「珍しいこともあるのね。珍しい通り越して初めてな気がする」
「四人行動で調査ねぇ。空きビルの中っていかにも何かありそうだね」
「情報によると、最近になってこの辺りから、空魔の強い反応が起きているらしいな」
今日は私を含め、葵と茉莉花と霞の四人で調査に出ていた。たまにこういうことがある。通常の空魔より強い反応があった場合や、調査目的だと複数チームで行動する場合がある。
今回は空魔の反応が異常に出ている場所があるらしく、空魔の発生源になっているのではないかと言われている。空魔は通常、不特定多数の感情や人間そのものから出現する。そのため場所は色々な場所から発生する。
だが、今回は決まった場所から強い反応が出続けているらしい。反応は消えたり、強くなったりするものの場所は変わらない。しかも空魔の姿はここで確認出来ないらしく、どうして反応が出るのか原因不明だった。かといって、放置するわけにもいかず、持ち回りで監視をしていた。どのチームが行っても収穫がないまま、今回私たちに順番が回ってきた。
「何の変哲もないビルだけど」
「……崩れたりしないわよね」
「戦闘になったら危ないかもな」
私たちが来たのは町外れにある、廃墟と化した四階建てのビルだった。わざとそのままにしてあるのか、単純にお金がないからなのか、今も残っている。ガラの悪い連中のたまり場になっていたようだが、近所の人の話によればここ最近は見かけないらしい。ただ、たまに呻き声が聞こえるとか……ちょっとした心霊スポットになってしまっているようだ。ビルの中は当たり前のように暗く、ところどころ崩れている個所もあった。
「調査なら昼にしてほしいわ。暗いし、気味悪い、気が滅入る」
「昼間は学校だし、空魔が活発化するのは夜だからね。仕方ない」
「ていうか、さりげなく私の後ろにいないでよ。前に行きなさいよ」
「それは出来ないかな」
「……あんたねぇ。人を盾にしようとしてんじゃないわよ」
「何やってんだ」
先頭にいる葵が呆れていた。私は葵の側にいたが、後ろで茉莉花と霞が言い争っているようだった。正確には茉莉花が一人で苛立っていた。正直、どこにいても危険なのは変わらないから、茉莉花が先行してくれたら安心して行ける気がする。とはいってもさすがに、こんな場所で突っ走る愚行は犯さない。
「どこに何があるか分からないから一歩一歩、警戒しろ」
「分かったわ。後ろにいるなら後ろは任せたわよ」
「……今のところ異常無しだよ。葵、これって全部回るの?」
霞がフロアを見渡しながら、葵に問いかけた。ビル自体はそんなに大きくないから手分けすれば時間はかからなさそうだが、この時間帯だと一人で調査するのはあまり気が進まない。
「面倒だが回っていくしかない。四階建てでそんな広くないから、ざっと見て異常がなければ帰る。いなければ退治しようがないからな」
「了解。大変だなぁ」
「よっしゃ、行くわよ!」
茉莉花が一人意気込んだ。気が滅入ると言いながら、やる気満々である。
元はテナントビルだったようで、各階を回るとその時使われていた椅子やカウンターがそのまま残っていた。埃はそれほど被っておらず、最近まで人がいた痕跡を感じさせるものだった。
「ゴミはちゃんと持ち帰りなさいよ。汚いわね……」
「ホームレスとかいたりするのかな」
「いたら怖いんですけど」
「死体とかありそう」
「もっと最悪じゃない!」
霞と茉莉花の他愛のない会話が聞こえるだけで、呻き声らしきものは聞こえてこない。
各フロア見回っているが、どこにも死体はなかった。あったら、事件だし私たちの手に負えないけど。こうして見ると、人の痕跡はあるが空魔の痕跡らしきものは見つからない。そもそも、空魔は道具に干渉しないし、痕跡が残るかと言えば不明である。あるとすれば、空魔になってしまった者の私物が落ちていたりするのが妥当なところだ。
「空魔になった人間もいなさそうだな。情報によれば今現在も反応が出ているらしいが……」
「見事にゴミばっかね。でも、反応があるってことはいるんでしょう?」
「……それにしても、ゴミの匂いが全然しないな。悪臭が漂っていても不思議ではないんだが」
「確かに。消臭剤は別に置いてないけど。そんなもの置くような奴が集まってるとは思えないし」
これだけゴミがあれば、匂ってくるだろうに臭いといった印象があまりなかった。食品類のゴミもあるのに、匂いはしない。密閉空間に近いのに、匂わないものなのか。
私が他のフロアへ行こうとした瞬間――
『臭いのは嫌ですもの、消させてもらいましたわ。穢れは好きですけどね』
別の空間に足を踏み入れた感じがした。漠然とした何とも言えない、雰囲気。ここではない、どこか――この感覚前にも。
足元がふらついたが、なんとか立つことが出来た。あたりを見渡すと、さっきと同じフロアのはずなのに、葵たちの声が聞こえない。それどころか、空間が少し歪んで見える。
「……誰」
「あら、お呼びではなかったのですが……なるほど。これが件の……ふふ」
「何が面白いの」
「失敬、初めまして。ワタシはクロユリ。アナタ方が空魔と呼ぶ存在の一つ。正確には少し異なるモノですが」
私の目の魔には大きな赤いリボンをつけ、丈の短い着物のような衣服を纏った少女がいた。髪は日本人形のように長く、艶やかにしなっていた。しとやかな姿とは対照的に少女は見るものを不安にさせる、薄気味悪い笑みを浮かべていた。この間の人型空魔とは明らかに雰囲気が違う。
「本当に空魔なの?」
「そうなんですよ。空魔なんですよ~」
「空魔にしては、はっきり喋るのね」
「ワタシはそこらへんの雑魚とは違い、特殊な存在ですからね。かなり理知的に見えるでしょう、ふふ」
「そこまでは見えないけど、普通のとは違うっていうのは分かる」
雑魚と言うあたり、かなり傲慢な性格をしている。かといって、その姿に誇りがあるようでもなく単純に自分が格上の存在だということを誇示したいように思える。一体、何の目的があって空魔がこんなことをしているのか。
「それで、私に接触してなにがしたいの。みんなは無事なんでしょうね」
「……別に接触したくてしたわけじゃないんですけど。ワタシの姿、本来ならこの段階では見えないはずなんですよぉ?」
クロユリは私との接触はあり得ないと言っているようだった。そうは言われても、私だって分からない。むしろ、こっちが引き込まれたのかと思ったのだから。
「何を言ってるかさっぱり」
「今は分からなくてもいいんじゃないですか。そのうち分かるでしょう」
クロユリの言っていることはいまいち要領を得ない。空魔のような曖昧さもあれば、人のような意思も見受けられる。空魔なら見境なく襲ってくるかと思ったがそうでもない。それならそれで、下手に刺激しない方がいいかと思って、彼女の会話に乗っているのだが――
「この空間でアナタと戦う気はありませんから、安心してくださいな。やりすぎるとワタシがあの子に怒られちゃいますので」
考えていることが分かるのか? 目の前にいる存在は一体何なのだろう。少女のような姿をしているのに、一切可愛らしさが感じられない。それどころか不快感の方が強い。邪悪という言葉が似合う気がした。
「あら~結構鋭いのですね。分かる人には分かっちゃうみたいですが――ワタシの本性。お披露目する機会はまた今度、ということで。そろそろピントを合わせてあげましょうか」
少女が指を鳴らすと、世界がぐらりと揺れ私は思わず、膝をついた。一体どこへ飛んだのか――気持ち悪い。吐き気がする。全部夢であればいいのに。