人気のない街はずれの公園。不良すら見かけない閑散とした場所だ。滑り台とベンチと水飲み場、後はトイレがあるだけ。公園というより、囲むように木が生えているので、ちょっとした森の中の広場にいるような感じだ。今回は空魔の存在が確認されたので、この場所にいる。空魔と遭遇したのはいいが、戦闘中に消えてしまったので辺りを警戒している。
「反応は動いていないから、多分この付近にまだいるはずだ。気を付けろ」
「了解」
廃墟で出会ったクロユリは未だ消息不明。空魔が人工的に作ることが出来る以上、後手に回るというのもよくない状況だった。クロユリみたいなのが他にもいるとしたら、とても厄介である。当面の目標は空魔を見つけたら絶対に撃破。強い空魔は深追いしない程度に。こう言っては元も子もないが、これまでと変わらない。けれども、空魔によって命を落とす人を少しでも減らせたらいいと思う。
「大変だねぇ。空魔は消えないし、原因は分からない」
かといって、興味半分で現場を荒らすような人間の命までは、体を張ってまで守りたくなかった。
「何でいるの?」
「無視だ無視」
葵はもう諦めの境地に達しているようだ。柘榴は滑り台の一番高い場所からこちらを見下ろして、クスクス笑っている。先程空魔の戦闘があったのに、平然とこの場に留まっていたようだ。この間もそうだ。戦闘の間はどこかへ行方をくらませている。勘がいいのか、容量がいいのか。つくづく器用な人間だと思う。見た感じ逃げる気配はない。
一応今も戦闘中なのだが、彼には今も空魔の声が聞こえているのだろうか――何となく、考えていると柘榴は突然語りだした。
「空魔は邪魔をするものに容赦しない。彼らの視界に映れば襲うし、手を出せば当然、反撃を受ける」
「何を言っている」
「ちょっとした助言、でもないか。当たり前のことだし」
そういった矢先に、地面が激しく揺れた。地面を揺らし現れたのは倒し損ねた空魔だった。影と闇に紛れて奇襲を仕掛けてきた。するどい攻撃が襲い掛かる。
「ちょっと再生してる?」
「かもしれないが、それでも倒すだけだ」
空魔の攻撃をかわしつつ、核を探す。恐らく中心に盛り上がっているものが核だろう。空魔は自在に形を変えて、攻撃をしてくる。ブーメランのように自分の一部を投げたりしてきて、攻撃方法も多彩だ。少し攻撃を受けつつも、何とかかわしていた。
「……っ!?」
いきなりとんできた腕のような部分の攻撃が体に思いっきり直撃した。何が起こったのか分からないまま、身体が宙を舞う。
「紫苑!」
どこからか葵の叫び声が聞こえてくるが返事など出来るはずもない。
勢いよく飛ばされて木に打ち付けられたが、生憎痛みは感じなかった。ダメージは受けているのだろうけど、実感は相変わらず湧かない。何事も無かったように、立ち上がって、ほこりを払った。辺りを見ていると、がさがさと何かが聞こえてきた。
音のする方へ行ってみるとそこには、柘榴が座り込んでいた。
「やぁ…………君ってば、無茶するなぁ」
「こんな所にいたの。というか……全力で逃げ回ってたの? だから言ったじゃない。さっさと帰った方がいいって」
いつの間にかこんな所に避難していたのか。余裕そうな態度とは裏腹に柘榴の表情はどこか苦しそうだった。運動した後に疲れて休んでいるのかと思ったが、少し違和感がある。おかしなことでもないのに、何で違和感があるんだろうと思ったら、髪の毛とかが乱れていないからだろうか。どちらかというと、苦しさを耐えているように見える。
「別に、そんなんじゃないよ」
「……本当に大丈夫なの?」
「君が頑張るなら、僕も頑張るしかない……簡単なことさ」
「意味が分からないんだけど」
柘榴の言葉は時々私の胸をざわつかせる。大切なことを言っているような気がして、どうしようもなく気になってしまう。
「分からないなら、さっさと……空魔を倒してきたら? 彼も心配していると思うよ」
そう言って広場の方を見れば葵が一人で空魔と戦っている。だからといって、今の柘榴を放っておいてもいいのか。私が逡巡していると、柘榴の声が入ってきた。
「僕は自分でどうにか出来る。そうでなきゃ、こんな場所来ないって」
見かねた柘榴が、私に行けと促す。私も最初は助けるつもりなどなかったのに。助けると言っても、私は何もやっていない。不甲斐なく敵の攻撃を受けただけだ。飛ばされた場所に柘榴がいて、苦しそうにしているけど、どうしようも出来ない。
「……ごめんね。助けてあげられなくて」
私は弱くて、臆病で努力もあまり好きじゃなくて、それでも生きている。本当は、助けられるなら助けたいよ。その方が悲しくならないだろうから。辛くないだろうから――誰が?
「紫苑、君は――」
余計なことを考えるなと、思考がクリアになっていく。
柘榴は何か言いかけていたが、構っている暇はなかった。柘榴の言う通り早く空魔を倒すべきだ。私は葵の下へ駆けつける。
「大丈夫なのか」
「えぇ、葵こそ。遅くなってごめん」
「無事ならいい」
空魔は依然として、勢力を保って私たちを攻撃してくる。触手が伸びてきたり、刺のようなもので攻撃したり、溶けたり……多芸な空魔というか、単に厄介な空魔だ。
「私が引き付ける」
「いいのか」
「……さっさと終わらせないと」
置いてきた柘榴の様子が気になるとは言えず、手早く済ませる方向でまとめる。姿を隠せるうえ、長時間にわたれば不利になるのは目に見えていた。ハーツを操り、空魔の動きを私に集中させる。空魔は目の前に動くものに反応するのか、私を執拗に追いかけてくる。今は指示するクロユリのような存在もいないし、私を狙うのは空魔の意思なのか、それともただの反射なのか。それを抜きにしても、感情は無さそうだ。
「泣いているとか、どうかしてる」
柘榴の言葉が脳裏をよぎる。叫び、鳴き声――そんなものは一切聞こえない。理不尽な暴力の嵐そのものが鳴き声や叫びだとでもいうのか。空魔になってしまったあすなの友人は、何も出来ないまま私に殺された。彼女も放っておいたら、叫び声をあげていたのだろうか。
そんな私の隙をついて、空魔の攻撃が腹に直撃した。そのまま吹っ飛ばされたが、空魔の攻撃を引き付けた結果、葵が核を貫いていた。それを見届けた私はまた、公園を囲う木の中に投げ込まれて、そのまま落ちていく。今日はなんだか調子が悪いな。なんとか起き上がったが、頭がぼうっとする。
「馬鹿だね」
私を見下ろしていたのは柘榴だった。ただ、余裕そうな表情ではなかった。柘榴はさっきから疲れているようだ。
やはり、逃げ回って疲弊しているのだろうか――柘榴は容赦なくはっきりと言ってくるが、私は否定しなかった。否定する気力もなかった。
「私も、馬鹿だと思うよ。余計なことばっか考えて、どんくさいし、容量悪くて、何の役に立たない……何やってんだろ」
柘榴とはそんな親しくないのに、自らの愚痴が溢れ出る。愚痴を吐き出したかったわけでもないのに、止まらない。前にもこういうことがあったような気がする――どこだっけ。本当に?
「それでも、見捨てられないのが紫苑だ」
「え……」
茶化しているわけでもなく、柘榴は真っ直ぐ私の目を見て告げた。私の心の隙間を縫うように、風が吹き抜けていく。
「助けてくれて、ありがと」
柘榴はそう言い残して、どこかへ行ってしまった。表情は分からなかったけど、本当に感謝してくれているのだろう。不思議とそう思えた。物理的にも精神的にも衝撃的な出来事ばかりだった夜。葵が私の下に駆け寄ってくる。手には核が握られていた。
「攻撃が激しい空魔は、割と人間の場合が多いらしいな」
「やっぱり、心が関係しているのかな。感情は無いって話だけど……」
「感情は無いと思う。だが、それに似たものが残っているだけだ」
「そうなんだ」
空魔に残っているのは感情の残り滓。それに乗っ取って空魔は攻撃を仕掛けてくるということなのか。負の感情から出来る空魔を鑑みるに、それが一番しっくりくる。
「……あくまでも仮説だけどな。それよりも、怪我はいいのか?」
「あーうん。殴られただけ」
「殴られただけって、ちゃんと診てもらえよ。あと、さっき誰かと話していたのか?」
「柘榴がいたから、ちょっと話した。逃げ回っていたのか、苦しそうだったけど消えちゃった」
「怪我していないなら問題ないだろう。本人も巻き込まれる覚悟があってここにいるんだ。そういえば、お前も奴に対して甘くなってないか?」
葵に指摘されるも、自分ではよく分からなかった。どちらかというと、未だに苦手だ。幻を見ているかのような不安さがある。とにかく心が落ち着かない。だから、近づいてきても反射的にキツく当たってしまう。
「そうかも」
それでも、私は肯定した。最初は不気味さと不信感しかなかったけど、今は少し違った感情がある。苦手だけど、知りたい――彼が一体、何を考えているのか。柘榴の心に触れたくなった――もう一度ゆっくり話をしてみたい。私の心がそうしたいと、願っていた。