植物(?)だから効くのかは分からないけど、炎を纏ったハーツで切り倒していくと、蔦はどんどん消えていく。熱が空魔にも伝わるのか、攻撃の手が緩くなっていく。これまで苦労してきたのがウソみたいだ。
「火が有効なのか。植物みたいだな」
「葵もこんな風に出来るの?」
「あまりやったことはないが、こんな感じか」
葵の黒い剣に、赤い光が纏わりついていた。私のハーツより安定して熱気が伝わってくる。やはり、葵は優秀だと改めて思った。空魔の弱点は核ぐらいしかないし、特定の属性に弱いというのはあまり聞いたことがない。ある程度形を変えて、応戦することはあるが、今回みたいに熱を出す技は、やったことがなかった。そもそも進化した空魔を相手にすることが、ほとんどなかったというのもある。色々な攻撃パターンがあった方がいいだろうけど、簡単に出来るようなことではない。心の動きで変化するハーツを扱うのは難しいのだ。後は想像力の問題か。強い思い=強い想像力さえあれば、感情に左右されずとも、思った通りの性能が出せるらしい。
どう言おうが、結局は心の働きの問題だ。
「あらあら、燃やされちゃうわ。それにしても、懐かしい炎……」
クロユリは相変わらず訳の分からないことばかり言っている。クロユリは葵の攻撃を受け止めずに避けていた。やはり、炎が苦手なのだろうか。葵が頑張ってくれている。こっちも出来る限りやるしかない。
「絶対に助けるから」
空魔は蔦を振り回して暴れている。炎は消えずに所々で燃えている。核は恐らくめしべに相当する部分だろう。もう全部燃やす勢いで行くしかない。花弁が渦のように舞い上がって、行く手を阻むが燃やしてしまえば、無くなってしまう。儚い命のようだった。刺のようなものが飛んでくるが、もう避けずに突っ込んでいく。あすなの受けた痛みに比べれば、こんな傷どうってことない。空魔は甲高く叫ぶ。声にならないような声は、あすなの慟哭のように聞こえる。
「どんな感情を抱いてもいいんだ」
私があすなを信じられなかったように、あすなも思いっきり私を憎んでくれて構わない。貴方の友達を殺してしまったことも全て、私は背負うから。失ったものは、戻らないかもしれないけど、一度受け取ったものは覚えているから。良い記憶も悪い記憶も全て。
「もう終わりにしよう――」
魂を刈り取る死神の鎌は全てを薙ぎ払う。茎にあたる部分にも燃え移っており、もう何もしなくても燃えていきそうだったが、彼女の苦しみを一刻も早く終わらせるためには核を破壊するしかない。
「ごめんね。あすな、もう大丈夫だよ」
目を瞑って、私は大きく鎌を振り下ろした。花弁は燃えて落ちていく。空魔の形は崩れていき、力を失っているようだった。やはり、核は固く閉ざされた蕾の中心にあった。花は散り散りになって、黒百合の花畑に溶けていく。
――ありがとう。紫苑。私の、一番の友達だよ。
花が完全に消える瞬間、あすなの声が聞こえた気がした。幻かもしれないけど、彼女の姿が、心が映ったように見えた。残されたのは核だけ。もう、元には戻らない。私はそっと、核を拾った。あすなの声はもう聞こえない。胸に押し付けても、私の心は何も痛まない。涙さえ流れない、私の感情。友達を殺しても、私の心は凪のように、静かだった。悲しむのが必ずしも正解とは限らない。
けど、私のこれは何かが違う。何故、何も感じていないのだ。殺してしまったのに――本当は泣きたくなるほど叫びたいはずなのに、何も出ない。私の感情は一体どこにあるのだろう。思うことはいっぱいあるのに、幻想のように消えてしまう。空魔は倒したが、クロユリはまだ倒せていなかった。
だが、彼女もかなり傷を負っているようだった。葵自身もダメージを負っているが、もう一息といったところか。
「クロユリ……」
「アナタが望んだことじゃないんですかぁ。痛みを拒んで、捨てて、結果また痛みを求める――滑稽ね。でも、そろそろ時間だわ」
彼女は不利な状況になっても不気味に笑い続けている。何かがおかしい。
「何を、言って――」
クロユリの言葉は、要領を得ないものばかり。あすなを解放したけど、嫌な方向に舵を切っている気がしてならない。
「門は開きかけている。ここまで来たらあともう少しですわ! ワタシを倒してみろよ!! ぎゃハハハハはハハハハハハハハ!!」
少女の姿をした化物は甲高く笑う。
しかし、その笑い声は黒い感情が入り混じって、この世のものとは思えない。黒百合の花畑は彼女を讃えるように大きく揺れる。
「呪いを振りまくのがワタシ。人間の憎悪を一身に受けたワタシを受け止めなさい!」
「クソっ! 無茶苦茶な動きするな!!」
クロユリは明らかに人間では曲がらない方まで関節が曲がっていた。もはや、人外にしかなせない技である。自由に関節を動かせる、その姿はまるで狂った旋律の中で踊り続ける憐れな人形だった。
「本当はね、世界が滅茶苦茶になってほしかったのよ! でもねぇ、ワタシだって恩義は感じるからねぇ。好きにさせてもらったっていうのもあるから、譲歩しているの! 人間で遊ぶのは楽しかったわ! ちょっと感情を弄れば、あっという間に壊れていくんですもの!! 壊しがいのある人形って素敵ですよね?! 人形遊びって楽しいですよね?! 復讐は楽しい!! 飽きないはずがない!」
クロユリの腕はもはや、金属バット以上の力だった。鈍器で殴られるよりも、重い一撃がのしかかる。葵も私も、有効な一撃を加えられない。攻撃などお構いなしにクロユリは動き続ける。
まるで、痛みを感じない私のように――
「痛みなんてないですよう。ワタシ人間じゃないし。当たり前じゃないですか。死ぬときは死にますけど!」
「だったら、今すぐ死ね!!」
「そう思うならもっと頑張ってくださいな」
葵の剣がクロユリの腹部を貫くが、嘲笑うように平然と動き続けている。空魔と言っている以上は彼女も核が存在するのだろうけど、如何せん見当がつかない。燃やした方が早いんじゃないか。クロユリの腹部から、黒い靄のようなものが滲み出ている。空魔と似たような色をしていた。葵の剣は赤く燃えているものの、クロユリの本体に影響を及ぼすほどではなかった。それどころか全く効いていない。身体を燃やしても意味は無さそうだ。
「空魔だからか。核があるのか……何だこれは」
「そう思った方がいいのかもしれない。不死身っていうわけでもなさそうだし」
あまりに自分の防御に無頓着で、本当に核があるのか不安だ。腹も再生しているようだし本当に化け物だなぁと、改めて思う。あのリボンが本体だったりして、と思いながら攻撃を当てるも別にそんなことはなかった。私が全身を切りつけても、葵が首をはねても、普通に再生している。血しぶきが飛び散ることはないが、これはこれでもはや手の打ちようがない。
「自害してくれるとありがたいんだがな」
「残念ですねぇ。制約によって出来ない相談ですわ」
「制約だと?」
「ワタシの主との契約ですよ。核を壊してくれたら、さっさと終われるんだけど、早くしてくれませんかね~」
他に仲間がいるとは言っていたが、上下関係もあるようだった。主ということは、クロユリよりも上の存在ということになる。この期に及んで、こんなに情報を出してくるとは、一体どういう風の吹き回しだろうか。クロユリは、相変わらず何を考えているか分からない。玩具で弄ぶように、楽しそうだった。
「空魔にとっての核は根本的なものですからね。大切なもの、象徴というべきでしょうか。普通の空魔だったら欠片でしょうけど、ワタシはこれでも特別ですから」
根本的なもの――象徴、本人が大切にしているもの。このクロユリにそんなものが存在するのかと思ってしまうが、分かったらこんな苦労しない。彼女の情報は空魔で人間を憎んでいる。体のどこかが核になっている可能性は否めないが、彼女の象徴と言えるものはそこにはない気がした。空っぽで、何もない空魔。人間への憎悪を呪いに変える少女。ここは彼女の遊び場で、一面には黒百合の花が咲いている――この間の花畑と同じ場所かと思ったが、少し違うのだ。
「……まさか」
「どうかしたか?」
「アイツの核って――」
葵に伝えると、少し考えていた。クロユリに攻撃を与えても、有効な一撃にならない以上、賭けてみるしかないということで、瞬時に動いた。クロユリの上を飛び越えようとしたが、彼女の足蹴りが行く手を阻む。
「何ですかぁ。ワタシのことを無視しないでくださいよぉ!」
「貴方は倒されたいようだけど、舞台は整っているんでしょうね?」
「そうですよ。えぇ、ワタシはそのためにいるんですから。そこにちょっと不満はあるけど」
「言ってる意味は分からないけど、よく分かった」
ハーツを大きくして、炎を纏わせた。空魔を倒すのに使ったが、かなり力を消耗するようで、長くは使えない。だけど、薄気味悪くて、口も悪い人形はさっさと燃やすに限る。クロユリは炎を纏う前の斬撃は避けなかったのに、大きく避け始めた。
「炎は苦手なのね」
「えぇ。懐かしいと思う気持ちもあるのですが、良い思い出がありませんね」
良い思い出がないというのは、そのままの意味でとればいいのか分からないけど、炎がという事実は都合がいい。
「大体分かってきた」
「……何を言ってるのでしょうかね!」
回し蹴りをかましてくるものの、先程と違ってキレがなくなっている。クロユリの動きが鈍っているのが分かる。手刀を繰り出して、攻撃してくるが吹っ飛ばされるほどの力はない。クロユリも少し不審に思ったようだった。
「あら、これは……」
クロユリが気づいたようで、彼女が振り返ると赤々と燃え盛る黒百合の畑があった。見る影もなく、呪いの花は焼け落ちていく。私がクロユリを引き付けている間に、葵が燃やしていったのだ。このままいけば、すべて燃えてしまうだろう。火は瞬く間に広がっている。クロユリが気づいた時には、もう遅かった。
「貴方の核は黒百合……象徴するものと言えば、それしか無いでしょう」
「そうね。正確にはこの黒百合の空間……瞳に映る花は所詮幻。ここは、ワタシの、何をしても許される、場所……」
「そんな場所あるわけないでしょ」
「だからこそ、ここが存在するんですよ。空っぽになった器を満たすための、世界。自分が自分らしくなれる場所、まるで御伽の国」
クロユリが望んでいたのは、人間を玩具にしても許される世界。彼女の人間への憎悪や復讐で構成された世界は、御伽噺のような楽しい世界でもなく、ただ黒百合の畑が広がっていた。夜の闇よりも深い闇に飾られた世界。純粋な黒色は彼女の本質を表しているようだった。クロユリは燃え続ける黒百合を眺めていた。自分自身が燃えているというのに、特に取り乱すことはなかった。余裕そうな態度の理由が不明で不安になってくる。私の考えを読み取ったのか、クロユリは私に向き直って、口元を緩める。
「安心してくださいよう。ワタシは燃えて死にますよ。不死身じゃないんでね。でも……」
クロユリの体は消えかけていた。それでも、歩き続けてくる。私の眼前に立った。思わず私は大鎌を振り下ろしたが、それよりも先に彼女の腕が伸びた。
「置き土産は残してやるわよ。元々はそれが目的だしね!!」
私の胸を貫くクロユリの腕。特に痛みもなく、何の出血もない。攻撃されている? だけど、私の体は硬直したまま動かない。
私が色々考える前にクロユリは叫ぶ。
「さて、お膳立ては、してあげたわよ――あとはアナタたち次第ですわね。キャハハ!!」
高笑いをしながら腕を引き抜き、クロユリは私に告げた。間違いなく呪いの言葉で、私に逃れる術はないと思わせるほど、強く脳内に刻み込まれる。
「……お前は運命から逃れられない。真実から、感情からは逃れられない。お前の本質は――」
ぞっとするほどの呪詛を振りまいてクロユリは消滅した。黒百合の畑が燃えて、この場所の主もいなくなってしまったからか、空間にひびが入っていくのが見えた。
そんな中でも、呪いをかけられたかのように、私の体は動かなかった。どうして、このままだと私は崩れていく、世界を見上げれば何かが見える。
まだ、何かいるの?
「夢から醒める時間だ」
どこかで聞いたことがある声だ――あぁ、もう何もかもどうでもいい。辛い思いをしたくないのは当たり前じゃない。痛いのは嫌に決まってる。楽になりたいよ。私のようで、私じゃない誰かの心の叫び。
思い描いた理想なのに、どうしてこんなにも虚しく思うのだろう――痛みを捨てた私を罰するかのように、誰かの手が優しく私の首を絞めつける。
遠のく意識の中で、最後に見たのは私を哀れむ様に見つめる柘榴の姿だった。