柘榴への態度が柔らかくなったと言われて、この間は満更でもなかったけど、しばらく経ったらそうでもないのではと思い始めた。好感度は決して高くはなってないと思うが、どうだろう。よく考えれば態度が軟化したというだけなので、好感度は変化していないはずだ。マイナスからゼロになったと言えばいいか。ゼロの感情ってなんだろう。無関心? いや、気になっているから無関心ではないんだけど。
「どしたの、紫苑。さっきからぼーっとしてさ」
「あ、えぇ。ごめん。なんか言った?」
あすなの話を思いっきり聞き流してしまっていた。聞くだけしか出来ないのに、何たる失態。
「何も言ってないんだけど、いつもより上の空って感じだったから。何かあったのかなぁって」
「大したことじゃないよ。ただ、自分の気持ちがよく分からないっていうか……」
「あーわかる。そういう時あるよね。なになに恋愛的なの~?」
「恋愛じゃないけど、その人に対する印象っていうか、良いと思っているのか、悪いと思っているのか、分かんなくなって」
あすなはにやにやしていた。あすなが思っているような話題でもないけど、説明するのも面倒なのでそのまま話を進めることにした。
「悪くないなら、良い方になっているんじゃないの? 少なくとも嫌いじゃないんでしょ」
好きか嫌いかと言われたら、微妙だ。微妙ということは嫌ということだろうか。
「どちらかというと、嫌な方が強いんだけど……」
「燃え上がるパターンね。だんだんと話していくうちに、打ち解けていくみたいなやつ!」
あすなは違った方向に盛り上がっていた。そういう話じゃないとも、言えず適当に笑ってごまかした。
「ありがとね。聞いてくれて」
話がややこしくなりそうだったので、打ち切って礼を言った。あんな状況で恋愛関係にもつれ込むなど、あり得なかった。
「いつも聞いてもらってるし、紫苑の話も聞きたいからいいよ。面白い話聞いちゃった~」
「そんな面白い?」
私が何気なく呟くと、あすなが空を仰いだ。
「……思えば紫苑に話しかけたのって、面白そうだったからなんだよねー」
懐かしむように、話しかけた理由を語る。最初の頃、私は義務的に返していた部分が多かったと思う。それでも、めげずにあすなは話しかけてきた。そんなあすなを見て、私も次第に心を開いていった。
「面白そうって?」
「他とは違うオーラ出てるから。学校ってわりとグループとか決まってるじゃない。ざっくり言うと、キラキラしている人と、そうでない人みたいな」
「……そうだね」
カーストというべきものに近いその実態。クラスの中でも上位に入らなければ見下される。最下層に入ってしまえば、這い上がることは難しい。学校の中に否が応でも出来てしまう、無情なランク付けだった。
「私も前は調子乗ってたんだけどね。親にも迷惑かけてたし。そのうち考え方とかで、すれ違うことが多くなって。今は心機一転ってことで、普通に過ごしてるんだけど」
「それが、どうして私に話しかけることに?」
「転校生自体珍しいし、一人でいてもあまり気にしてなさそうだし、強いなぁって思ったの。ちょっとした、好奇心と憧れみたいな。今、超恥ずいこと言ってるけど気にしないで!」
要は物珍しくて、話しかけただけのことだった。仲良くなりたくて話しかけるというよりは、動物を見るような気持だったのだろう。きっかけが何であれ、今では普通に話しているし問題は無い。むしろ、こうなるとは思ってもいなかった。それにしても、わざわざこんなことを言って、一体どうしたのだろうか。
「あーもう。何だろうなぁ。最近、変な夢を見るの。悪夢っていうの? 寝起き最悪最低悪夢。だけど、眠れないわけじゃなくて。起きられるし、大して問題は無いんだけど……」
あすな曰く、何かに追いかけられる夢を、見るようになったらしい。呪いのような声が聞こえたり、心をのぞかれているような感覚もあるとか。鮮明な所は引っかかるが、あすな自身の問題のため私にはどうする事も出来なかった。
「大丈夫なの?」
「全然、健康上の問題ナシナシ。めちゃ元気!」
あすなは私に笑顔でピースサインを向けた。あすなの態度や見た目からは、特に変わった様子はない。寝付けなくて特に疲れている様子もなさそうだ。予知夢的なものかもしれない。それはそれで、不味い気がする。それでもこんなに元気なら予知夢も跳ね飛ばせるだろう。
「それにしても、寒くなってきたねー」
「そうだね。冬が近づいてるから」
今日は人込みを避けて、屋外で昼食を取っていた。東棟の人がいない場所を選んでちょうどよさそうな場所で食べていた。私は弁当を作る習慣は無いので、購買で買ったものを食べている。あすなは弁当を持参していた。美味しそうなおかずが見え隠れする。親が作ってくれたのか、とても見栄えが良かった。
しかし、外で食べると秋風が肌にしみる。美味しそうに見える弁当も、寒さに晒されたらあっという間に冷めてしまう。これから冬になったらさらに冷たくなってくるだろう。
「冬になるとテンション下がるわ。寒くて、布団から出たくなくなる」
「あるある」
「何だかあっという間に時間が過ぎていって、はぁ~って感じ」
「仕方ないよ、時間は止まらないから」
「そうだよね……」
あすなは軽く笑っていた。その笑みはぎこちなく、どこか寂しさも見受けられる。きっと、亡くなってしまった友人のことを想っているのだろう。直接話題に出すのは避けているが、やはり忘れられるわけがない。
時間は過ぎてしまうかもしれないが、過去にあった出来事が亡くなるわけではないのだ。忘れてしまったとしても、心や世界のどこかで残り続ける。
過去は決して私たちを逃がしはしない。私も、どこかで置き忘れてしまったモノがあるのだろうか。
秋風と共に私の心が揺れ動くようだった。
~夜~
「ここの所、空魔の出現が緩やかになっているらしい」
今日の夜は巡回だった。空魔の反応は無いが、何があるか分からない。こんな日が続けばいいんだけど、空魔はそんなものを気にするわけがない。
「この辺もそうなの? 割と退治しているような気がするけど……」
「全体的に見ての話だ」
空魔はここだけじゃなくて世界中に蔓延っている。それが減少傾向にあるというのだ。空魔の数が減った原因は不明だった。その事実だけを見れば良い傾向にあるのだが、どうにもきな臭い。
「嵐前の静けさじゃないといいんだが」
夜の町を徘徊しても、空魔には遭遇しない。それどころか、人もそんなに歩いていない。この周辺では行方不明や殺人事件が起こっていると言われている。そのせいか、夜間に出歩く人は減ったようだ。話題は空魔から柘榴に移り変わっていく。
「そういえば、この間のあいつ……柘榴とは特に何もなかったんだな」
「何もないけど、どうかしたの」
「……何も無いならいいんだ」
私にとって何も無いのは事実で、柘榴にとってはどうだったのだろうか。柘榴は怪我をしたわけでもなさそうだったのに、苦しそうな表情をしていた。感情的な問題でもなく、苦痛に耐えているような表情だったと思う。
何気に馬鹿と言われたことも気になるが、以上に彼の態度が気になった。あすなに相談した時のことを思い出した。決して良い印象は持っていないが、かといってマイナスというわけでもない。
「謎。私を知っているような素振りもあったけど、どうなんだろう」
「何もあるじゃないか!」
葵のツッコミにそういえばと、思い出した。印象について考えてばかりいたが、そうだ。私のことを分かるとか知ってるとか、訳の分からないことを言われたんだ。
「ああいう知り合いはいないんだけど……でも、ここに来るちょっと前の記憶があやふやだったから、何かあるのかも」
「ここに来る前っていうと、一年くらい前か」
「気付けばここにいたって感じだけどね。家族とかの記憶はあるよ。弟とか母さんや父さんは覚えている。今はどうしているか知らない。知りたいと思わないからいいんだけど」
「……空白か」
私の空白期間。
どうして私がここにいるのか。普通ならとても気になりそうなことなのに、そこまで知りたいとは思わなかった。今この時も、そこまで深刻な問題だと思えなかった。他人事というか、知らなくてもいいや程度にしか思っていない。家族のいない隊員は多い。身寄りが無かったり、仲がよくなかったり、それぞれいろんな理由を抱えている。家族がいたとしても、わざわざ会いたいと思う人もほとんどいない。
しかし、私の家族は多分生きているだろうし、家族に対してそこまで悪感情を持っていない。
ならば、どうして私はここにいるのだろう――家族といえば、私もそうだが葵の話はあまり聞いたことが無かった。
「そういえば、葵の家族は?」
「え、あぁ。いるにはいる……」
歯切れが悪そうな言い方だった。エンプティの中ではリーダー的な存在で、長く在籍している葵。よほどのことが無ければ、こんな場所に来ないだろう。身近な人が空魔に殺されたという話も聞かない。葵自身は空魔退治を真面目にやっているが、空魔に対する怒りや憎しみはそこまで感じない。けれども、投げやりでもなく、仕事を忠実にこなしているし模範的な隊員といえる。
とはいえ、パートナーの私は言うことをあまり聞かないし、葵を心配させてばかりいるので申し訳ない。真面目な印象は変わらないので、親と何かあるイメージが湧かない。根掘り葉掘り聞くつもりはないので、私は引き下がった。
「急に聞いてごめん。言いづらいならいいよ」
「……今は話せない。そのうち話す。きっと」
そんな深刻な顔をしなくてもいいのに。いや、気になるには気になるけどさ。親と仲良くないのか、そもそも縁が切れているのか――葵と家族にしか分からないことだった。そのうち話してくれるなら、それまで待つし、言えなかったらきっと、その時は――
「そろそろ、帰還する時間。何事もなくてよかった」
「あ……あぁ。そうだな」
私たちは研究所へ向かっていた時だった。周囲に気を付けつつ帰り道を進んでいた私は、信じられないものを見た……ような気がした。路地裏に入った姿を追って、走っていったがそこにはもう誰もいない。
「急にどうしたんだ!」
追いかけてきた葵が、不思議そうに問いかける。
「そこに、友達がいたような気がした」
「本当か?」
「……分かんない。消えた。気のせいかも。ごめんなさい」
こんな所にいるはずがない。あすなの家はこの付近ではない。あすなと最初に話したときに、教えてもらった。
きっと、私の見間違いだ。疲れているんだ。明日また、会えるよね――