昼も夜も何事もなく進んでいく。それが逆に不気味だった。空魔は毎日出るけど、この間のようなイレギュラーな事態は起こらなくなった。空魔の強さも一定で、ピンチになることはない。怪我もそれほどなく帰ってきて終わり。ずっとこれが続けば楽だけど。
昼は学生、夜は空魔と戦い続ける。使命感はないけど、やらなくてはいけないことをやるだけ。ある程度の普通を享受するために私は今日も学校で学ぶ。
とは言っても、聞いているだけの授業は退屈だった。勉強は学校に通っている以上、真面目にやるけどそこまで向上心は無かった。そんなこんなで、時間は過ぎていき、お昼になった。今日はあすなと昼食を食べた。あすな曰く「紫苑と食べたくなったから」らしい。
「この店、行きたいんだけど時間なくってさ。また今度行こ!」
「分かった。あ……これ、美味しそう」
「でしょでしょ? 遅くまでやってるから行こうかなって思ったけど、最近物騒じゃん? 行方不明者出てるっぽいし」
「……そうなの?」
あすなの言葉に嫌な予感がした。行方不明者というのは、もしかして――
「最近、失踪事件があったりするみたいで。あとは殺人事件かな。人がやったっていうより、何かに襲われたみたいな……」
「……怖いね」
「ここだけの話……化け物が殺したり攫ったりしてるって噂」
「化け物ねぇ」
「そういう反応になるよね。けど、いるらしいんだよね。そういうの好きな友達が、めちゃ嬉しそうに調査したいとか言ってたけど……なんて言ったかな」
あすなは思い出そうとしていたが、私はその正体をすでに知っている。嫌というほど、味わっていた。
「あーそうそう『空魔』とかって言ってた気がする」
あすなの口から出た単語は私の考えを肯定するものだった。どうやっても避けては通れない存在であると痛感させられる。
「……危ないからやめた方がいいと思うな。空魔はともかく行方不明の人がいるなら、なおさら」
「だよねー何度も言ってるんだけどね。夜になると出かけてるらしいし。ヤバいよね……何も起きないといいんだけど」
私たちは特に一般人への注意喚起はしない。空魔の存在は知る人ぞ知る神秘――とかは言わないけど、一般には混乱を招くという理由でそこまで伝わっていない。伝承とかでも伝えられているので、知っている人は知っているのだが、知らない人は知らないまま死んでいく。空魔の生態からすれば、知らない方が幸せだとは思う。けれども、何に襲われたのか分からないまま死んでしまうのもまた、理不尽なことだと思う。
けれども、私はそこまで口を出せる立場じゃない。精々、現場に居合わせた人間の安全確保ぐらいしか出来ない。
「その友達ってこの学校にいるの?」
「違うよ。他校の子なんだけど、この近辺に住んでる。ネットで仲良くなって、会ったりしたんだけど。まさか、こんな子だと思わなかったわ。別に趣味自体にケチはつけるつもりはないんだけど。というか、元は同じバンドが好きで話が合ったんだけどね。オカルト話も面白いから聞いちゃうんだよ。空魔って心を食べるとか言ってたけど、どんな感じなんだろ」
「……さぁ。でもきっと、痛いんじゃないかな」
そんなこと、考えたこともなかった。痛みを感じない私では当たり障りのないことしか言えない。
「喰われるっていうし、やっぱ痛いのかな。あーいやいや。やっぱ止めた方がいいよね」
「あすなは空魔を信じてるの?」
「信じてるっていうか、ガチでいたらヤバいじゃん」
「確かに」
「でも、あまり聞かれないってことはいないのかも? うーん……」
空魔の存在がそこまで公にならないのはエンプティが定期的に退治しているからだろう。空魔も以前より増えたとはいえ、追い付いていないわけじゃない。むしろ、出ない日だっている。他のところに移動したとしても、その場所を担当している隊員が倒す。
ただし、夢深町は他より少し多いといった特徴がある。こういった行方不明の噂が立つというのは、空魔が増えている証拠だった。反応があれば倒すし、ここまで倒し損ねたことはほとんどない。
もしかすると別の原因があるのかもしれない。
「嘘は置いといて、夜はあまり出ない方がいいと思う」
「だよね。ウチは塾があるから遅くなるし、迎えに来てほしいけど、二人とも帰ってくるの遅いし。最悪」
「ほんと、気を付けてね」
「分かってるって。あ、もうすぐ昼休み終わるね。んじゃ、また!」
あすなはそう言って私の席から離れていった。噂の件も気になるが、あすなとその友達のことも気がかりである。何事もなければいいのだが、こういうことを思うと大体的中することがフィクションではよくあるが……考え過ぎだろうか。
今日の夜、私は何を見るのだろう。
出来れば、普通に終わって帰って寝て学校へ行きたいな。
~その日の夜~
「っていう話なんだけど」
「……由々しき事態だな。でも、行方不明者の捜索は俺たちの仕事じゃない。空魔を一匹でも多く退治して、被害を止めるしかないな」
葵の言う通り、私たちに課された役目を果たすのみ。誰かが死んでしまっているとしても、私たちは命を蘇らせることなどできない。無情な空魔の被害を最小限にとどめるのが、私たちの出来ること。
「そうなるよね。それで、今日は?」
「人のいない公園だが、今のところ気配がしない」
「それにしても不思議ね。どんなに空魔が暴れても物損被害が何も無いとか」
「人間にしか干渉出来ないってところだけを見れば、幽霊に近いかもな」
空魔の生態といえば、色々あるがその中でも異質なのが、建物や植物などを壊したりはしないということ。とにかく人間だけを徹底的に狙う。心を抜き取られた人間は空魔になるが、その時持っていた私物は綺麗に残っている場合が多い。そこから誰が被害にあったのかを特定し解析する。空魔になってしまった人の私物は私たちが空魔を倒した後に、解析班が回収している。ちなみに解析班は空魔との戦闘の際に被害の後処理も兼ねていた。空魔は感情も何もないと言われているが、人間に執着しているようにも思えて底が全く見えない。
「幽霊だったら、もっと大人しくしてほしいんだけどな」
「幽霊でも人を害することがあるだろう」
「葵、幽霊信じてたんだ」
「今はそんなこと、どうでもいいだろ……」
私の視線の先には、ドロドロした空魔がいた。空魔の形はあやふやで、まるでついさっき出来上がったかのような、不安定さがある。それに核が丸見えだった。
しばらく様子を見たが、活発に動く様子がない。上手く動けない赤子のようにもたついている。
「核を狙えば良さそう。葵がやる?」
「やりたいならやっていいぞ。無茶さえしなければな」
「了解」
空魔に向かっていき核に狙いを定め、鎌を振り下ろすとあっけなく空魔は消えた。後には核だけが残った。最近は見なかったので、まじまじと見てしまった。核を拾い上げてみると透き通るような緑色をしていた。キラキラとしていて、いつ見ても命の輝きのように思えて仕方ない。
「……本部からはこれ以上、空魔の反応はない。帰還するぞ」
「えぇ」
仕事終えて、立ち去ろうとした時だった。
――クス…あ~あ
――クスくす、消えちゃった
――くす、ふふ、あは、作ったばっかなのに、
――返してあげましょう、アハハハハハハ!!
「……葵、何か言った?」
「? 何も言ってないが。どうかしたか?」
「声が聞こえたんだけど、多分気のせい」
「誰もいないし、疲れてるんだろう……ん?」
葵が何かを踏んだようだった。地面を見てみると、そこには女性ものの衣服や黒色のスマートフォンが落ちていた。黒いのはカバーのようで、よく分からないけどクールな感じのロゴがあしらわれている。他にもバッグやカメラが落ちていた。どれも、おそらく同じ人物の私物だろう。さっきまではなかったはずだが、私たちが見落としていたのか。そんなことあり得るのか。
「さっきの空魔、もしかして人だったのかな」
「だろうな。核が残るってことはそういうことだろう……」
「え?」
「……あ、いや。それよりも、こんなに、さっきまで落ちていたか?」
葵はハッとしつつも、周りの道具を見る。どうやら、葵の記憶でも道具がこんなに散らばっていた様子はなさそうだった。
「葵もそう思う? これじゃあまるで――」
幽霊みたいだ、と言いかけたがにわかには信じられない。空魔の被害者の荷物なら、空魔がやったのかもしれないが、そんなことをする空魔など聞いたことがない。
「空魔の仕業か……」
「空魔は道具に干渉出来ないはずじゃない。もしかして、新種の空魔とか?」
始めて会った時から、見かけていないがあり得なくもない。普通の空魔とは違う何らかの存在。私たちじゃ、手に負えない部分が多すぎる。
「解析に回したほうがいいと思う」
「……そうだな。腑に落ちないところが多いが、今日はもう空魔の反応は無いみたいだ。引き上げよう」
私たちはこうして、道具が散らばった公園を後にした。
しかし、私の中では底知れぬ悪意の渦に飲まれている感覚が何故か残った。気のせいであって欲しい――そう思わずにはいられないぐらいに。