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 部屋に戻れたのはいいが、今日はちょうど学校が休みだった。あんまり急がなくてもよかったかもしれない。学校が休みの日は比較的自由に行動が出来る。とは言っても、外出時には申請が必要なので、大抵は敷地内で過ごすことが多い。食事は抜く事も出来るし、逆に外食も可能だ。夜になるまでは自由時間といった感じである。自主練などはこういった時間に行うことが多い。
 今日の私はというと朝食をとる気にもなれず、そのままベッドの上で横になっていた。特に予定もないので、このままゴロゴロしていたかった。
 ただ、寝転がっていても落ち着かないので、スマホを確認すると、メッセージが入っていた。通知で丸分かりのため開くまでもなかった。未読のままスルーしてもよかったが、後々面倒なので、適当に返しておいた。内容は全然見ていないけど。そこからまた、深い眠りについた――

「…………ん」

 眠るにも飽きたころ、目を覚ますと外はまだぼんやりと明るかった。何時か確認しようとすると、すごい着信が入っていた。全部同じ人物だった。呆れつつも、何時か確認すると見事に夕方だった。よく寝た気がすると思ったら、半日以上寝ていたようだ。目覚ましがてらに、応答してみると相手はすぐに出た。

『やっと出たか。お前、今何時だと思っているんだ?』
「午後五時ぐらいね。たくさん寝たから、とても気分がいい」

 着信の相手は葵だった。怒っているかと思っていたが、それほどでもなさそうだった。逆にそれが恐ろしいのだけど。

『それならちょうどいい。今から出られるか? 話がしたい』
「問題ないよ。どこへ行けばいい?」
『中央広場で待っている』
「分かった」

 そこで会話は切れた。話は恐らく昨日の戦闘のことだろう。葵には悪いことをした。死ななかったとしても、軽率な行いだったと思う。いつもこんなことばかり。それでも、私は止まれない。どんなに傷ついても足が止まるまで、前に進むしかない。自分でも言い訳ばかりだと思う。見限られたって文句は言えない。
 ここまで考えられるのに、心は全然痛まない。だから、私は何度も繰り返してしまうのだろう。ただの問題児じゃないか。ごちゃごちゃ考えても仕方ない。葵が呼んでいるからいかなくては。
 身支度を整えて研究所敷地内にある広場へ行った。広場は緑が多く、休憩所のような扱いになっている。利用するのは関係者だけなので、いつも綺麗に整備されている。
 私が広場に付くと、葵はすでに待っていた。

「待たせた?」
「構わない。俺が呼んだからな」
「そう。で、話って何?」
「昨日のことだ」

 分かり切っていたことだ。自分がどれほど危険な行動をしたかは分かっていた。それしかなかったとしても、葵に相談するべきだった。思うところはあるのに、どこまでいっても他人事のように思えた。私は複雑な気持ちで、頭を下げる。

「昨日のことなら、悪かった。勝手な行動して、ごめん」
「それもあるが今回は違う。まぁ反省はしてほしいが」
「そうなの?」

 葵の思わぬ反応に戸惑いを覚えた。いつもだったら、絶対説教タイムに突入していただろう。嵐前の静けさか。困惑している私をよそに葵は続ける。

「反省しているようなら、とやかく言うつもりはない。それに、これ以上俺が言ったところで、変えるつもりは無さそうだしな。ただ、自分の実力だけは見誤るなよ」

 手厳しい言葉だが、事実だった。それにしても、反省会かと思ったが一体何の話をするつもりなのだろうか。

「……葵が反省を差し置いて、話したいことって何?」
「お前、今日は自分の部屋で目覚めたのか?」
「そうだよ」

 五月七日さんから聞いたのだろう。ちゃんと安静にしろ、ということなのだろうか。言いたいことは分かる。あの後私も滅茶苦茶後悔したし。まだ、何が言いたいのかは確定していないけど、葵の質問に答えていく。

「入院していたんじゃなかったのか」
「いつでも帰っていいって、五月七日さんが言ってたから、帰ってきたんだけど」
「あー……あの人なら仕方ないか」

 五月七日さんはどういう扱いなのだろう。かなり長くいる人らしいが、詳しい素性を知っている人はほとんどいない。私からすると、穏やかな反面どこか毒も感じられる。あと、抜け目ない人だと思う。

「所長も同じようなこと言ってた。私は五月七日さんのことよく知らないけど」
「…………今なんて?」
「えー所長も似たようなこと言ってたって。適当だから仕方ないとか、どうのこうの……」

 心臓を打ち抜かれたような衝撃が走ったのか、葵の動きが止まる。
 私、何か不味いこと言ったかな。特に言った覚えはないんだけど、どうしたのだろう。

「どうかした?」
「あ、いや。何でもない。所長とか滅多に見ないからな」
「そうだね。私も目が覚めて、暗い中病院をウロウロしていたら、偶然出会ったから」

 そういうと、葵の訝しむような視線が突き刺さる。

「というか紫苑。お前、病院内で何していたんだよ……」
「何もしてないって。さっきの話に繋がるけど、ちょっと病院を出ようとしたら道を間違えたの」
「迷ったのか」
「…………」

 私は沈黙で肯定した。病院で迷うなど、信じられないだろう。ここの病院はそこまで大きくないし、迷うほど入り組んではないはず。それでも、私は迷ってしまった。相当、判断能力が鈍っていたと思う。
 葵は私の行動に呆れているようだった。

「普通に朝まで待っていられなかったのか」
「何だか目が冴えて、落ち着かなかったの。そういう時あるでしょ?」
「ないこともないが、だからってそれはないだろ」
「で、話って私が病院抜け出したっていうことだけ?」
「あぁ。後はあの変な奴のこと」

 変な奴というのは柘榴のことだろう。彼はどさくさに紛れて逃げたようだが、何がしたかったのか。

「あいつといると調子が狂うんだよ。変な術にかかってないといいんだが」

 五月七日さんの言う通り、葵は柘榴に対して違和感を抱いているようだった。

「防ぐ術とかないんだし来たとしても、いつも通りやればいいんじゃない。この間だって、いつの間にか消えてたし」
「そういえばそうだな。死体もなかった。喰われたわけでもないからな」

 どうやら葵も逃げたことに気づいていなかったようだ。本当に雲のように掴めない存在である。人間のように見えるが、どこか普通の人間とは違う気がした。彼は一体何者なのか。私たちの代わりに空魔を倒してくれたら有難いんだけど。

「謎だね」
「妨害してこなければ、どうってことないんだが」
「葵、結構絆されてない?」
「……自分でもそう思う。どうにかしないと」

 他人にも厳しいが自分にも厳しい葵。そんなに思いつめなくてもいいのに。私が楽観的すぎるかもしれないが、それくらいが今はちょうどいい気がする。敵意はないし、ちょっと話す分には構わないと思う。

「私から言っておいて申し訳ないけど、深く気にしなくてもいいと思う。私も気を付けるからさ」
「不甲斐なくてすまない」
「いいって。私の方こそ迷惑かけてるから」

 霞にも指摘されているし、出来るだけ心配はかけないようにしたい。
 けど、傷つかずに事を為そうすると多分私はお荷物になる。何もしない方がいいのか。いや、それはさすがに駄目だろう。そこそこやる気はあるけど、心も体も色々追い付いていない、といったもどかしさがある。
 これ以上言い合っても仕様がない。

「互いに迷惑かけてるなら、お互い様ってことで。まぁ、私の方が割合多いけどね」
「自慢することじゃないぞ」
「だから、この話はこれで終わり。また、頑張りましょう。というか、そろそろ夕食の時間じゃないの」

 広場にある時計を確認すると、すでに六時を回っていた。

「もう、そんな時間なのか」
「一緒に行こ。今日は朝もお昼も何も食べてないから、お腹空いてる」
「何もって……本当に寝てたんだな」
「眠れるときに眠るのが一番」
「……寝すぎもよくないからな」

 二人で食堂まで向かっていく。空は暗くなってきて、一日の終わりが来ようとしていた。