柘榴を置いて、追いかけていった先には何も無かった。空を掴むような、はっきりとしない所在。探しても見つからないということは、もうどこにもいないということなのか。遠い場所へ行ってしまったのか。この目で何一つ確認もしていないのに――気づけば夜になっていた。今日はこの間、探索した森林の近くで空魔の反応があったとのことで来ている。というか、今日は各地で空魔の反応が出ているらしい。原因は不明だが、何かが起こっているとしか言いようがなかった。あすなを探したいのはやまやまだが、こちらの方も疎かにしてはいけない。空魔の数もいきなり増えていることから、気を引き締めないとあっという間にやられてしまう。私の焦りが伝わっていたのか、葵は私に問いかけた。
「何かあったのか?」
「なんでもないよ。空魔とは関係ないから気にしないで」
関係ないはず。そう思いたかった。だって、そんなことがってたまるものか。
「……そういえば、お前のクラスメイト、一人行方不明になっていたな」
探るように私へ話しかける。ここでどう答えればいいのか。何を言ったとしても、葵にはバレているような気がする。何も言わなかったが葵はそのまま続けた。
「見つかってないらしいが」
「……それらしき人影は見たの。捕まえられなかったけど」
私は考えるのを諦めて、葵に全てを打ち明けることにした。
「親しかったんだな」
「それなりに」
「微妙な言い方だな。友達じゃないのか」
「あまり私からは話しかけてないし、向こうから話しかけてくることが多いから。どうなんだろうって」
「それで十分だろ」
あまり交友関係が広くない私にとっては、友達のラインが分からない。そんなものは無いという人もいるかもしれないけど、私はあると思っている。上下関係とか、カーストとか。今の私はそんなものとは無縁だけど、そういうものがあるとは思っている。あすながよく話していた。同意しておかないと、空気が読めない扱いされるわ、些細なことで揚げ足どりとか。
そんな私もあすなからは、体のいい愚痴のはけ口にされている感は否めなかった。私は別に愚痴を聞いても気が滅入ることは無いから、聞いていたんだけど。
それでも、一緒に出かけたりしてくれるから、あすなのことは好意的に見ていた。少なくとも、私は親しい友人だと思いたかった。あくまでこれは私の気持ちで、あすなはどうか分からないけど。霞が以前に言った通り、自分がどうありたいかなんだろうけど、結局のところ誰も私の意見など誰も求めていない。この世界で無難に生きていくには他人からどう見えるかが全てだ。
でも、心のどこかで認めてもらいたい――と思ってしまうのは、人間だからだろうか。
「葵は優秀だしクラスでも人気だからそうやって言えるんだよ」
「人気があっても、全員から好かれるわけじゃない。それに……お前が思うほど、俺は出来た人間じゃない」
「謙遜しなくてもいいのに」
「本当のことを言っているだけだ。世の中、上手くいかないことばかりで暴れたくなる」
「意外だね」
「誰だってそういう時があるってことだ。裏表の一つや二つあったところで、気にしないっての」
そうやって、誰もが納得すればいざこざは怒らないだろう。
けれども、世界はそう簡単じゃない。葵のように割り切れる人間もいれば、傷つく人間もいる。私はいつからこんな考えるようになったんだろう。割り切れているようで、割り切れていない。どっちつかずの感情。
過去にもこうやって――? あれ。
私は――何を恐れているのか。
「ねぇねぇ紫苑ちゃん。アナタが抱く感情……その深淵を知りたいとは思いませんか?」
不意に降り注ぐ、鈴なりのような少女の声。山道にはいつの間にか闇夜に紛れ、クロユリがいた。
「お久しぶりです。ご機嫌いかがでしょうか? 今宵は楽しい夜になりそうですね」
「何しに来た」
「ワタシがアナタ方の前に現れる理由など、一つしかないでしょう……フフフ」
敵意と共に不気味な笑い声が聞こえてくる。暗くてよく見えないが、クロユリのほかにも誰かがいるような気配がする。正体が分からないまま、私たちはハーツを構えて臨戦態勢を取る。クロユリはそんな私たちの様子など意に介さず、喋り続ける。
「空魔になってしまった人間は戻らないんですよ。処刑されるのを待つのみ。アナタの友人も、空魔になってしまったでしょう。だから始末されてしまったのです。悲しいですよね、憎いですよね……」
クロユリは一体誰に語っているのだろう。私たちではないのは明らかだった。私たちに分かるように話しているものの、理解してもらうつもりは無さそうだった。だが、異様な気配だけはひしひしと伝わってくる。
彼女の言葉はまるで、呪いのように冷たく縛り付ける鎖のようだった。その言葉に嵌ってしまったら最期、永遠に囚われ脱出不可能な檻の中に閉じ込められてしまいそうな危うさが隠れている。
「アナタの仇はね、空魔を退治する人。彼らは血も涙もない人間なのですよ。一切の慈悲を持たず、人の道から外れてしまった化け物を退治するのです。無抵抗だろうが、容赦はしません。アナタにも見せたでしょう」
誰に言っているのかは分からないが、クロユリにこれ以上喋らせない方がいい――私の直感がそう叫んでいる。
それと同時に葵が端末を見て、私に目配せをして告げた。
「空魔の反応が大きくなっている。場所はここだ……あいつ、何かしてやがる!」
「私もそう思っていたところ」
クロユリに向かっていったが、バリアのようなものが張ってあるようで近づけない。このままでは不味いことになる――そう思っていても、何も出来ず事は進んでいく。止まることなど知らずに。
「そして、アナタの目の前にいるのが、怨敵ですわ。彼女の名前はそう――」
クロユリが不敵な笑みを浮かべた瞬間、隔てるバリアが壊れた。揺れる視界の中、私はクロユリへ視線を向ける。凍った花のように華憐に冷たく微笑む彼女の傍らにいたのは――
「あ、すな……?」
変わり果てた友人の姿を見て、感動の再会となるはずもなく、現実は無情に流れていく。