真の心が反映されているように見えた。空魔というのはどこまで人を馬鹿にしてくるな。

「本気で愛してくれないなら、霞のパートナー……名前忘れたけどそいつも一緒に食べちゃうぞ? むしろそっちの方がお望みかな。こういうのって、どっちの方が効くのかな~」
「っ……調子乗るなよ」

 こっちとしては、癪に障るどころか頭が痛くなる。理真の脛あたりを狙って戦輪を投げたが、運よく成功したようだ。ある程度自分で操作出来るようにしておいてよかった。茉莉花の特訓に付き合った賜物かな。
 ただ、この程度の芸当が出来たところで、理真を倒せるか微妙だ。彼女の心情を読み取れたらある程度、勝機はあるかもしれないがそんなこと出来るわけがなかった。そこまでの情報処理能力を普通の人間は持ち合わせていないからだ。僕にも適用される能力とはいえ、支配権は理真の方が強いだろう。彼女に読まれたら全て終わりである。
 そんな僕の心の中を見透かすように、理真はせせら笑う。

「私は無駄な心理は頭脳戦しない。楽しければいいからさぁ! 気持ち良く終わればいいの!」
「だったら攻撃してこないで欲しいね」
「サンドバッグのままじゃつまんないでしょっ。大体ねぇ、霞が宝探しを頑張ればすぐに終わるの。そうすれば、私は貴方と一緒にどこまでも逝けるのぉ……」

 理真はうっとりしながらも、攻撃の手を緩めなかった。
 空魔の核は大抵、体の中心か頭に隠れている場合が多い。
 しかし、理真の場合は人型である。心臓を抉っても、頭をぐちゃぐちゃにしても、彼女は死ななかった。四肢を引きちぎって、バラしても彼女は死なない。本当に核を壊して死ぬのだろうか人型空魔のサンプルとしては、クロユリがいるのだが、倒していないので参考にならない。あれも弱点が心臓にあるような気がしない。弱点となる核がどこかにあるのだろう。

「むやみに投げたって、無駄よ」

 彼女は受け入れると言った手前か、僕の放った戦輪の軌道上にいたまま、素直に攻撃を受けていた。血だるまみたいになりかけているけど、それがまた空魔という存在の歪さを際立たせていた。どうやら、戦闘中は痛覚を封じているようで、全く痛そうな素振りを見せない。初めからヤバそうな女だと思っていたけど、改めて思うね。頭おかしいだろ。人のこと言えないけどさ……こんなのに騙される男がこの世にはたくさんいるのか。
 
「そんな姿じゃ誰からも愛されないだろうね」
「貴方なら愛してくれるでしょ」
「さすがに無理だって」

 どんなに損壊しても簡単に復活する。
 しかし、復活までにはラグがあるようで、再生速度は部位ごとにまちまちだった。腕とか足は早いが、内臓辺りは遅い気がする。頭は普通くらいか。木っ端みじんにしたらどうなるだろうかと思ったが、そこまで出来る力はない。精々切り刻むぐらいしか出来ない。そんなことをやったって無駄だろう。
 でも、これしか武器はないし、その中で弱点を見破るしかない。

「……?」

 同じように戦輪を放ったのだが、今回はこれまでほとんど動かなかった彼女が大きく動いた。明らかに、これまでとは違って明確に攻撃を避けたのだ。避けなければいけない何かがあったのか。
 考えられるのは、核の存在しかない。
 でも、どんな攻撃も避けてこなかった理真。簡単に倒されるという選択肢はない以上、避ける場合もあり得る。彼女の思考を読もうと思ったが、阻まれた。思考の遮断は、明らかなミスだ。答え合わせをしているようなものだ。無意識なのかは分からないが、理真が気にしている様子はない。

「全く、足ばっかり狙わないでよね。傷だけならまだしも切断しちゃうんだもの。そういうのが好きなら仕方ないけど……」
「どうせ再生するからいいじゃん。減るものじゃないだろう」
「ひどーい!」

 再び理真の攻撃は激しくなる。基本的な攻撃は糸を使った束縛か、糸を硬化させて切断の二種類。思考の読み取りはもうこの際、省いてもいいだろう。阻まれている以上、意味ないし。隙をつくのは簡単だが、弱点が見つからなければ話にならない。今はそれが一番の問題だった。
 しかし、全く進展がないわけではない。先程の彼女の動きからある程度推測が出来る。先程放った戦輪は彼女の頭を狙っていた。頭はやられたとしても、彼女にとっては問題ないはずだった。ハーツは二つあるが、両方頭を狙っていた。片方は掠めたが、後から飛んで来たものは避けた。僕から見れば左側の方だったか。
 そこに狙いをつけて攻撃を放ってみると、彼女は見事に全て避けた。左側の頭に弱点があるのか。顔面を真っ二つにしてやろうと思って、顔面目掛けて投げていったが、横に真っ二つにしても避けなかった。位置がズレているのだろうか。さすがにここまで来ると気持ち悪い。

「乙女の顔を傷つけるなんてひっどーい」
「避ければいいじゃん」
「避けるのってなんかムカつくのよね。負けた気分」

 一切理解出来ない心境だ。プライドの問題なのだろうか。攻撃を続けてみて、何となく見えてきた気がする。結局、彼女が避けるときは核に当たる部分なのだろう。それ以外は顔だろうがなんだろうが一切避けない。狂気じみているが、一貫性があるため分かりやすい。こうも分かりやすいのだから、難しく考えすぎなのだろうか。もう少し緩く考えた方がよかったか――そう考えた時に、僕は気づいた。閃いたというよりは、力が抜けるような脱力感に襲われる。

「……普通そんなとこに置く?」

 思わず呟いてしまうくらいに、疑わしいものだったが、他に考えられなかった。
 後は、どうやって狙うかだ。核のある部分は絶対にはじく。ハーツは思いの力で強くなるというが、簡単に言えば僕次第だ。彼女の力が双方向であるなら、理真が思考を読み取られるのを拒んでいる以上、僕の考えも読んでいないはずだ。あれでも、義理堅いって言ってたし。神様、いるか分かんないけど、頼むよ――目の前の奴は絶対に殺さないといけないんだ。

「人の心も分からないけど、自分の心も分かんないものだよね。無意識って言葉があるくらいだし」
「自分の心が分からないとか、霞ってば馬鹿ね」
「君も大概だと思うけど。だって、分かっていれば間違いもなく、失敗もなく何より――」

 目の前にいるのは哀れな化け物。選ばれたと勘違いして、終わりまで盤上で踊り続ける、哀れな女。

「空魔にならないでしょ」

 理真は負けを認めたくない。自分が悪いと思いたくない。周りが、世界が悪いと思っている。環境が悪いからこうなった。自分に責は一切ないと言うだろう。

「なりたくてなったわけじゃないし。私のせいじゃない」
「自分のことしか考えてないくせに、世の中へ不満だらけ。どうして、自分に原因があるって思わないのか不思議だよ」
「いきなり説教~? あぁやだやだ。そんなつまらない男だとは思わなかった。耳障りだし、ムカつく。そのまま喰われてしまえ!」

 理真の意識がこちらに向いている。狙い通りだった。

「狙いは読めてんのよ! あっひゃはははっは!!」

 彼女の操る糸はハーツをはじいていった。頭には届かず、攻撃は逸れていく。張り巡らされた赤い糸を切っていった。理真はそれでも、笑っている。

「どう足掻いたって、核を壊さないと意味ないのよ! 残念時間切れね。さようなら!」

 彼女から繰り出される死の糸が、僕の心臓を貫こうとしたその瞬間――

「あぁ……?」

 理真の頭にハーツが直撃した。正確にはハーツは理真の頭を切断することはなかった。その代わりに彼女の頭にあるものを思い切りはじいた。からん、と僕の下へ滑っていく。何の変哲もないハート型の髪飾り。拾ってみても、特に何も起こらない。本当に正解なのか――と思ったが、目の前にいる理真の様子を見れば一目瞭然だった。

「答え合わせ、するまでもないか」

 刻一刻と、夢の終わりは近づいてた。