16

「紫苑!? 大丈夫か?」
「あお、い……? あれ……ここは」
「どうしたの。しっかりしなさいよ」
「何かあったの?」

 周りには葵たちがいた。私は元の場所へ戻ってきたのか。じゃあ、さっきの少女は夢――と思いきや、覚醒を促すような声が飛び込んで来る。

「残念! 夢ではありませーん! じゃーん、クロユリちゃんリアルへ顕現しましたわ!!」
「なっ……」
 
 声のする方を見れば、先程見た少女がピースサインをして浮かんでいた。先程までの物静かな雰囲気とは一転して、茶目っ気あるポーズをして、元気で朗らかな声を出していた。先程と違う点といえば、姿をみんなが認識しているということ。葵たちもクロユリの姿を認識しているようで、くぎ付けになっていた。

「……何あれ」
「知らないよ。いつからいたんだろ」
「何者だ」

 葵たちは彼女の姿を今、この瞬間初めて見たのだ。でも、私はさっき見ていた。先程の場所といい、会話といい何だったのか。
 クロユリは困惑している私たちをよそに自己紹介を始めた。

「初めまして、とそうじゃない人も。ワタシはクロユリ。アナタ達が空魔と呼んでいるものに近しい存在。でも、普通の空魔と一緒にされちゃ困るのよぉ。だって、ワタシは空魔を作る者だから!」

 クロユリが手をかざすと地面を裂いて黒い影のようなものが湧いてきた。数は一つなのか複数なのかで、私たちを取り囲むように影が出てくる。ドロドロとしていて、動きは出来の悪い泥人形のようだ。

「まさか、空魔か!?」
「いきなり何なのよ。ワケ分かんないんだけど!」
「この場を切り抜けないと、ヤバそうだね」

 空魔の動きは鈍く攻撃も単調だった。適当に攻撃をしても、あっという間に崩れていく。あの時、敵対するつもりはないといった矢先にこれか。そもそも全然期待してなかったからいいんだけど。

「よっと」

 霞が戦輪を投げると綺麗に空魔は真っ二つになっていく。核は大体真ん中にあるようで、そのまま復活することなく消えていく。

「気持ち悪いわね!」

 茉莉花は空魔を片っ端から鉄槌でぶっ飛ばしていた。衝撃で核が壊れていくのか、空魔は灰になって消えていく。空魔の数は減っているが、素直に喜べない。何故なら、手応えがないというか、やけにあっさりしていた。湧いてくる空魔を一匹残らず潰しているが、どれも呆気なく消えていく。
 この光景――先日の公園での戦闘を思い出す。あそこにいた空魔も鈍い動きのまま死んでいった。
 葵の方を見ると、彼はクロユリと相対していた。クロユリは悪意を滲ませ、見下すように嗤っている。

「何なんだお前」
「さっき申し上げた通りですわ」
「空魔だというのなら、今すぐ消えろ」

 剣の切っ先がクロユリへ向かっていくが攻撃は避けられ髪の毛が掠る程度だった。それでも攻撃を完璧に回避出来なかったことが、気に入らなかったのかクロユリは舌打ちをした。

「……野蛮ですこと。これだから人間は。感情に支配され、下らないことを考えるんですわ。ねぇ、そう思いませんこと? アナタの身近な人とか?」
「空魔に何が分かる」

 葵の雰囲気が変わる。明らかに苛立っているようだった。空魔の数も少なくなってきて、クロユリはきょろきょろ見渡していた。

「えぇそうですわ。ゴミの気持ちなど分かるはずがないでしょう。あーあ雑魚も倒されちゃいそうだし……もうここに用は無いな。材料は使い切っちゃったし」
「材料って何よ。あんたさっきから、意味不明なことばっか言ってさぁ。分かる言葉で言いなさいよ!」
「え、言ってほしいの? 知らない方がいいと思うけどねぇ……って。おわ!?」

 クロユリの横を戦輪が掠っていく。さりげなく攻撃を仕掛けているとは、霞も抜け目ない。

「口先だけが取り柄なら、もっと喋ってくれてもいいんだけど。もっとも、有益な情報だけね」
「あら。別に大したことじゃないけど……」

 クロユリは地面に降り立った。空魔が出現した床をこするように踏みつける。

「アナタ達が倒した空魔は元人間。材料はここらへんにいた人間共……お掃除も兼ねて色々混ぜて作りましたの。ま、ゴミ屑みてーなヤツらだったから、核も何も残らないんですけど。とんだゴミ処理でしたわねぇ。ご苦労様ですわ」

 茉莉花は絶句し、葵と霞は表情をあまり変えなかったが少し眉をひそめた。
 人間から空魔になることもある以上、そういったことも出来るのかもしれない。あの醜悪な空魔がこんなところで嘘を吐くとも思えない。

「空魔は作れるのですよ! だって、空魔は人間や人間の心から生まれるものでしょう? 人間がいる限り空魔は消えない。人間が人間を淘汰する――なんと滑稽。悲しみや憎悪は増して、とめどなく世界へ溢れていく……」

 クロユリの不吉な高笑いがビルの中に響く。私たちは縛られたかのように動けなかった。

「というわけで、今夜はこれで終わりですわ。また会えるといいですわね。キャハハハハハ!!」

 ビルの中には私たちだけが取り残された。空魔の影など最初から無かったように、静けさが肌に伝わってくる。その中で、最初に口を開いたのは茉莉花だった。

「……空魔は作れるって、じゃあ、あいつが全ての空魔を作ってるってこと? でも、あいつ自身も空魔みたいなこと言ってたけど……あぁもう。何なのアレ!?」
「言うことを全部鵜呑みにしたら、それこそ奴の思うつぼだ」
「さっきの空魔、ここにいた人間だって言うけど……どうなんだろうね」
「核も残らなかったし、ここの人間かは分からないな。アレの性格からして嘘ではない気もするが……」
「……核も残らなかったって、どういうこと?」

 私が聞くと、葵は口を滑らしたと言いたそうな、何とも言えない表情をした。核が残らない空魔と人間、どう関係あるのだろうか。もしかすると、核を残す空魔って。

「核が残るのは元々人間だった空魔、じゃないの。別に隠すことでもないと思うけどね」

 葵の言葉を引き継いだのは霞だった。霞の言い方からして、確証を持っている様子ではなかった。
 しかし、葵の表情からして霞の言ったことは事実のようだった。葵は私たちの様子を見ながら説明を始めた。

「……霞の言う通りだ。核を残すのは空魔になる前、人間だった者。核を残すにしても条件がある。空魔になる前……人間だったときに強い思いを持っていた者が核を残しやすいと言われている。核には空魔になった人間の情報がたくさん詰まっていると言われているが、未だによく分かっていない。ちなみに感情由来の空魔は核を残さないんだ」

 空魔になる直前に強い思いを抱いていたものが、核を最期に残す――だからあんなにも輝いて見えるのだろうか。

「……それじゃあハーツの材料って人の心なの? 集めていた核は全て人だったの……?」

 茉莉花が手元のハーツを見ながら、問いかけるように呟く。あまりにも信じられない事実のようで、茉莉花は震えていた。

「研究員は知っていたようだが、隊員にはあえて教えていない。余計な情報を入れて、戦闘に支障を出したくないんだろう」
「知らなくても、薄々気づいていたけどね。残る空魔と残らない空魔の違いとか、それくらいしか思いつかないし。だったら、空魔が人間になる情報も隠しとけばいいのにね」
「葵は元々知っていたの?」
「……ハーツを作ってもらった時に、五月七日さんが言っていた。本人はうっかりと言っていたが、どうだろうな」

 葵も五月七日さんの考えていることは分からないようだった。分かったら逆にすごいかもしれない。どう見ても楽しんでいるようにしか見えないし。

「あーッもう!! 情報ありすぎ!! 頭おかしくなりそう!!」

 茉莉花が突然むしゃくしゃしながら叫んだ。茉莉花の気持ちは分かる。私も様々な情報が一気に入ってきて整理出来ていない。
 今日一番のポイントをまとめるならクロユリの存在だろう。あの人を嘲る態度、見ていて良いものではないし、野放しにしておくわけにもいかない。
 クロユリが一人で動いているのなら、彼女を叩けば解決しそうだが、そう簡単に行きそうにはなかった。彼女の言い草からして、他にも仲間がいるように思えた。一人や二人じゃないと考えた方がいい。
 茉莉花もどうやらクロユリについて考えているようで、大層憤っていた。

「何なの? あの空魔。人を何だと思っているワケ!?」
「空魔の言うことを真に受けない方がいいよ」

 私は冷静に茉莉花をなだめるが、そう簡単に割り切れることではないだろう。私だって何も感じていないわけじゃない。思うところはある。

「そうは言うけど……! 空魔の核にしろ、空魔の存在にせよ。私たちは人間同士で殺しあっているようなものなの?」

 茉莉花はクロユリの言葉が引っかかっているようだった。空魔の核は人間の心から出来て、それを振るうのは人間。空魔は人間か人間の負の感情から出来る。いたちごっこなのは否めない。
 だけど、私たちが手を止めてしまったらこの世界はあっという間に空魔に飲まれてしまう。

「空魔になった人間はもう人間じゃない。殺すことでしか救えない。俺たちのやっていることは必要なことだ」
「人から空魔になるっていうのは分かっていたことだし、やることは変わらないよ。放置したら空魔だらけになっちゃうし」

 核が人間から出来たものだとしても、そこから人が復活するわけではない。私たちは一つでも、空魔による被害を食い止めるために空魔を殺すだけ。霞の言う通り、やるべきことは変わらない。誰かになじられようが、私たちに示された道は一つしかない。
 茉莉花はぐっとハーツを握りしめ前へ掲げた。答えは決まったようだった。

「……そうよね。空魔が増えたら終わっちゃうもの。絶対倒す! ついでにあのデカリボンもこの世から消す! これがやるべきことね!」
「その調子。頑張れ」
「あんたもでしょ!」

 茉莉花は霞の足を蹴る。いつもの調子が戻ってきたようだったが、無理をしていないだろうか。

「紫苑は核について、驚かないんだな。驚くようなタイプじゃないが……」
「何となく分かってた。教えてくれないなら、知らなくていいことだろうし」
「黙ってて、ごめん」

 葵は申し訳なさそうにうつむいていた。私としては気にはなっていたけど、隠していたことはどうでもよかった。それよりも、あの少女の方が気になっていた。
 人を食ったような態度で空魔を差し向けた少女。人に害をなす、悪意の塊でしかない空魔。

「いいよ。それよりも、あの空魔。人型の空魔ってことだよね」
「そういえば、お前が前に見たのとは別なのか?」
「違う。あんなウザくなかった」

 あんな敵意をむき出しにはしてこなかった。けれども、少女の空魔と同じようにはっきりと喋っていた。人型の空魔だとして、あれらの目的は何なのか。こんなに空魔を生み出して、世界を乗っ取ろうとしているのだろうか。
 私個人の見解としては、そう思えなかった。どちらかと言えば人間を憎んでいるように見える。

「人型の空魔も対処しないといけないのか。帰ったら何から言えばいいのか」
「今日はすごく疲れたわ。新しい敵も見つけたし、また明日から気合入れていくわよ。世のために!」
「気合入ってるね」
「今度出てきたら絶対ブッ叩く!」

 それぞれの思いを胸に秘め、私たちはビルを後にした。外に出ると、風がひんやりと冷たかった。夜はまだ始まったばかりだというのに、深い闇が私たちを包んでいく。