13

 空魔が消えた翌日、いつものように学校へ向かった。生徒たちは変わりなく過ごしている。ただ、その中にあすなの姿は無かった。席に座って時間が経つのを待つ。やがて先生が来てホームルームが始まった。眠たくなるような話を聞きながら、窓の外を眺めていた。時間はあっという間に過ぎていき、放課後になる。
 ホームルームが終わって、授業がすべて終わっても、あすなは登校してこない。
 それどころか、その次の日になっても、彼女は学校に来ることはなかった。あすなが来なくなって二日目の放課後、事態は動く。スマホが珍しく振動したのでチェックすると一件の通知が入っていた。
 それは学校に登校してきていないあすなからだった。変なことに巻き込まれていないようでよかった。内容は行きつけのカフェに来てほしいとのことだった。事件に巻き込まれてないとはいえ、少し不穏なメッセージである。特に予定もないので、あすなと会うことにした。身支度を整えてから、あすなに指定された店へ行くと、彼女はすでに席に座っていた。あすなは制服を着ておらず、動きやすそうな私服だった。

「ありがと! 急だったのに来てくれて……はぁ」
「別にいいよ。それでどうしたの? 二日も学校欠席したことに関係があるの?」
「あー……ちょっと、じゃないか。重めの話だから紫苑が一番話しやすくて。駄目だったらいいんだけど」

 あすなはすでに飲み物を注文しており、ため息をつきながら、ぐるぐるとストローで中身をかき回していた。
 彼女の相談事はどうやらいつも所属しているグループのメンバーには話しづらい内容らしい。単なる愚痴だったら問題なさそうだが、一体何なのだろうか。嫌な予感しかしない。

「私でよければ聞くけど」
「マジありがとぉ……ホント、誰にも言えなくて。はぁ」

 あすなはかなり憔悴していた。精神的にも肉体的にも疲労しているようだった。さっきまで、あちこち走り回っていたかのように、息切れも激しい。他にも、瞳が重たそうに見える。こんなあすなは初めて見た。

「で、何があったの?」
「……何がっていうか、事件なのかもわからなくて。正確には、私じゃなくて友達になんだけど……この間、話した子いたでしょ。覚えてる?」
「覚えてるよ。都市伝説好きの子だっけ」
「そうそう」
「その子がどうしたの?」
「実はさぁ……」

 あすな曰く、二日前その友達と通話をしていたらしく、内容は空魔に関することだったらしい。友達は空魔を見つけるべく、公園あたりをうろうろしていたらしく、その途中で通話が切れてしまったらしい。不思議に思ったが、直前まで普通だったので、電波が悪くなったのだと思いそのまま放置したようだった。友達との通話が切れてから大分時間が経過した後、SNSをチェックしたらダイレクトメッセージが来ていたらしい。確認したらその子の両親らしく『娘が帰ってきていない、何か知らないか』と書いてあった。とりあえず連絡先を教えて公園のことを伝えたが、そこにはいなかったという。

「んで、昨日今日は探して、探して、探しまくったんだけど、ぜんっぜん見つかんない。警察には言ってあるらしいけど、大丈夫かなぁ」
「……ねぇ、その公園って?」

 私は恐る恐る聞いてみた。私の予感が正しければ、その公園というのは――

「んとね……ここ、ここ」

 あすなが見せてくれたスマホの画面を見て、息をのんだ。そこは私と葵が二日前に空魔を討伐したところだった。あの時の空魔は消滅したはずだ。それ以降は特に音沙汰も無い。復活もしていないということだ。

「明日は普通に行くけど、色々と手に付かなくて。つーかこのこと親にバレたらヤバいし。だけど、紫苑にだけは伝えておこうと思って。こういうの話せるの紫苑くらいしかいなくてさ……何か変なことに巻き込んでごめんね。奢るから許して」
「別に、いいよ。気にしないで」

 思った以上に厄介なことになっていた。もしかして、空魔に食べられた――なんて言っても、ふざけていると思われそうだ。憶測の域を出ない以上、不要なことは言わない方がいいだろう。不安を煽るだけになってしまう。

「警察に任せた方がいいと思うよ。あすなも、あんまり気負わない方がいいと思う。自分のせいだとか、そんなことないから」
「紫苑……」
「とにかく、今は食べよ」
「うん……」
 
 あすなは覇気がなく項垂れていた。自分がもっと強く止めていれば――もしものことを考えても過ぎた時間は戻らない。気の利いた言葉はかけられないけど、あすなは悪くない。それだけは揺るぎない事実だ。結局、関係ない素振りをしても、空魔はお構いなしに日常へ侵入してくる。無視など出来るはずがなかった。こんな身近な所で被害が出るとは、正直思っていなかった。帰ったら聞いてみよう。

 もう、手遅れかもしれないけど――

 あすなとひとしきり話してから、私は急いで研究所へ戻って水城さんの所へ行った。

「あの、いきなりで申し訳ないんですけど、二日前の公園の空魔について、調べたいんですけど」
「いきなりどうした」
「……実は」

 今日あったことを説明すると水城さんは難しい顔をしていた。もう解析は出来ているはずだろうけど、何かあるのだろうか。

「本来なら資料を見る権利はないが、知る覚悟があるなら、病院にある資料室へ行くといい。話は伝えておく。ちなみに詳細は近日伝えることになっているから、知ったとしても友人には絶対何も言うなよ。まぁお前なら分かっていると思うが、念のため言っておく」
「その言い方だと、手遅れみたいですね」
「……あぁ」

 空魔の被害を止めようとしても、零れ落ちてしまう命はある。私たちは万能ではないし、慈善事業をしているわけではない。救えないものはあるし、切り捨てるときだってある。

「ありがとうございます。失礼します」

 作戦室を後にして私は速足で病院へ向かった。あの日の出来事は空魔の状態も含めて気になっていた。あすなからは持っていた道具の画像を転送してもらっていた。その時点で、もう分かりきっていたのだ――あすなの友達の末路を。ただ、確信がないため資料が欲しかった。もちろんあすなに伝えるつもりはない。伝えたとしても、到底受け入れられるものではないだろう。
 病院へ着くとそこには五月七日さんが待ちかまえていた。

「どーもーお待ちしておりましたわ。資料室は、末端の人間では入れませんからねぇ。管理者のキーが必要なんですよ」
「お忙しいところすみません」
「忙しくないんでいいですよ」

 ウソかホントかは分からないことを言いながら、五月七日さんは案内してくれた。病院内に資料があるなど思ってもいなかった。だから所長はうろついて欲しくないと言ったのか。五月七日さん曰く研究所にも資料はあるが、分類で保管場所が分かれているらしい。病院内では何が保管されているのか聞いたら、資料室へ行けば分かると言われた。
 
「それにしても、資料室の入室許可を頂くとは、水城さんってば甘いですね。どっかの不法侵入者よりはマシですが」

 以前に不法侵入でもされたかのような言い方だった。果たしてここの警備は大丈夫なのだろうか。

「そんなに重要な部屋なんですか?」
「機密情報まみれですからね。資料室に入ったら私の指示があるまで動かないでくださいね」
「分かりました」

 五月七日さんの注意事項を聞きながら歩くと、目的地までついていた。カードキーをかざすと、あっけなく扉は開かれた。私は指示通り動かないで、周りを眺めていた。こういうのは全て電子保存されているのかと思ったけど、案外ファイルが多かった。膨大な資料に呆気にとられていると、五月七日さんからOKサインが出た。

「これですね。昨日の昨日で、出来たてのほやほやです」

 開かれたページには、あすなから送ってもらった写真と同じ少女がいた。特になんてことのない普通の少女だったが、詳細を辿っていくと私は静かに目を瞑った。

「どうですか? 真実というものは」

 五月七日さんは私の反応を楽しんでいるように見えた。

「……ここに書いてあるのって、嘘じゃないんですよね」
「わざわざ嘘などつく暇はありませんよ。こんなのばかりなので、迂闊に見せられないんですよね。わりと近しい者が空魔になっていること、喰われていることがありますから。水城さんが貴方に許可したのは、牽制の意味合いがあるかもしれませんね」
「余計なことをするつもりはありません。ただ、ちょっと気になったんで。駄目元ですよ。無理なら無理でそれ以上調べようとは思いません」

 死体が残っていない時点で薄々気付いていた。もしかすると空魔に喰われたんじゃないかと、少しだけ心のどこかで思っていた。そっちの方がマシだと思えるくらいに、資料に書かれていた真実は無慈悲なものだった。

「本当に空魔になってしまったんですね」

 資料に書かれていたのは、彼女が空魔になったということ。空魔になってから時間はそれほど経過していない。そこを私たちが退治したという流れだった。あっけなくやられたのは、空魔化して間もなかったからだろう。その後、あすなたちが捜索に来たのだ。彼女の痕跡は解析班が回収してしまうので、当然残っていない。

「あの空魔、動きが鈍かったんです。生まれたてみたいに……」
「そうみたいですね。そして解析の結果、その子だということが分かりました。そして、彼女の身辺調査もしました。あまり、悩んでいる様子でもなさそうでしたから、不思議です。まだまだ研究の余地がありそうですわ」

 五月七日さんは人の生死には無関心で、空魔の生態の方に興味があるようだった。私はその態度に腹を立てることなく、淡々と話をつづけた。

「道具は元々落ちていませんでした。後からふっと湧いてきたように、置かれていました。何かあるんでしょうか」
「後から、ですか。情報が確かなら、人為的に置かれた可能性が高いです」
「そんなこと空魔に出来るんですか?」
「出来るか出来ないは関係ありません。重要なのは空魔を倒した後に現れたということ。つまりは第三者の影ですわ。それこそ人間だったりして……」
「見た感じ、いませんでしたが……」

 と、言いかけて思い出す。あの時、何かの声が聞こえたのだ。葵に聞いたら、そんなものは聞こえないと言われたので私の聞き間違いかと思ったけど、あの場に私たち以外の何者かがいたのなら――

「まぁ、空魔になった以外のことは、分かりませんから。あまり難しく考えない方がいいですよ。こういうのは大人の仕事ですから」

 あくまでも、予想。誰かがいたとして深入りして、今度は私たちが無事で帰ってこられなくなる場合だってある。油断は禁物だ。

「情報はこれくらいしかないので、もういいですか?」
「貴重な時間をいただきありがとうございます。大丈夫です」

 五月七日さんにお礼を言って、私は資料室を後にした。今度は迷わずに病院を抜けた。当たり前だけど。
 改めて、資料に書かれていたことを思い返す――空魔になってしまった人を戻す術はない。空魔に喰われた人間を助けるには殺すしかない。たとえ、それしかなかったとして、私たちのやっていることは正当化出来るのだろうか。五月七日さんほどではないが、空魔について改めて考えさせられる。空魔になった人を殺すというのは、実質人を殺しているようなものだ。
 でも、空魔は殺さないと増えていく。今更、何を考えているんだろう。殺された人にこれまで何の感情も抱かなかったのに、今だってそうやって考える素振りだけ。どこまでいっても、関係なくて交わらないはずなのに――

「まぁいいか……」

 遮断される思考。いつものように、私の役目を果たすだけ。人はいつか死ぬ。早いか遅いかだけの話。

 資料室で調べものをした翌日、学校へ行くとあすなの姿があった。その日はいつものように言葉を交わしたけど、次の日になると一転して――というか、元気そうに見えて、どこか無理している感じだった。周りの友人は気にせず話しかけていたが、あすなにとってもその方がいいのだろう。私と話すよりも、普通の話題で盛り上がって忘れたかったのかもしれない。
 そんなあすなから昼頃送られてきたメールには、友人が亡くなったこと、話を聞いてくれた礼が書かれていた。明日からはいつも通りになるから、と。一通り確認した後、私はスマホの電源ボタンをそっと押し、机の上で頭を伏せた。運命というものは、どうしてこうもままならないのだろう。