28

「お前の相手をしてる暇はない」

 クロユリが追撃しようとしてきたが、寸前のところで抑えた。ハーツはいつの間にか光を放っている。クロユリに向けて大鎌を振ると、光の衝撃波が放たれる。ハーツは心に反応するというのはこういうことか――

「あら、悲しいですわ」

 全く心にもないことを言いながら、クロユリは山道を上がっていく。それに合わせて空魔も動いていた。空魔は依然として勢いを保っている。葵が蔦を切り落としてはいるが、焼け石に水だった。
 とにかく、花のめしべに該当しそうな部分が怪しい。今現在、花は蕾のようになって固く閉ざされていた。核は大抵奥深くに隠されていることが多い。蕾に攻撃を絞る……そう決めたのはいいが、クロユリたちはどこかへ向かっているようだった。

「あいつら、一体どこへ行こうとしているんだ」
「知らないけど、倒すしかないでしょ」

 空魔の動きを不審に思う葵。
 だからといって、空魔を逃すわけにはいかない。クロユリは放置しても、問題がないと言い切れないが上からは交戦を避けた方がいいと言われているので優先度は低い。そう考えると狙うのは空魔に絞った方がいいかもしれない。だが、クロユリが力を増幅している可能性もあるので、慎重に状況を見ながら考えていくしかない。鬼ごっこをするかのように、クロユリたちはどんどん駆け上がっていく。誘導しているようにしか見えないその様に葵は足を止め、私に話しかける。

「誘われているようにも見えるが」
「空魔は放っておけない」
「……そうだな」

 罠だと分かっていても、進まなければいけないだろう。見て見ぬ振りなど出来ない。

「私が空魔を倒す。クロユリは……」
「クロユリは俺が引き付ける」
「葵……」
「やるしかないだろう。そうしたいなら」

 葵は私の願いを分かっていた。出来るだけ、私の意を組んでくれようとしている。

「……ありがとう」

 私があすなを助ける――絶対に譲りたくなかった。本当に感謝するしかない。もう、余計なことは考える必要はない。大事なのは空魔を倒すこと。そして、彼女をクロユリから解放する。私は山道を無我夢中で駆け上がっていった。

「ここは……」

 葵が後ろで何か言いかけていたが、気にする余裕などなかった。駆け上がった先には花畑が広がっている。暗闇の中でよく見えないが、黒い花が咲き誇っている。あまりにも、不気味な光景に思わず私は立ち止まってしまった。花畑の前にはクロユリたちがいる。クロユリは待っていたかのように、笑っている。

「美しいでしょう。恋の徒花――そして、復讐の狂花」

 どこまでも深く沈んで滲んでいく黒百合の花。クロユリを体現する花そのものだった。

「気が滅入る光景だな」
「燃やした方が明るくなりそう」
「野蛮なことをしないでくださる? これだから人間は」

 クロユリは呆れた様子でため息をつく。空魔は攻撃してこない。やはり、彼女と連動しているのだろうか。これまでの空魔は勝手に攻撃してきた。廃ビルの空魔もクロユリの指示で動いていたようには見えなかった。無差別に攻撃してきたし、何より手応えがなかった。こうやって喋っているクロユリにも違和感がある。攻撃的だったり余計なことを喋ったり、私を標的にしたりと何かあるのか。それにこの場所、どこかで見たような――

「なぁおい。紫苑、ここって……この間、散策した所じゃないか?」
「この間って――あ」

 そうだ。咲いている花は違うがこの間、茉莉花たちと来た場所に似ていた。暗闇で分かりづらいが、雰囲気は似ている。花が違うということは、空魔の世界に飲み込まれているのか。

「なかなか鋭いじゃないですか」

 私の思考を読んでいるのか、クロユリは肯定するように呟く。

「能力の一種ですわ。ワタシのような空魔は人間を独自の空間に引き込むことが出来ますの。法則は外と違いはありません。プライベート空間だと認識してくれ構いませんわ。ただ、招待する人間は選別させてもらっていますが」
「選別だと?」
「連れていきたい人間を連れていくだけですわ」
「べらべらとよく喋るな」
「あら、ワタシたちのこと知りたいでしょう。アナタ方の想像通り、他にも仲間はいますわよ。ワタシを倒したところでアナタたちの悪夢は終わらない……」

 クロユリの行動がいまいち読めない。何の目的でこんなに情報をバラしているのだろうか。彼女にとって何のメリットもないような気がする。彼女の意志ではなく、他の誰かの意向だとすると、もっと分からなくなる。こいつはもしかして倒されたいのか。

「案外、ワタシたちはアナタたちの近くにもいたりして、ね」

 楽し気に微笑むクロユリ。それの意味する所は――

「裏切り者がいるってこと?」
「そこまでは言いませんが、どうでしょうねぇ。アハハハハハハハハ!!」

 馬鹿にするように、クロユリは高らかに笑う。少女のような姿は本当に仮初の姿でしかない。あそこにいるのは正真正銘、人の形をした悪魔だ。人を弄び、蹂躙し、穢していく。普通の空魔以上に害悪だ。

「あまり、あいつの言葉を真に受けない方がいい。思う壺だ」
「分かってる……」
「考えるのは終わってからだ、空魔を倒すぞ」
「えぇ」

 葵がクロユリの方へ切り込んでいくが、彼女はひらりと攻撃をかわす。しなやかな足技が葵に叩き込まれるが、ギリギリのところで避けている。
 私も空魔へ向かっていくが、黒い蔦が行く手を阻む。切り落とすより纏めて、どうにか出来ないだろうか。植物が弱いものと言えば炎だかここに火の気はない。これまでの空魔とは違い、明らかに強い。油断すれば一気にやられる。様子を見ようとすれば、今度は黒い種のようなものが飛んでくる。避けたら避けたで、地面から、不吉に黒いものが伸びていく。刺から何から何まで何でもアリか。
 葵の方を確認したが、あちらも苦戦しているようだ。クロユリは葵を蹴散らすと、空魔の上に乗った。

「憎しみこそが糧。復讐こそが全て。ワタシを虐げる者は許さない。ワタシを捨てる者は許さない。愚かな人間に裁きを」

 一段と冷たく、呪いのように吐き出される言葉。それに反応するかのように空魔の姿はさらに変化していく、蕾は開いて大きな花を咲かせた。色鮮やかな花でもなく、ただ真っ黒に染まる花。クロユリの感情に塗りつぶされたかのように、花を咲かせた空魔は黒い花弁を散らせて、襲い掛かってきた。

「やはり、あいつが力を増幅させているな。空魔は負の感情を好む。恐らく、クロユリはそれを与えているんだ。それで、空魔をコントロールしている」

 クロユリの人間に対する憎悪は、身に染みて感じる。彼女はそれを空魔の餌にしているのだ。彼女が憎悪を募らせるほど、空魔は強くなっていく。もうそれじゃあ、あすなの感情は関係ないじゃない。死ぬまでクロユリに操られるなど、見ていられない。

「どっちも倒すしかないってことね」
「ここで被害を食い止めるぞ」

 とはいっても、空魔の攻撃は一層激しくなり、攻撃は避けきれなくなってきた。いつの間にか傷を負って出血しているし、長期戦になればなるほど不利だろう。ハーツの形は変えられるし変な衝撃波みたいなのも出せるようになったが、それでも対応しきれない。

「呪いの権化みたいだな」

 葵の呟きに、クロユリはぴくりと反応を示した。

「ふふふ。どうでしょうね。ワタシたちは人の憎悪を煽ることも出来ますから、そうかもしれませんね。あぁ、そういえば、アナタの先程の推察……ほぼ間違っていませんわ。ただ、ワタシだけではなく、空魔が持ち合わせている憎悪も増幅させていますわ。情けない話ですがワタシだけの力ではありませんの」

 あすなの感情も交じっていると言いたいのだろう。それならそれで質が悪い。どちらにせよ、感情を踏みにじる行いは見過ごせない。

「ごちゃごちゃうるさいな」

 クロユリへ刃を向けたが、クロユリに受け止められ、そのまま放り投げられた。地面へ強く叩きつけられ、痛みこそは無いけど、骨が軋む様な感覚がある。空が見えていたが、クロユリの顔が映り込む。

「負の感情を持っているから、こんな風に操られるのですわ。それ以前にアナタの存在が無ければ、彼女もこんなことにならなかったでしょうけれど」
「……私が」
「運命を呪いなさい。初めから終わっていたのよ……アナタは」

 初めから? 私の人生は決まっていたというのか。こいつに一体何が分かるんだ。私は私の意思でここにいる。どんな理不尽な目に遭おうが呪ったりしない。あすなが私のせいでこうなったとしても、私の選んだ道。全ては私が背負うべきもの。クロユリの言葉に耳を傾けてはいけない――

「誰かの手のひらの上で踊り続けるなんて嫌ですわ。けれども、そうしないといけなかった。ワタシは弱かったから力が欲しかった。ワタシを弄んだ人間へ復讐する力が欲しかった。誰かの操り人形になったとしても――アナタはどうですか、葵くん……でしたっけ?」

 クロユリはそう言って葵へ視線を向ける。あまり葵には興味無さそうだったが、どういう風の吹き回しだろう。

「……やるべきことをやるだけだ」
「それがどんな結果になっても?」
「受け入れたうえで、答えを出す」

 葵は顔色一つ変えず、クロユリを見据えていた。花弁を避けながらも、クロユリから視線を逸らさない。そんな葵の態度に愛想をつかし、クロユリは肩をすくめた。

「あーあ面白くないわね。ダメダメですわ。もっと楽しませてくださいよぉ」

 勝手に期待して勝手に評価を下される。大体、どこからモノを言っているんだ。あぁ、イライラする。鬱陶しい――

「さっきから……何様なのよ」

 ハーツの色が赤く変わっていく。まるで、私の感情を表すかのように燃え盛っている。

「あすなを助ける。今の私に必要なのはその力」

 全てを浄化する炎。感情は簡単に捨てたり出来るものじゃない。でも、無くしていいものじゃないし、誰かに操られるものでもない。醜くても、穢れても、踏みにじっていいわけがない。どんな感情も、人を構成する大事なものだから。人の聖域を踏み荒らす輩は、腐敗した花畑ごと燃やしてやる。