「不思議な店だったけど、もう一度行ってみたいなって思った」
「えー何それウチも行ってみたーい。あーでも、今週は忙しいんだった。最悪。はぁ~」
「あすなの都合がいい時に案内するよ。場所は覚えてるから」
「よろしく! 任せた!」
休み明け、あすなにこの間見つけた店の話をしたら、とても食いつきがよかった。騒いでいた二人の客はプライバシーのため伏せておいた。ああいう客に遭遇する確率は低いだろう。私の運が悪かっただけということにした。忙しいと言っていたあすなだが、学校をサボっていたことが両親にバレて、外出制限がかかっているらしい。みっちり塾も入れられて、相当参っているようだった。仕方のないこととはいえ、友人が亡くなったのだから、もう少し配慮してもいいだろうと思ってしまう。そこは家庭のことだし、私が口を出すべきではないんだけど。
今日も一日、他愛もない話をして学校が終わった。いつもの帰り道を行けばいいのだが、今回は少しだけ遠回りして帰ることにした。気分的な問題だった。店に寄るつもりはない、大丈夫。この間入ったカフェの様子が気になったので、あの前を通って帰ろう。そう思って、いつもと違った道を辿ったのが運の尽きか――
「お、珍しいもの見っけ」
「は?」
この間の店まで行ったら、階段の手すりの上には、何故か柘榴がいた。足をぷらぷらさせ、黒いウエストエプロンをかけていた。まるで、ここでバイトしているかのような恰好。嫌な予感しかしない。
「……なんで貴方がいるの?」
「僕、ここで手伝いをしてるんだよね。そういう紫苑はどうしたのさ」
店を指し示しながら柘榴は言う。私の予想は見事に当たってしまったようだ。遠回りとかするんじゃなかった。
「私は帰ろうとしていただけ」
「ふーん家このへんなの? この辺ほとんど店しかないけど」
「どこを通ろうと関係ないでしょう。それよりも、手伝いって――」
私が問いかけようとしたら、ドアが開いた。
「クロ、客がいるのにサボっているんじゃないわよ……って。あら紫苑さん。奇遇ね」
中から出てきたのは、アヤメさんだった。あの時、従業員はアヤメさんしかいないのかと思ったけど、違うのだろうか。仲良く話していると思われたのか、微笑ましい目で見られる。
「こんな所で立ち話をするのも落ち着かないだろうし、何かあるんだったら、中で話したら?」
アヤメさんの言葉を無下にも出来ず、私は制服のまま店に寄ってしまった。私と一緒に柘榴も入ってきた。何か気が重い。
これは、まぁ仕方のないこと。不可抗力だと思うしかない。中に入ると、客は二人いた。それぞれ一人客でこの間の客とは違い静かに飲んでいた。当たり前だけど。
私はカウンターに案内された。入ってしまったからには、何かを頼もうと思って、置いてあったメニューを見ると、結構色んな料理があった。デザートや軽食はどれも美味しそうだ。この間はあまり見る余裕がなかったので、見入ってしまった。
メニュー表を見ていた私にアヤメさんは、小声で告げる。
「オススメは、フルーツパンケーキ。よければ食べていってちょうだい。料理はクロのバイト代から引くし、飲み物はお詫びにサービスするわ。クロが迷惑かけたから」
「えー迷惑かけてないし。というかバイト代から引くって、やりすぎじゃないの?」
不服そうな柘榴に対して、アヤメさんは気にせず仕事を回していた。
「はいはい。さっさと、食器を片づけてテーブルを綺麗にしなさい」
「はーい……」
食器を片付けると聞いて後ろを振り返ってみれば、いつの間にか客は帰っていたようだ。店内は私、アヤメさん、柘榴の三人になっていた。
「あれって、バイトなんですか?」
「……そんなところね」
アヤメさんはあまり語らなかった。気になるところではあるが、深く詮索するのも悪かった。接客態度に問題がない以上、何も言うことはない。それにしても、意外だが。
「全部終わらせたよ」
「ありがとう。後は自由にしていいわよ」
「やった。じゃあ紫苑と遊ぶね」
そう言って柘榴は私の横に座った。エプロンはとっており、夜に会った時と同じ姿をしていた。とてもご機嫌な表情をしていたので、私は事務的に接することにした。
「話すことないんだけど」
私としては、一刻も早く立ち去りたい気分だった。でも、アヤメさんの料理は少し気になっている。柘榴のバイト代から引くと言われて、若干気が引けるが。
「まぁまぁ、そう言わずに。なけなしの給与で奢るからさ。アヤメの料理は美味しいんだよ。変なものも入ってないよ」
「最後のは余計。どうする? クロがうるさいなら無理していなくてもいいのよ。寄り道が駄目な学校だったら申し訳ないし」
「えー」
そう言われると、こちらも申し訳なくなる。話すことはないといったけど、気になることはたくさんある。空魔に関しての情報とか。様々なものを天秤にかけた結果、私はここに留まることにした。
そして、オススメと言っていたフルーツパンケーキとホットココアを頼んだ。アヤメさんはホットココアを淹れた後、厨房の方へ行ってしまった。とんだ誤算だった。柘榴と二人きりになってしまった。柘榴が作るとは思えないし、当然のことだったのに。やることなすこと、裏目に出ている気がする。
「まさか、紫苑がここに来るとは思わなかったなー」
「私だって、貴方がこんな場所にいるとは思ってなかった」
「偶然ってすごいね」
「……柘榴は」
「クロでいいよ」
「嫌」
「なんでさ」
「そこまで仲良くなった覚えないし」
「ちぇ」
少し言い過ぎた気もするけど、これくらいじゃないと伝わらないだろう。近づきすぎて空魔にやられても後味悪い。
「馴れ馴れしいの好きじゃない」
「……そうかぁ。そうだよね」
柘榴はどこか寂しそうな顔で笑っていた。どうして、そんな顔をするんだろう。こんなに私は冷たくしているのに、彼は気を悪くすることもなくただ笑うだけ。私の柘榴に対する感情は、普通の感情だと思う。だけど、どうしてかな。柘榴を見ていると不思議な気持ちになる。
「空魔の場所に居合わせるような人、信用出来ないし」
「そう言われてもね、何となく分かるんだよ。君らだって、探知してあの場所にいるでしょ。それと似たようなものだよ」
空魔を探知出来るのは、研究所の機材のおかげだ。あまり、把握はしていないが空魔発生時に出現する、微妙な変化を感知しているらしい。柘榴にはそれが分かるとでもいうのだろうか。霊感的な――と思ったけど、空魔は幽霊ではない。全くの別物である。
「霊感みたいに言うね。でも、空魔は幽霊じゃない」
「知ってるさ。けどね、空魔の泣き声が聞こえるのは本当。彼らは、いつも泣いているんだ」
「どういうこと?」
「魂の痛み……彼らは叫んでいる。そう、魂の叫びだね。一体、何を求めているんだろうか」
柘榴の金色の瞳が妖しく光って見えた。空魔が泣いているなんて、あるわけないと思いかけたが、元は人間の空魔だっているのだ。空魔のよく分からない声は時折、柘榴の言っているような叫びに聞こえることもある。
しかしあくまで、そう聞こえるという錯覚の話だ。空魔に理性などないし、そもそも感情を持ち合わせていない。持っていたら、人を襲うなどしないはず。
「彼らに救いはないのかな」
「本当に苦しんでいるのなら早く殺した方が空魔のためだと思う」
「確かにね。どうせ、長生きしても迷惑でしかないから」
「…………」
全ての人が空魔になりたくてなったわけではない。どうしようもなくて、抗えなくて、暴れることしか出来ない。もがくように、人を喰らう。空魔がそんな風に思っているのかは分からないけど、たまにそう見えてしまう。空魔になってしまったら、元に戻す術はない。だからこそ、早く楽にしたほうがいい。
だが、柘榴の言葉を聞いて少しだけ揺らぐ自分がいる。あすなの友人を殺したときと同じ感覚。私たちは慈善事業をやっているわけじゃない。正義の味方でもない。それなら、何の問題もないのでは――何も考えなくていいのでは。
「どうかした?」
「なんでもない。貴方が変な話ばかりするから悪い」
「うーん。なんかごめん。それにしても、変な話かぁ……興味深い話だと思ったのに」
「だったら、センスないね」
「うわ、バッサリだ」
柘榴と会話をしていると、何だか疲れる。ちょうど一息ついたときにアヤメさんが、料理を持ってきてくれた。美味しそうな匂いがする。
「何だかんだで盛り上がっているわね。お待たせしたわね。はい、どうぞ」
「おぉ……」
苺やブルーベリーやバナナがたくさん乗ったパンケーキが出てきた。パンケーキはふっくらしていて、食べ応えがありそうだ。一口食べてみると、ほどよい甘さと触感がたまらない。
「美味しいです」
「嬉しいわ。ありがとう」
「僕の分ないの?」
「あるわけないでしょ。というかクロ、さっき材料をつまみ食いしたでしょう。白を切っても無駄よ」
「……さぁ」
柘榴は平然とすっとぼけていた。つまみ食いとは手癖が悪い。せっかくいい店なのに色々と心配になる。
「こんな調子で本当にバイト大丈夫なんですか?」
「やる時はやるから問題ないのよ。食べ物をあげれば言うこと聞くから」
「それが目的っていうか、アヤメの料理はそこそこ美味しいからねー」
「そこそこ、じゃないでしょう」
アヤメさんは笑って言っていたが、どこまで本当なのだろう。従業員というより、餌付けされている動物に近い気がする。マスコット?
「働くっていうよりはただの手伝いって感じだな。でも、ほどほどに暇だからちょうどいいよ」
真実は分からないけど、アヤメさんの態度はそこまで邪険にしている様子でもないあたり、上手くやっているのだろう。だが、手伝いを頼むなら、他に人を雇った方がいい気もするが。
それから、柘榴の話を聞き流して、ホットココアを飲みながら、食べ進めたらあっという間に終わってしまった。気付けば夕方になっていた。学校から帰る分にはどこへ行ったとか、報告が要らないとはいえさすがに長居しすぎた。
「ごちそうさまでした。会計お願いします」
「クロの給与から引くからいいわよ」
「だってさ。プレゼントだと思って」
二人に気圧されて私は頷くしかなかった。
「……ありがと」
「礼はいいよ。今日は付き合ってくれてありがと。また会おう」
出来れば柘榴がいない方がいいんだけど――と、思いながら店を後にした。この間はいなかったし、いないときの方が多いかもしれない。しばらくは様子を見てみよう。申し訳ないけど。何となく振り返ってみれば柘榴がにこにこしながら、階段の手すりの部分に座って手を振りながら、見送ってくれていた。店から出た後も、色々と考えてしまう。これは借りが出来てしまったのだろうか。柘榴が奢るメリットなどないのに、絶対何かがある。
やはり、払うべきだったか――とか複雑な思いを抱えながら、足早に店から遠ざかった。