帰ってから病院で手当てしてもらっているときに気づいたが、柘榴の姿がいつの間にか消えていた。あそこにいたら危ないし、逃げたのだろう。それにしても彼は何がしたかったのか――考えても相手の思考など分かるはずもなかった。

「治療は完了いたしましたよ。怪我したところも元通りです」
「ありがとうございます」

 左手と右足には包帯が巻かれた。怪我をしたとしても、最新の治療や投薬ですぐに回復する。企業秘密で外部には一切公開されていない。
 私は今、ベッドの上に横たわっていた。その傍らには、エンプティの技術部リーダーである五月七日榠樝(つゆり かりん)さんがいた。五月七日さんは技術部で主にエンプティの隊員が使うハーツの製造に携わっている。
 他にも医療部の統括もしており、隊員のカウンセラーも請け負ったりするらしく、とにかく何でも出来る人といった印象がある。そんな五月七日さんはエンプティの中でもかなり地位が高い。性格は上品で穏やかな人だが、どこかミステリアスな雰囲気も纏っている。親しみやすさはあるが、私には彼女が向ける笑みには毒が含まれているように思えた。

「怪我ばかりしていると判断能力が鈍りますよ。命あっての物種です」
「……はい」
「月宮さんは貴重な人材ですので、気を付けてくださいね」

 五月七日さんは柔らかな笑みで忠告した。五月七日さんの言うことはもっともだった。命を落としてしまえばそこで終わりなのだ。後には何も残らない。葵も散々言っていることだ。それでも私は変われなかった。

「あの、葵は無事ですか」
「やられたものの大丈夫ですよ。普通に休んでいます」

 報告を聞いて私は胸を撫でおろした。私のせいで怪我が悪化していたら合わせる顔がなかった。葵にはゆっくり休んでほしい。

「んで、報告も時津君がしてくれました。大変そうでしたねぇ」

 五月七日さんは労いの言葉をかけつつも、どこか楽しそうだった。小耳にはさんだ話だと面白いことが好きだとか。こっちとしては、そんな風に思われるとうんざりしてしまうのだが、そういう態度も込みで面白がっているのだろう。

「空魔はいつも通りのようですが……一般人が積極的に絡んでくるというのは、なかなか刺激的な体験ですね」
「全然面白くないですよ。何故あんなに食い下がってくるのか、理解出来ません」
「空魔よりも貴方たちに興味を示していたらしいですが、なかなか不思議ですね」
「……?」

 五月七日さんの発言に首を傾げる。不思議な点は多いがそこまで気にすることではなかったように思う。

「最初の時は貴方たちの戦闘後に遭遇。今回は貴方たちが戦闘に入る前に出会った。そして貴方たちは追い払わず、その子を受け入れた。面白いではありませんか。まるで、貴方たちがそこにいるのが分かっていたみたいですよね。心理的誘導もあるかもしれませんが……ふふ」
「まさか……」
「あくまで私の勝手な妄想ですので、お気になさらないでください。ただ、念には入れておいた方が良いかもしれません」

 そう言って、五月七日さんは蠱惑的な眼差しを向けた。五月七日さんの言葉を聞いて改めて思い返してみると、不自然な点はある。私たちが戦闘に入る前に遭遇したのもそうだが、なぜ私たちはあんな風に一般人を受け入れていたのか。
 一般人を巻き込んだ場合は無理やり追い払うか、安全な場所まで避難させる。それなのに葵は話し込んでいた。邪険にしつつも、追い払わず安全な場所へ避難させなかった。
 そして、私は葵の行動を疑問に思っていた。気づけばそのまま戦闘へ突入しその間、柘榴のことは頭から無くなっていた。

「葵にも言ったんですか? それ」
「言っていませんよ。面白そうなんで」
「いやいや……」

 思わぬ返答に気が抜けてしまった。本来ならリーダーの方である、葵に言うべきことを私にわざわざ伝えたのだ。何か思惑があるのかと思ったが、案外ただ面白がっているだけなのかもしれない。多分この人は平気でそういうことをするタイプの人間だと思う。愉快そうな態度を隠そうともしないのだから。

「ま、時津君は多分言われなくても、分かっていると思いますよ」
「……そうかもしれないですけど」
「邪魔なら口封じすればいいだけですし、そんな深刻に考えなくてもいいと思いますよ」
「さらっと物騒なこと言わないでください」
「とにかく、月宮さんは気を付けてくださいね。病室からは出ていきたくなったら出て行ってもいいし、何かあったら遠慮なく呼んでもらって構いませんよ」

 そう言いながら五月七日さんは出ていき、部屋には私だけが残された。
 最近は不可解な出来事ばかり起こるので、頭がついていけない。
一体この町で何が起きているのか――どうして私の周りばかりで起きるのか――悩みの種は尽きなかった。
 謎の空魔は未だに姿を現さない。すぐにアクションがあるかと思ったけど、そうでもなかった。あの空魔は何が目的だったのだろう。また、会うことが出来たら殺さずに話を聞くべきか。聞いたところで、どうしようというのだろうか。
 出口のない迷路をひたすら歩かされているようだ。分からない、ということしか分かっていない。
 
「考えるのは疲れる」

 考えたところで真実は見えない。今後のことは葵とまた話そう。というか恐らく、私から言わなくても葵から切り出してくるだろう。今は余計なことは考えず体を休めよう。色々と無理をし過ぎた。どんな無茶をしようが、明日は否応なしにやってくるのだから。