あれから数日が経過した。これといった異常はなく、柘榴はあれ以来姿を見かけない。空魔は相変わらず存在するが、逆にそれ以外に特筆すべきことはなかった。
怪我は快方に向かっており、本調子に戻ってきた。その日から私は少し特訓を始めた。肉体的、精神的にも安定して動けるようにするため、色んなことを試した。基礎体力向上はもちろん、ハーツを使いこなすための戦闘訓練。手合わせしてくれる人は少ないけど、ノリのいい茉莉花がいてよかった。今はエンプティ敷地に内にある訓練場で茉莉花と、特訓して一段落したところだ。
「向上心があるだけ他の奴らよりはマシね。生きてさえいればいいと思ってるんだろうけど、生き残るためにも力は必要よ」
「施設にいる人はそこまで使命感をもってやってないから。私も人のこと言えないけど……」
「百歩譲って無くてもいいかもしんないけど。努力しないのは違うでしょ」
「みんなそこまでして、生きたいと思ってないからじゃない」
「何それ!? 空魔に殺されている人がいるのに、意味分かんない!」
やりたくてやっているわけでもない。生きるためにやっている。そうしないと、ここにいることが出来ない。ここ以外に居場所などなく、帰る場所もない。待っている人もいない。集められた孤児は各々が複雑な事情を抱えている。私が彼らの態度を咎めることなど出来なかった。
私としては死にたくはないし、空魔は倒さないといけない存在であることに変わりはない。かといって茉莉花ほど正義感は持ち合わせていなかった。
「そもそも空魔以前に、人に裏切られている子が多いからね。空魔より怖いのは人間かもねぇ、はは」
「蘇芳さん!?」
私たちの会話に割って入ってきたのは、菜花さんだった。茉莉花は思わぬ来訪者に驚きを隠せなかったようだ。まぁ私も少しびっくりしたけど。
「お疲れ様です。暇なんですか?」
「……俺そんなに暇そうに見える? 訓練終わりに寄っただけだって。紫苑ちゃんも茉莉花も元気そうでなにより」
菜花さんの話を聞いて納得した。菜花さんは情報収集にも長けているが、元々はエンプティの戦闘員だった人だ。今は一線から退いているが、たまに隊員の指導をしている。内容は割と自由にやっているらしいが、成果は出ているとか。
私はこの人の訓練を受けたことがないので詳しくは知らない。普段は適当だし遊んでいる方が多く見えるが、やるときはやる人なのだろう。水城さんもそこは認めていたし、多分。
「いきなり現れて、おどかさないでほしいんですけど」
「驚かすつもりは無かったのに、茉莉花はいつも大げさだなぁ」
「お詫びに特訓。付き合ってほしいんですけど?」
「えーいきなり会って早々バトルとか、つまんないな。どうせなら話がしたいなぁ。カフェでのんびり……」
「それなら、戦いながら語って!」
「話が通じないね。紫苑ちゃんどうにかしてー」
茉莉花の勢いに押され気味の菜花さんは、私にヘルプを出してきた。私も少し菜花さんの実力を見てみたい気持ちもあったため、茉莉花の援護をした。
「いいじゃないですか。貴方にとっては遊びのようなものでしょう」
「なーんか含みのある言い方だなぁ。仕方ない……どうせ言っても聞かないだろうし、相手してあげるよ。なんなら二人まとめてかかってきなよ」
「言ったわね! 紫苑、やるよ!」
諦めたかと思えば、煽ってくる。あんな煽り普通なら、受け流すところだが横にいる茉莉花はそんなことしない。売られた喧嘩は全力で買うタイプだった。
茉莉花は意気揚々とハーツを構える。
って、これ私も強制参加なのか。しまった。
~三十分後~
「何で当たらないのよ~」
「武器の相性もそうだけど、単純に実力差じゃないかな」
「もうギブアップする? 大歓迎だよ」
「しません!」
茉莉花がめげずに向かっていくが、彼女のハーツは鉄槌で即効性に欠ける。対して菜花さんの武器は二丁拳銃だった。単純な威力だったら茉莉花の方が高いだろうけど、当たらなければ意味がない。菜花さんは軽やかに茉莉花の攻撃をかわしていた。
「無暗に攻撃したって、当たらないよ」
攻撃を避けながらも、銃口をこちらに向け、容赦なく撃ってくる。普段は飄々としているが、攻撃も防御も隙が無い。銃弾はゴム製で当たっても問題ないが、実践だったら普通に死んでいる。銃弾での攻撃は慣れていないので対処が難しかった。
まして私は当たっても痛くないので、当たっても気づかないかもしれない。そういうことを考えると、慎重に行くべきだった。だが、慎重になりすぎると、今度は攻撃が出来なくなる。八方塞がりだ。
「大きい武器は威力が強い分、動きが鈍り避けやすいんだよ。分かるだろ?」
菜花さんの指摘はもっともだった。茉莉花のハーツは当たれば大きい一撃だが、そのぶん動きが鈍るうえに避けられやすい。空魔は鈍いものばかりではないので、かなり分が悪いと思われる。
「じゃあ、どうしたらいいのよー」
「そんなこと言われても……」
ハーツは自分の意志で最適化出来る。大きさを変えたり、刃を鋭くしたり……後は――
「茉莉花、ちょっと」
「何よ……?」
私は茉莉花へ耳打ちをした。場当たり的な作戦だが、やってみないと分からない。茉莉花は私の話を聞いて、理解したのか頷いた。そして、ハーツをぐっと握りしめる。
「一泡吹かせてやるわ」
にやりと笑って、茉莉花は菜花さんへ突っ込んでいった。さっきと違って、かなり素早い動きになる。どうやら、ハーツの軽量化に成功したようだ。茉莉花は菜花さんを捉えた。私はその間に菜花さんへ近づいていく。
「さっきよりも俊敏じゃないか。でも、全然当たってないよ」
「当てることが目的じゃないし!」
茉莉花は大きく跳躍して、そこから思いっきり鉄槌を下した。正確には振り上げた勢いからハーツを重くしていき、衝撃波を出した。さすがの菜花さんも衝撃波に押されて吹き飛ばされたようだ。その隙を狙った――のだが。
「うーん。惜しいね」
一足早く体制を立て直した、菜花さんに撃たれていたが、そのまま鎌を振り下ろした。それでも、鎌は空を切るばかり。
「あともう少しって時なら有効だろうけど、敵の体力が有り余っているときはお勧めしないよ」
「そのようですね」
私と菜花さんは地上に降り武器をしまった。私の胸のあたりには銃弾の後が残っている。完全に私たちの負けだった。茉莉花が駆け寄ってきた。
「超悔しい! 全部避けないで受け止めてよ!」
「いやいや流石にそれはキツいって。茉莉花さん」
「あーあ。もう少しでなんか掴めそうだったんだけど」
「まぁ、ハーツの質量を自由に変えられるだけでも、十分成長しているって。茉莉花はやれば出来る子だし」
そう言って、茉莉花の頭を優しく撫でた。
私が茉莉花に提案したのはハーツの重さを変えて攻撃することだった。今まで通りだと身軽に動けないだろうし、攻撃は避けられる。ならば、ハーツの重さを自由に変えられたら、機動力も増すのではないかと思ったのだ。茉莉花ぐらいの意気込みがあれば、瞬時に切り替え出来るかもしれないと提案してみた。重さを軽くして、振り上げて下ろす際に重さを増やす流れで、その隙をつければよかったのだが、そこは私の失敗なので茉莉花は悪くなかった。やっぱり、まだまだ精進が必要だと感じたのだった。
茉莉花はというと、悔しさをにじませつつ、撫でられた手を軽くあしらってそっぽを向いた。
「軽々しく触れないでほしいんですけど……」
「ごめんごめん。まぁ、その調子で頑張ってよ」
菜花さんが立ち去ろうとしたが、私は気になっていたことを問いかける。
「菜花さん、さっき空魔よりも人間の方が怖いって言ってましたね。どういうことですか?」
帰ろうとしていた、菜花さんの足がピタリと止まる。
「空魔よりも人の方が怖いなんて。空魔の方が得体も知れないし、人は襲うし怖いじゃない」
人間も人間を襲うことがあるし、どっちもどっちな部分はあるが、菜花さんが言いたいのは恐らく、そういう話ではないだろう。
「茉莉花の言うことはもっともだよ。だからこそ、空魔の糧になる人の心ってのは恐ろしいと思うんだ。人間というよりは、人間の心かな」
空魔は人の心を喰らう。空魔がもっとも好むのは人の負の感情。空魔を生かすのも殺すのも人次第といえる。空魔がなぜ発生しているのかは未だに謎のまま。彼らはなぜ私たちの前に現れたのか。どうして、心を喰らうのか。空魔にしか分からないだろう。彼ら自身も分かっているのか不明なところだが。
「……でも。それでもッ、お姉ちゃんを殺したのは間違いなく空魔じゃない。蘇芳さんだって知ってるでしょ!? 空魔の方が悪いに決まってる!」
「確かに、心無い空魔が殺した。彼女は空魔に全てを奪われた」
肯定する菜花さんの後ろ姿は、どこか暗く冷たかった。拭えない深い闇が、心に纏わりついているように見えた。
「全て?」
「お姉ちゃんは死体も残らず喰われたの」
空魔は基本的に心を喰らう。その際に人の心だけ食べるか、人の体ごと食べるか――と分かれる。心だけ抜き取る空魔は綺麗な死体になるか、空魔になるか。人ごと喰らう空魔の場合は肉だけを喰らう。こういった言い方をするのは、その場に大抵衣服や道具が残るからだ。後は食べ残した破片――体の一部。
けれども、茉莉花のお姉さんは死体どころか衣服や道具も残っていなかったらしい。
「あの日、空魔の反応があって駆け付けたんだけど、すでに遅かった」
菜花さんの遠くを見つめる瞳は普段の態度からはかけ離れていた。どこまでも、暗く深い闇に覆われているように見えた。
それも隠すように一瞬で消えてしまう。
「……茉莉花には申し訳ないと思ってるよ」
「蘇芳さんに対しては別に恨みもありません。出来ることをしてくれたんですから」
私たちは万能ではないし、どうやったって零れてしまう命はある。それを少しでも無くすために私たちはいるのだ。
「……頑張らないといけないね」
「そうよ。蘇芳さん今回はありがとうございます。また、付き合ってくださいね!」
茉莉花は私の横で屈託のない笑みで笑っていた。それでも、菜花さんは振り返らない。
「それじゃ、今度こそ俺は行くから。頑張ってくれよ」
「蘇芳さんもねー」
菜花さんは最後まで振り向くことなく、手を振りながら訓練場を後にした。去った後、何となく気になったので茉莉花に聞いてみた。
「そういえば、茉莉花と菜花さんは知り合いなの?」
割と親しい仲に見えたので、もしやと思ったが案の定だった。
「知り合いっていうか……お姉ちゃんがここで働いていたの。蘇芳さんと柊さんとお姉ちゃんは学生時代からの繋がり。ちなみに蘇芳さんと柊さんは小学校からの顔なじみで、お姉ちゃんと二人は高校からの知り合い」
「水城さんたちが学生時代からの知り合いっていうのは聞いてたけど、そんな昔からだったんだ」
小学校からの昔馴染みの間に入っていった茉莉花の姉。なかなかドロドロしそうな感じではあるがどうだったのだろう。亡くなったお姉さんには申し訳ないが、少し気になってしまった。茉莉花の姉がどんな人間なのかは知らないが、あの二人と仲良く出来るのなら、わりと気の強そうな女性だと思う。
茉莉花は懐かしそうに姉のことを語る。
「お姉ちゃんは、頭良くて真面目な人だった。ただ、ちょっと融通が利かないというか、頑固なところがあるかも」
憂いを帯びた表情で懐かしむように語る。亡き姉の姿を思い浮かべているようだった。
「茉莉花はやっぱり、お姉さんの後を追って入ったの?」
「……まぁ、色々あるけどそんなところ。空魔の存在が許せない。頑張っている人を、無差別に喰い散らかす悪魔、野放しにしておけないでしょ」
色々――あれ、姉の死を知った時の茉莉花は一般人で、空魔の存在自体を知らないはずだ。菜花さんや水城さんが喋るとも思えないし、どういった経緯で知ったのだろう。
少し疑問に思うも聞ける雰囲気ではなかった。
「空魔は絶対に消す。それがこの世のためだもの」
茉莉花の語気は強くなった。空魔への憎しみがにじみ出ている。
焦っても空魔は減らない。一体ずつ確実に殺していくしかない。それが空魔になってしまった人への慈悲でもある。私たちはそのためにいる。決して復讐のために殺しているんじゃない。このままヒートアップしても厄介なので、私は話題を切り替えることにした。先程の疑問を聞くと、また変な方向に行きそうなので止めた。
「あのさ話は変わるけど……茉莉花のお姉さんって、菜花さんと付き合ってた?」
私の質問に一瞬だけ呆けた表情をしたが、その後茉莉花はうーんと唸った。変えるにしても、さすがにデリケートすぎる話題だったか。
でも、菜花さんのさっきの反応を見て気になっていたのだ。あの一瞬だけ見えた、暗く冷たい雰囲気。どこかで大切なものを失ったかのような虚無感が渦巻いているようで、少しだけ私と重なって見えた。
茉莉花はそんな私の横で腕を組んで唸っていたが、しばらくして口を開いた。
「なんで、蘇芳さんの方だと思った?」
「……え、水城さん恋愛しそうにないし。性格的に菜花さんの方があり得そうだったから」
咄嗟に思ったことを言ったが、特におかしなことはないだろう。さっき感じた菜花さんへの雰囲気はあえて、言わなかった。気を悪くしたら申し訳ないからだ。
しかし、この質問の時点で手遅れ感はある。だが、茉莉花はすんなりと納得したようでその先を続けた。
「そうなるわよね。まぁ、二人は付き合ってなかったよ。ぶっちゃけ、お姉ちゃん絶対蘇芳さんのこと好きだったと思うんだけどね。今となっては分からずじまいよ。柊さんが恋愛しそうにないのは同感だわ。あの人……人付き合いは悪くないけど、どこか一線は引いてるっぽいから」
どうやら別にそういった関係は無かったらしいが、茉莉花は若干不服そうだった。蘇芳さんとお姉さんが付き合ってほしかったのだろうか。
「真相は全て闇の中……って、何でこんな話になっているのよ」
「ごめん。色々聞きすぎた」
「別にいいわ。私も正直、その……少し気になっていたから」
「そうだったんだ」
歯切れの悪さからして、本当に茉莉花も気になっていたのだろう。恋人がどんなものか知らないけど、菜花さんならいてもおかしくはない。水城さんは申し訳ないけど全く想像出来ない。
人の心を見ることが出来ない以上、考えるのも無粋だろう。と、思っていると茉莉花が私の前に躍り出た。
「とにかく、私たちは空魔を倒す」
茉莉花はぐっと、強い意志で誓うように拳を前へ突き出した。
「空魔を絶対にこの世から消す」
そう語る茉莉花の瞳に、憎悪の炎が揺らめいて見えた。茉莉花は気づいているのだろうか。私は黙したまま、茉莉花の姿を見据える。炎の中に囚われた彼女に、かけるべき言葉が見つからなかったから――