昼下がり午後の授業も終わって寮まで帰ってからの話だった。もう少し詳しく言えば、葵たちと空魔の調査へ行った翌日――突然茉莉花からの呼び出しがあった。どうやら敷地内では話せないようで、指定するカフェに来いとのことだった。いつものように学校でいいんじゃないかと、言ったらシンプルに「多分、昼休みじゃ終わんない話だから」と言われた。何を言われるんだろうと身構えたものの、特に用がなかったので応じることにした。クラスメイトとかに見られてなければいいんだけど――と、思ったが指定した人通りの少ない場所にある店だった。これなら噂される心配もなさそうだった。初見だとかなり入りづらい店のように思える。あまりこういうのに興味無さそうだけど、意外と好きだったりするのだろうか。店に入ると、茉莉花がテーブル席で待っていた。中は古めかしい装飾が見受けられる。店主っぽい人は紫がかったピンク色の髪をしていた。会釈をしてテーブル席まで行った。他に客はいないようで、密談には最適な場所かもしれない。ただ、何だろうか。この場所に漂う空気はどこか、この世のものとは思えない、現実離れした世界のように思えた。
「来たんだ。面倒だと思ってスルーすると思ってた」
「暇だったし。それに無視したら後が怖いからね」
「分かってるじゃない」
茉莉花と少し会話した後、猫耳のようなニット帽を被った店員らしき人が注文を聞きに来たので、コーヒーを頼んだ。あまり飲んだことは無いけど、そこまで嫌いではなかった。ミルクはもちろん入れるけど。
ちなみに茉莉花はすでにメロンソーダを頼んでいた。量があんまり減っていないのを見ると、ここに来てそんなに時間は経っていないようだ。
「茉莉花ってこういう店とか興味無さそうだけど、結構知ってるんだ」
「私が知ってるっていうか、蘇芳さんのお気に入りの場所らしくて」
「へー」
昨日、少しだけ聞いた限り菜花さんと水城さんとはここに来る前から知り合いだったとか。彼女がエンプティに入れたのも、二人の手回しがあったのだろうと今では思う。彼女の姉の話は噂程度には聞いていたけど、詳しくは知らない。話さないのなら関係無いことだろうと思って聞いたことは無かった。
多分、今回はそれに関する話だろうと思っている。空魔関連のときより険しい顔しているから。
「……今日呼んだのは昨日の話に関係することよ。クロユリの方じゃなくて、個人的な話。もっと言えば、私のお姉ちゃんの話――」
そう言って茉莉花は沈鬱な表情を浮かべた。内容は予想通りだったので、さほど驚くことはなかった。気になっていたし、茉莉花から話してくれるならちょうどよかった。今回の話が無ければ、聞くこともなかっただろうから。少しは信頼されていると思っていいかな。これ。
「私のお姉ちゃんは空魔の研究をしていたの。姫井祀莉っていうんだけど、柊さんと蘇芳さんとは同期だった。高校時代からの知り合いだった。私もその繋がりでお世話になったこともある」
姫井祀莉――見たこともないけど、きっと姉と似ているんだろうな。三人は高校時代からの知り合いらしい。茉莉花の話によれば大学も同じで、そこから順当に研究所へ就職したらしい。お姉さんと水城さんは研究や開発、菜花さんは情報収集や空魔討伐など行っていた。
お姉さんの方は主に空魔化のメカニズムについて熱心に研究していたようで、他の研究員は何がお姉さんをそこまで突き動かすのか、密かに気になっていたらしい。茉莉花もどうしてなのかは分からないようだった。
ひたすら研究にのめり込む姉。大学の頃には茉莉花とは別々に暮らしていたので、お姉さんの様子はほとんど分からないらしい。メッセージのやりとりはしていたらしいが、空魔のことなどその頃の茉莉花は知らなかったという。
「突然、お姉ちゃんが死んだって――聞いて。何も知らなかった当時の私は信じられなくて、必死になって調べたの。空魔のせいで死んだって聞いたのも、粘りに粘って聞いたのよ」
お姉さんは優秀で空魔の研究で一定の成果を収めていた。自分で直接見に行くこともあったそうだ。
そんな折、空魔に襲われて命を落としてしまった。彼女の死体や遺品は全て空魔が飲み込んでしまった――というのが話の顛末である。話を聞く限り別段おかしいところもないが、茉莉花は不自然だと思っているようで、彼女の語りの端々から悔しさが滲んでいた。
「ここに来たのは復讐もあるけど、それ以上に納得がいかなかったの。空魔のせいだってことも、何も残らないっていうことも、何もかもここに来たからそういうのも、知ることが出来た……けど、さらに分からなくなった」
ここまでたどり着いて、ようやく空魔の仕業であると知った。
彼女が何も疑問に思わなければ、ただの通り魔による殺人事件で終わったのかもしれない。エンプティの隠蔽は事故か殺人事件の場合が多い。そんなことだから、この町は色んな噂が出るんだけど。ともかく、事件の真相が納得いくものだったらよかったが、彼女は知りすぎてしまった。
知れば知る程、深みに落ちていったようだ。こう言ってはアレだけど茉莉花らしいと思う。
「問い詰めても、誰も知らないって言うのよ。そんなことある!? 柊さんも蘇芳さんも、分からないって言うのよ」
もしかすると、本当に何も無いのかもしれない。
けれども、茉莉花は納得いかない様子だった。絶対に何かあると踏んでいるようだった。
「だから、もう一度調べたいのよ」
答えは簡単に予想出来た。納得出来ないなら、自分で調べるしかない。それこそ、もっと深いところまで潜り込む覚悟で。
「この間は、聞かれなかったからって言ったけど……普通に隠してた。相談に乗ってもらっておいて、ごめんなさい」
一瞬何のことかと思ったけど、クロユリのときの話か。
そこまで気にしてはいなかったけど、茉莉花は申し訳なさそうに頭を下げた。律儀だなぁ。ちょっと気になってたし、正直に話してくれたからなのか、嫌な気持ちはしない。
「構わないけどさ……要は手伝ってほしい、ってことでいいのかな」
「そ、そうよ。私じゃ頭が回らないから、霞の考えも聞きたいと思って……その。もちろん、質問には答えるわよ! 答えられる範囲だったらだけど。あと、借りはちゃんと返す!」
あまりにも必死な茉莉花にからかう気も失せた。とりあえず、借りは返すという言葉は覚えておこう。
「そもそも、どうしてお姉さんの死について調べようと思ったのさ。どうせエンプティのことだし、工作は十分のはずだろう。訃報を聞いた時の茉莉花は空魔について知らないはずだ」
行き詰っているときは初歩的に、基本に立ち返るのが一番だ。僕自身の情報整理も兼ねているけど。空魔によって人間が殺された場合、一般人にその旨は伝えられないはずだ。組織的には空魔という存在について否定はしないが、積極的に情報をバラすことはしない。あくまでも都市伝説のようなもの。
「ここに来る前は普通に通り魔に殺されたって聞いた。死体は一応あったのよ……でもなんか、姉ちゃんとは違う気がしたの。お母さんやお父さんには言っても、困らせるだけだろうから言わなかった。本当にただの直感だったけど、結果的には大当たりだったわ」
大当たりというよりも色んな意味で大外れな気もする。結局、茉莉花次第なのでどうこう言えないけど。
やはり、お姉さんの死も関係者とはいえ、隠蔽されるのか。この様子を見る限り、家族にも詳細を知らせていなかったのだろう。
エンプティなら似た人間の死体を用意することなど造作もない。だが、茉莉花はその死体に違和感を覚えたようだった。結果的にその直感は正しかった。お姉さんの死体は偽物だった。問題はここから。その真実をどうやって知ったのかということ。
空魔という存在がいることも含めて、何もかも手詰まりのはずだ。両親にも言わずに、一人で調べられることなど限界がある。
「納得いかなくて、お姉ちゃんが殺された場所をずっと調べてた。そんな時だったかな。私の前に星影所長が現れたの」
「はい?」
てっきり水城さん達経由で来たのかとかと思ったら、予想外の人物が出てきて驚きを隠せなかった。いきなりそこへ飛ぶのか。もう嫌な予感しかしない。
「あの人は教えてくれた。「信じるか信じないかは君次第。知りたいなら、ここに来てこれを見せるといいよ」って、言って名刺を渡された。速攻突撃したら柊さん達がいて、色々聞き出したの」
よく話を聞いたなぁと思う。あんなのに会ったら普通逃げるって。それほどまでに、茉莉花の中では重要度が高いもの思うと、仕方ないのかもしれない。個人的には知らない方がよかったと思う。
「ここでようやくお姉ちゃんは空魔っていう存在に喰われて亡くなったって知った。私はそういう存在がいると認めて納得はしたわ。
ようやく終わると思った。だけど、詳しく話を聞けば、死体も道具も残ってないっていうじゃない。死体が消えるのは分からなくもないけど、空魔に喰われて殺された人の道具や衣服は残るって言うし。
また、納得出来なくなって今度はエンプティに入って調べることにしたの」
茉莉花にしては理論的だった。
空魔は負の感情から出来て、人の心を主に喰らう。その際には体ごと喰らうか、心だけを抜き取るか分かれる。体ごと喰らった場合でも、心だけ抜き取った場合でも道具は残る。道具というのは、身に着けていた衣服も含まれる。空魔は道具に鑑賞出来ないという見解だ。
茉莉花が疑問に思ったのは空魔に喰われたはずの、お姉さんが来ていた衣服などが一切残っていないということ。色々と茉莉花が語ってくれるのはいいけど、純粋な疑問が浮かぶ。
「……あのさ。結局茉莉花がエンプティに来たのって、お姉さんの死の理由が知りたいから?」
「まぁ、そういうところもある。けど、空魔が憎いのも事実。一体でも多く倒して平和を――」
「空魔に喰われて死んだってなら、それで納得しなかったの?こう見えてもエンプティって結構、自分から情報バラさないだろ。特に道具を残さない関連とかまで水城さんたちが説明してくれたの?」
あれだけ茉莉花を心配している水城さんが、そこまで言うわけない。空魔には関わって欲しくないからこそ、姉の死に関して真実を言わなかっただろうから。
茉莉花は僕が何を言いたいのか分からないようで、疑問符を浮かべつつも答えてくれた。
「? よく分かんないけど、空魔に殺されたって言うのは柊さん達から聞いて、道具云々は所長が教えてくれたような……何か気になるの? そりゃ情報を流すのは厳しいかもしれないけど、別に気にすることでもなくない?」
「あー……」
茉莉花の答えを聞いて僕は、思わず頭を抱えそうになった。やはり全てはこの人か。一体何を考えて茉莉花をエンプティに引き込んだんだろうか。何らかの目的があったとしか思えない。でなければ、茉莉花をスカウトなどしないはずだ。
「ねぇ。それよりも、お姉ちゃんの死について調べたいんだけど、どうしたらいいと思う?」
茉莉花としては姉の死の真相が知りたいようだ。当たり前か。エンプティに入った理由、きっかけなど彼女にとっては些細なことなのだろう。よく感情がささくれ立つし、余計なことを言わない方がいいかもしれない。あくまでも茉莉花が知りたいのは姉について。その過程で繋がっていくかもしれないけど、知った後でどうするかは茉莉花次第だ。僕はただ手伝うだけ。それでいい。
僕が調べられるだろう範囲はもう、茉莉花が調べつくしているはずだ。もっと、深く知るには潜り込むしかない。
「研究所には僕らの知らない情報がたくさんある。どうにか侵入して調べてみるしかないね。事件があった場所に行くのもありだけど、確実な情報が欲しい」
「やっぱりそうなるか……分かったわ」
僕らがやろうとしていることは、明らかに規律違反だった。傍から見れば茉莉花の頼み事は危ない橋を渡るし僕にメリットは無い。引き受けようと思ったのは単純な興味だった。真実があったとして、茉莉花がどうするのかも気になる。こんなことを言っていると、自分が痛い目を見そうだが、出来る限り協力はしようと思うので相殺されてほしい。勝手な願望である。
茉莉花は僕の意見に異を唱えず、従うようだった。その後、茉莉花が奢ると言ったのでそのまま従った。無駄にどっちが払うかと言い争うよりは、黙っていたほうが円滑に進むと思ったからだ。会計を済ませて店を出て振り返ってみて改めて思う。不思議な気持ちにさせる場所だったと。
店員に関しては若干気になる部分もあったが、それ以外はとくに気にすることは無かった。売れているのかは謎だけど、一定の需要はありそうだった。