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 研究所まで無事に辿り着き、廃ビルであった出来事を水城さんへ報告すると難しい表情をした。

「お前たちには申し訳ないが、すげぇ面倒くせぇことになってきたな」
「正直すぎです。すごい大変だったんですから!」

 茉莉花が水城さんに不満をぶちまけた。核のこともそうだが色々あって文句ばかり言っていたが、水城さんは真面目に聞いてくれた。

「核に関しては不確かな情報が多いから、あまり口外しないように言われているんだ。けど、アレが空魔になった人間の強い思いから出来ているのは事実だ。思うところはあるかもしれないが、ハーツ以外に有効な手立てがないからな。だから、お前たちのやっていることは咎められることじゃない。この世に必要なことだ」
「そう……ですよね!」

 茉莉花は水城さんの回答を聞いて落ち着いたようだ。水城さんはちょっとキツいけど、はっきりといってくれるので安心感がある。

「人型の空魔の存在やそいつの発言に関しては、こっちも調査してみる。前に月宮が言っていたのとはまた、別の個体なんだな?」
「はい。全く違います。この間のとは違って、すごく嫌な感じがしました」

 最初に会った空魔とは違って、明らかな敵意を感じた。性格も悪く趣味も悪い。見た後に不快感しか残らない。

「これも調べるしかないな。人型の空魔に関しては……あまり下手に手を出さない方がいい。どれほどの力を有しているのかは知らないが、空魔を作れる以上、迂闊に攻撃を仕掛けても返り討ちに会うかもしれない。ヤバいと思ったら逃げろ。今回のように見逃してくれるならいいが、そうはいかないときの方が多いだろう」
「倒せれば倒していいんですよね!?」

 倒せればと言っても、そんな簡単に空魔が倒されると思えない。あの空魔はまだ手のうちを全て明かしていないのだ。他の空魔とはまた違った能力を持っているかもしれない。

「……意気込みは買うが、死んだら終わりなんだぞ。姉妹揃って空魔にやられるとか、やめてくれよ」
「は……はい」

 茉莉花は思い切りへこんだようだった。そういえば、水城さんは茉莉花のお姉さんとは知り合いだったんだっけ。そう言いたくなるのも仕方ない。にしても、ストレートすぎる気もする。

「きっついですねー」
「はっきり言わないと、茉莉花はすぐ突っ走るだろ。昔から変わんねぇからな」
「……昔から?」

 霞が水城さんの言葉に疑問を抱いたようだ。もしかすると、茉莉花から聞いてないのだろうか。水城さんは私と同じことを思ったのか視線を茉莉花に向けつつ、関係を説明してくれた。

「茉莉花とはエンプティに入る前からの知り合いなんだよ。あいつ――蘇芳もそうだ。姉繋がりでな」
「お姉さんの噂は聞いていましたけどそっちは初耳ですね」
「ちょっと、何勝手に説明してるんですかー!」
「別にいいだろ。つーかお前……空木に言ってなかったのか。確かに言わなくてもいいことだけどな……戦闘には関係ない情報だし」
「そうですよ! 聞かれてませんし。あと、個人的に信用してない」

 茉莉花ははっきりと言い捨てた。決してソリが合わないというわけでもないだろうけど、複雑な関係である。散々な言われ方をされた霞はと言うと、ショックを受けるどころか笑っていた。

「確かに。僕が茉莉花だったら自分みたいな奴には絶対言わないね。何言われるか分からないし」

 傍から聞いていて、どうなのかと思う。冗談なのか本音なのか、反応に困る発言だ。茉莉花は申し訳なくなったのか、ボソッと呟く。

「……別に隠していたわけじゃないし。気になるなら後で話すけど?」
「大丈夫だよ、今は。知りたくなったら聞くから」
「あっそう」
 
 聞いて欲しいのか欲しくないのか、若干茉莉花の言葉には刺があるように思えた。とはいっても、大体いつもこんな感じなので問題ないだろう。
 話が逸れつつも、水城さんへの報告も終わりになってきて、情報がまとまってきた。

「当分の間は、空魔を倒すことに専念。人型の空魔は様子を見る。攻撃されたら対抗する。隙を見て逃げる。それ以外は刺激しないこと」

 水城さんの指示を聞いて報告も終わり、茉莉花と霞は先に帰っていった。葵と私は水城さんの指示で残っていた。少しだけ気になる点があったとか。
 
「今回の人型の空魔は全員が認識したんだな」
「そうですが……」
「…………」

 水城さんの視線は私に注がれている。私が夢を見ていただけだと思いたかった世界は、現実で容赦なく目の前に現れた。
 どうせ、自分しか見ていない景色なので、言っても理解されない。
 黙っていようと思ったけど、水城さんの目はごまかせなかった。

「……葵たちが認識する前に、私はクロユリと接触しました。そのとき葵たちは認識していなかったようですが」
「そうだったのか?」

 やはり、葵たちは気づいていなかった。あの場所には私とクロユリしかいなかった。彼女の反応を見ると、それも予想外だったように見受けられる。いや、予想外というよりは、想定の上で驚いているというような――

「あのとき……私が膝をついていたとき。元の世界に帰ってきたみたい。それよりちょっと前は別の世界に行っていたような感覚だった」
「アイツの言い回し、そういうことだったのか。少し変だとは思ったが」

 ――初めまして、とそうじゃない人も。

 律儀にこんな言い方をするのだから質が悪い。下手すれば私が空魔と繋がっていると、思われかねない言い方だ。

「別世界……人型空魔には別に住んでいる世界があるのかもしれないな」
「私と単独で接触した際には、やりすぎると怒られると言っていたので、他にも仲間がいそうです」
「お前が最初に出会った人型の空魔と、繋がっている可能性が高いな」
「あの場ではクロユリしか確認出来ませんでしたが、恐らくは」

 あのクロユリという空魔はかなりお喋りだった。空魔には秘密もへったくれもないのだろうか。彼女の中で気になる点でいえば、人間を見下しているように思える発言の数々。馬鹿にしていた空魔も元を辿れば人間だ。それを雑魚と言い放って、他とは違うことを強調していた。人を憎んでいると言い難いが、悪意に満ちた空魔であることには変わりない。というか人間を馬鹿にしているが、彼女もまた元は人間だったのではないのだろうか。あまりにも謎が多い。

「クロユリは人を実験台にしているみたいですし、警戒が必要だと思います」
「そうだな。これまで以上に気を引き締めていくしかない。今日のところはもう帰っていいぞ。ゆっくり休め」

 水城さんは情報をまとめるそうなので、私たちはそれ以上、議論せずに作戦室を後にした。人のいない通路を葵とゆっくり歩いた。話題はさっきの話に戻っていく。

「別の世界か、実際見たことないから何とも言えないが、俺があの時見たのは、膝をついている紫苑の姿だった。急に視界に入ってきたって感じだったな」
「空魔は別世界から来ているのかな。でも、クロユリは作っているって言ってたね」

 大仰な言い回しをしているが、全ての空魔を作ったと彼女は言っていない。クロユリもまた空魔であるのなら、彼女を作った存在がいる可能性がある。私たちの届かない場所に、そのような存在がいるのかもしれない。

「……ここまで事態が動いているとなると、全て分かる日が近づいているのかもしれないな」

 葵は空を見上げながら、独り言のように呟いた。私たちは真実に近づいているのか。この情報量は確かに尋常ではない。そう思うと、一層気が引き締まる。

「分かる、か」

 確かまた会えるといいとか、不吉なことも言っていた。出来れば二度と会いたくないけど、全ての空魔を倒すには避けては通れない道。

「何にせよ、情報が集まるのを待つしかない」
「えぇ」

 町に少しずつ広がっていく、空魔の謎と闇。早く晴れて欲しいと願いながら、怒涛の一日は終わりを迎えたのだった。