24

 何かが回り始めているような感覚。それも私の知らないところで、勝手に動いているような。
 こんなことなら、知覚したくなかった。取り返しのつかないことになったら、どうしよう。私には何の力もないのに、予感が当たってしまったらと思うと背筋が凍る。
 こんなの考えたって無駄だ。考えただけで悲しくなる。悲しみは痛くて辛くて苦しいから。
 私は知っている。痛みを知っている。覚えている。忘れないから。忘れていないから。
 だから、お願い。何も言わないで。私を哀れまないで。
 
 あなたのその目が、何よりも大嫌いなの――

「……ん」

 朝日が差し込む部屋の中。変な夢を見ていた気がする。あまり気分が沈む様な夢だ。
 暗い思考に落ちたとき、どうやって解決しているかといえば、無かったことにしている。無かったことにしているというよりは、強制的に思考の外へ排除しているといった方が正確だろうか。私自身が自覚してやっているわけじゃなくて、自然に排出されているのだ。まるで、誰かに操作されているような――目を覚ませば、悪い夢はどこかへ行ってしまって、朝の光が全てを消し去ってくれている。
 今日も学校へ行って、普通の日常を過ごして、空魔退治に出て、そんな日が続く。私は何かが起こると知りつつも、いつも通りの日常がずっと続くと信じていた。
 この時までは――私が感じ取った異変は学校についてからだった。今日、あすなは休みのようだった。ただの風邪だろうと思っていた。普段からメールとかのやり取りはしていないので、何も送ることはしなかった。
 しかし、二日三日……一週間を過ぎても彼女は来なかった。
 さすがの私も心配になってきたので、メッセージを送ってみたが、既読になることはなかった。クラスは少しざわつき始めていた。行方不明になったのだとか。最悪の可能性が過る。
 私はそこで独自に調べることにした。まだ、彼女が空魔に襲われたという事実はない。調べるなら今しかない。それを抜きにしても、単純にあすなが心配だった。あすなの家の近所で話を聞いたが、一週間くらい前から帰ってきていないらしい。家は少し荒れているようだった。あすなの部屋を調べたいが、さすがにそこまでするのは気が引けたので、街中をくまなく探してみることにした。
 あすなが空魔に喰われてしまったという可能性も頭の片隅に置いて――二日間ぐらい探してみたが、どこにもいない。虱潰しに探しても、見つからないことは明白だった。それでも、少しの可能性に賭けたかった。

「どうして……」

 賭けも虚しく全てが空振りに終わって、公園のベンチで一休みしていると、あまり会いたくない人間の声が聞こえてきた。

「やっぱり紫苑だ。お疲れみたいだけど、どしたの」

 柘榴は疲れを察しているものの、話しかけないという選択肢を持ち合わせてなかったようだ。今は構っている余裕などないし、そっとしておいてくれた方がありがたいのだが。

「関係ないでしょ」
「気になるから聞いているだけだし。相談なら乗るよ。探し物とかなら得意分野だよ」
「……適当なこと言わないでよ」

 探し物――探し人ではあるけど。どうせ、柘榴に教えても信用出来ない。頼るなら葵の方がまだマシだが、あまり彼に負担はかけたくない。あくまで、空魔とは関係ない、私の個人的な問題だ。だったら、全く関係なくて頼っても心が痛まない柘榴の方がいいのか。
 でも、あまり弱みは見せたくない。あれこれ考えていると、いつの間にか柘榴は横に座っていた。

「信用ないのは分かるよ。紫苑には言えない秘密はいっぱいあるしね」

 そんなことを言われたって、はいそうですかとしか思えない。今更感が強いうえに最初から怪しかった。

「でも、君の力にはなりたいと思う。この間もなんだかんだ言って助けてくれたから」
「気まぐれだし。あんなの。それに私何もしてないし」

 怪我していた柘榴を見捨てて私は空魔を倒すことに専念した。柘榴が行けって言ったから――ここで言い訳するつもりはない。あの時、柘榴よりも空魔を優先したのは事実。そんなことで、感謝されても素直に受け取れない。
 この間は葵の目もあったから言わなかったけど、怪我の有無が気になっていた。

「そういえば……あの時、苦しそうな表情していたけど、本当に何ともなかったの?」
「問題ないよ。心配してくれるんだ」
「安全な場所まで避難させなかったし、悪いと思ってるから」
「……気にしてないのに。律儀だなぁ。あんな場所に居たら自己責任だって」
「それでも、私は――」
「過去は変えられない。だからこそ、感情に流されないで次は間違えないようにする……それが人間じゃない?」

 柘榴の言うことはもっともだった。人は失敗したら、今度はミスをしないように気を付ける。人なら出来て当たり前のことだと思う。けれども、いったいどれほどの人間が出来ているのだろうか。口で言うのは簡単だが実践するとなると、かなり難しいことだと思う。失敗から学ぶとすれば、どれくらい失敗を重ねれば、納得出来る経験値を詰められるのか。それに人間である以上、完全は存在しない。正しい選択を選んだとしても、どこかで歪みが現れることもある。
 それを踏まえたうえで、私はどういう人間であるかと言えば、反省もしないで失敗し続けている駄目な人間だと思う。痛みをどこかへ置き忘れた人間に、学習など出来るはずがなかった。

「……私には、難しいかもしれない」
「紫苑ってさぁ。自己評価低いよね」

 いきなりずけずけと言ってくるな。まぁ否定出来ないんだけど。事実だし、上げようもない。

「悪いとは言わないけど、多少は上げてもいいんじゃない」

 そう言われても、自分の褒め方とかよく分からない。自分を偉いと思っても、心のどこかではくだらないと思ってしまう。意味などあるのだろうか。私はただありのままの事実を受け入れているだけなのに。それでいいと思っているのに。努力も苦手だし、向上心も無い。失敗も多い。学習したとしても、また他のところでミスをするようなタイプだ。どう上げたらいいといいのか。

「上げるのは、ちょっとしたことでもいいんだよ。自己評価が低くなると本来出せるはずの力も、出せなくなることもあるからね」

 本来出せるはずの力とは、どういったものなのだろう。だったら最初から本気を出せるようにしておけと思ってしまう。所詮、最終的には才能で全て分かれるような世界だし。
私が百パーセントの力を出したとしても、才能ある人間にとっては一割にも満たないかもしれない。それくらい私は残酷なものだと思っている。私は才能の無い凡人。必死についていこうと頑張っているのだが、上手くいかない。ついてくのにも必死な私に、潜在能力などあるはずがない。

「本来の力も何も、私には何も無いもの」
「……何だかなー」

 微妙な空気が流れてきたが、そもそも何でこんなことになっているのか思い返してみれば、柘榴の相手をしている暇なんてなかった。と、私が立ち上がったとき、見覚えのある人影を視界にとらえた。

「あすな……!?」

 私は思わず声を上げた。隣にいた柘榴は少し驚いていたようだが、柘榴のことは放置して走り出していた。

「友だち見つかると、いいね」

 何かを呟いていたような気がするが、私は聞き返すこともなくあすなを追いかけていった。あすなの姿を捉えたが、しばらく追いかけていったら、どこかへ消えてしまった。見間違いではない。あれは絶対にあすなだった。
 どうして、私の前に現れたのだろう。助けを求めているのだろうか。何かを伝えたいのか。
 
 私の目の前から消えてしまった、貴方は一体どこにいるの。徐々に日常を侵食していく闇――私たちがすでに飲み込まれていることに、気づいた時には遅すぎた。