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「なーに笑ってんのよ。任務中だってのに」

 そう言われて自分が――空木霞がどこにいるのかようやく理解した。場所は中心地から離れた海岸。空魔の出る時間なので辺りは真っ暗で、人っ子一人いない。

「ごめんごめん。空魔は今のところ出てないんだよね」
「そうだけど、いつ出てくるか分かんないでしょ。あーもう、いるならさっさと出て来いっての!」
「そう言って出て来てくれたら苦労しないんだけど」
「全くだわ。全部まとめて出てきたら楽なのに」
「いや、それはちょっと……」

 パートナーである姫井茉莉花の苛立ちは収まらない。彼女の性格は気が強く直情的であると言える。落ち着きがないというか、動いていないと死ぬのかなってたまに思う。見た目だけなら、それなり恵まれている方なのに、中身が爆弾だから近づく人はほとんどいない。茉莉花は学校でもエンプティでも変わらない。裏も表もなく、どこまでも正しい道を探し続けていた。その結果、輪から外れたとしても、茉莉花はそんなことを気にする人間じゃない。というよりは、気にする余裕がないのだろう。

「さっきから何? じろじろ見て」
「何でもないよ」
「嘘。絶対何か失礼なこと考えていたでしょ。分かってるわ。何も言わなくていい。そこを動かないで。だるま落としするから」
「いやいや、死ぬって」

 あと一つ茉莉花に関する情報を付け加えるとしたら、彼女は僕のことが気に入らないということ。これだけ言うと、僕だけが一方的に嫌われているだけに思うが、茉莉花の態度が厳しいのは誰に対しても変わらないと思っている。衝突しがちな茉莉花は誰とも組めず、流れに流れて僕と組んでいる。関係は最初から良好ではなかった。だからといって、そりが合わないわけでもなく、むしろ戦闘時の相性は良いと言われたが、性格に関して問えば苦笑する人が多い。要は誰の目から見ても噛み合わないようだ。
 誰に対してもキツい態度を取るが、僕に対してはとりわけ風当たりが強い。彼女の嫌悪の感情自体は正しいと思う。慧眼といっても過言ではない。だからこそ、心置きなく接することが出来る。嫌悪しつつも付き合ってくれるのだから。こんなこと言うと、怒るだろうから言わないけど。

「前々から思っていたけど……あんたの態度、妙に引っ掛かるのよね。はっきり言えないけど――」
「そのイライラは空魔にぶつけるといいよ」

 茉莉花の背後に音もなく空魔が現れた。空魔は不定形で腕のようなものが伸びており、人の形はしていなかった。動きは鈍いため、さしたる問題はなかった。僕が攻撃をするまでもない。

「全く、油断も隙も無いわね!」
 
 モグラ叩きの容量で茉莉花は動きの鈍い空魔をひたすら自らのハーツでブッ叩く。茉莉花の武器は鉄槌のようなもの。サイズは変更出来るらしく、最近は質量も変えられるようになったとか。なんと頼もしいことだろう。どんどん強くなってくれたら、討伐が楽になる。
 しばらく茉莉花が叩き続けると、空魔は消滅してしまった。核も何も残さず空魔は塵となって還る。

「今日はもう終わりでいいのかしら。」
「反応も無さそうだし、いいと思うよ」

 日課の一つをこなすように、淡々と空魔を倒していく。そこに何の感慨もない。
 世界に現れた『空魔』という存在。空魔には心がない。空魔は人の悪感情から生まれたり、人が空魔に心を喰われたりするとその人が空魔になるとされている。いつからいたのかは分からない。元を辿れば似たような存在は昔からあったとか。ただその数は、年代によって振れ幅がある。今はちょうど多い時期らしい。そんな暴れまわる空魔を討伐する組織は世界中にいくつかあって、僕たちが所属するエンプティはその中の一つ。
 もっと、詳しく言えば、星影所長が統括する空魔研究所の中にある直属の秘密組織だ。こういう言い方するとかなり胡散臭い組織だ。財源は星影財閥から出ており、口出しもされない謎の組織。わりと噂にはなっているらしいけど、組織の構成員はどこ吹く風といった感じである。実際どうでもいいしね。
 エンプティは孤児院の役目も担っており、どっからか連れてきた子どもで構成されている。大抵は親から捨てられたとか、保護されたとかそんな奴ばかり。ごくまれに志願してくる人もいるけど、ほんの一握り。その一握りが茉莉花だったりするわけなんだけど、どうしてこんな場所に来たんだろうとは思う。噂では姉が空魔に殺されたらしく復讐とか言われている。真相は知らない。
 話はズレたけど、空魔はとにかく見境なく人を襲う。死んでも困らない存在が捨て駒代わりにされているようなものだ。他にも空魔は負の感情を好むらしいから、あまり影響の少ない子どもを使うっていうのもある。
 ただ人間ある程度、負の感情を持っており、どうしようもないこともある。そのため隊員は空魔にならないように定期的に感情に調整をかけている。この調整のために捨てられた子どもの中でも、元々虚無的な奴を選んでいると思っている。ここにいる子どもは軒並み、無気力で生に無頓着な人が多い。空魔を倒す代わりに衣食住の保証が受けられる。死ぬときは死ぬだけ。こうは言っても、全員が全員そういうわけじゃない。同室の葵とかは真面目だし、かなり異質なタイプだ。茉莉花は言わずもがな。
 そんなエンプティでの日課は夜に空魔を倒して報告すること。あとは普通に学生生活を送るだけ。空魔を倒す以外はそこまで変わらない。暮らしは研究所内で全て済ませられ、何の不便も無いけれども、僕は心のどこかで物足りなさを感じていた。
 際限なく続く檻の中にいるような感覚。研究所の話ではなく、もっと大きな――

「空魔って自由でいいよね」
「急に何言ってんの?」
「……僕らは決められた道しか歩けない」

 失った場所は戻らない。踏み外した道から戻るのは難しい。籠から出るのも難しいが、戻るのも難しいと僕は思う。

「私はその覚悟で来た」
「だろうね、でなきゃ、こんな場所進んで来ないよ。こんな――墓場に」
「……それ以上喋ったら叩き潰す」

 茉莉花の不快感は拭えないだろう。当然のことだ。彼女は死ぬために来ているわけじゃない。どこまでも自分の信じた道を真っ直ぐに進み続けるだけ。それはもう見ているこっちが辛くなるくらい。

 彼女と僕は違いすぎた。
 光と闇、白と黒、どこまでも相反するもの。

 世界がどうなろうと、どうしようもなく変えようのない真実だった。