「……あんた、変なのに好かれるのね」
「今回何もしてないんだけど。というか今回は葵の方が絡まれてたし」

 一人で朝食を取ろうと思ったら、またまた茉莉花と鉢合わせ。時間は決められているし仕方ない。
 私ほどではないけど、茉莉花も周りから浮いているように思える。茉莉花自身は気にしていないようだが、元はと言えば行き場のない子どもが集められてやっているような組織。私も含めて何となく生きているような人ばかりである。
 そんな中で茉莉花は自ら進んでエンプティに入り、空魔を絶対に倒すという志を抱いてここまで来たのだ。生きるために仕方なくやっているような人間とは、思想が合わなくて当然のことだった。
 私は茉莉花より後に入ったのだがその時から何故かライバル視をされた。さすがに惰性でやっているわけでもないが、かといって茉莉花ほどの志も無い。それなのに、何故か目を付けられた。
 理由を聞いたら「何となく気になったから」と平然と言った。どういうことかと聞いたら、本人にも「よく分からない」らしい。少し納得がいかない。

「紫苑って不思議な感じがするのよね。良い意味でも悪い意味でも」
「はっきり言うね」
「私は自分の直感を信じている。あんたには絶対何かが憑いているわ」

 茉莉花はビシっと私に人差し指を突き付けた。自信満々の決め顔だったが、突然言われた私はどう反応すればいいのか。

「根拠もないのに。どうしようもないじゃない」
「お祓いでもしてみたら? 気休め程度にしかならないだろうけど」
「……そもそも昨日会ったのは、幽霊じゃないし普通の人間なんだけど」

 お祓いは自分でも考えたが、人から提案されると改めて馬鹿馬鹿しく思えた。お祓いでどうにかなるんだったら、人の心から生まれる空魔も浄化してもらいたい。

「ま、人間だろうがなんだろうが……気を付けることね。今のところ変なのに接触しているのは紫苑たちだけだし」

 茉莉花はそう言って食堂から出ていった。
 朝食を取った後に話しかけられて、話し込んでしまった。さっさと出てきてもらって、ケリをつけられたらいいけど、そうもいかない。こちらから何も出来ないから、ひたすら待つしかない。茉莉花の言う通り、気を引き締めていかなければ。

 時間は流れていき登校時間になる。
 今日の空は曇天だった。何だか少し沈んだ気分になる。

「おはよー昨日チョー楽しかったねー」

 学校へ登校したら昇降口付近であすなと出会った。あすなは変わらず、明るい声で私に話しかけてきた。曇り空も吹き飛ばしてしまうような元気の出る挨拶に思わず口元がゆるむ。

「また、行こうね」
「うん」

 約束を交わして、あすなは先に行こうとしたが動きが止まる。くるりと私の方へ振りかえった。

「絶対だからね!」

 強く念を押すと、あすなはそのまま行ってしまった。ここまで言われると友達じゃないかもしれないと言った、自分が恥ずかしくなる。あんな風に言ってくれる人間など、そうそういないだろう。我ながら単純かもしれないが、あんな真っ直ぐな瞳で言われたら、信じるしかない。

 時間は流れていき授業が終わり、下校時刻になった。部活動には入っていないので運動部が練習しているのを横目に私は速やかに帰宅する。
 今日の夜も同じように巡回に出たのだが、やはり私に何かが憑いているのか今日も謎の少年に出会ってしまった。

「わーお。やっぱりこの辺を回っているの? 張ってよかった」
「よくないし、帰れ」
「つれないね」
「何が目的なんだ。見ていて楽しいものでもないだろう」
「葵はそう思うかもしれないけど、そうじゃない人もいるんだって」

 葵と柘榴がさっそく衝突していた。天気も悪く人通りの少ない路地なので、あまり柘榴に気を取られてほしくない。空魔はこの辺りで反応があったようだが、未だに姿を見せていない。私たちは空魔を捜索していた矢先に柘榴と遭遇した。
 そこから今に至る。

「空魔が出たら危険だ。命を落とすことだってあるんだ」
「守ってくれるんじゃないの?」
「保証はないぞ」
「別になくてもいいし、命とかあってないようなものだしね」

 柘榴の言葉にどこか引っかかりを覚える。生を諦めている様子もなければ、命を落とす可能性について気にも留めていない。あってないようなもの――あるのにない。度胸があるとか、命知らずとは何かが違う感じがする。柘榴の言葉や思考回路はよく分からない。こんな態度なので言葉の端々をいちいち気にしたとしても、大した意味などないのかもしれない。
 けれども、何故か胸がざわつく。どうしてだろう――そんなこと言わないでほしい――と、私は心のどこかで思っていた。
 私が思索にふけっている間も、柘榴と葵の口論は続いていた。

「お前はいいかもしれないが、俺たちが迷惑だ」
「死体の処理とかもやるの?」
「……話を聞け」
「聞いてるって。要は自己責任ってことでしょ?」
「聞いてそれか。はっきり言わせてもらう。いると邪魔だ」
「まぁまぁ、そんなこと言ってる暇があったら、上を見なよ」

 柘榴がけらけら笑いながら、指をさして上を見上げた。視線の先には巨大な黒い雲が浮かんでいた。雨雲かと思ったがそれにしても黒すぎる。
 いや、これは――

「空魔か……!」
「ちっ……」

 私たちはある程度跳べるが飛行能力は持っていない。空魔の中には自在に飛び回る個体もいる。素早くて小柄なものが多い。が、今回は雲に似ていて標的は大きい。核は切りまくって確認するしかない。
 距離が遠い場合は、ハーツの形を変化させて戦う。伸ばしたければ伸ばし、大きくしたければ大きくする。ビームとか出せればいいのだが私の場合は今のところ、ちょっととした形状変化と伸ばすぐらいしか出来ない。
 試し打ちしてみたが、空を切るような感覚だった。

「分裂するのかな」
「どうだか。まずは核の位置を特定しないとな」

 そうは言うものの、容易なことではなかった。雲のような空魔は黒い雨を降らせてきた。少し掠ったら、服が裂けた。エンプティの服は特殊な素材で作られているため、空魔の攻撃ではほとんど傷つかない。どうやら普通の雨ではなさそうだった。かなり切れ味の鋭い針の雨というべきか。雨はそのまま、散り散りになって消えてしまった。
 しばらく観察していたが、攻撃が上からしか来ないので対処は楽だった。
 しかし、肝心の雲に近づけない。近づこうものなら死の雨を降らせる。あまり積極性がないのが救いだった。
 攻撃をあてつつ様子を見てみたが、空魔自体の攻撃力は弱い。範囲攻撃に特化しているようだ。葵が何回も切り刻んでいくが、一向に核らしきものは見当たらない。
 切った雲は霧散していき、形は最初に見た時よりも小さくなっていった。復活することは無さそうだ。

「あの小さくなった奴に、核があるってことか」
「そうだといいんだけど……」

 葵が残った雲に向かっていく。雲の動きは止まったまま――かと思っていた。

「葵ッ!!」

 呼びかけるのが遅かった。雲が黒い球体へと変形して、凄まじい速さで鋭い刺を四方へ伸ばす。伸びた刺がちょうど突っ込んでいった葵へ直撃した。直前で回避行動をとるも、肩を思いっきり刺されたようだ。
 刺は伸縮するようで、元に戻っていったが、葵の方は地面へ叩き落された。

「ぐっ……」

 痛そうに型からの出血を抑えていた。このまま長引けばこちらの方が不利になりそうだった。

「大丈夫なの」
「何とかな。毒は無さそうだ」

 葵は平気そうな素振りを見せているが、肩を貫かれていたので、かなり痛いだろう。それを見た私は動かずにはいられなかった。

「怪我したら無事じゃ済まないのは、葵も私も変わらない。結局どっちが怪我をしても同じ」
「……紫苑?」

 怪我したら血は出るし消耗する。ただ、私は痛みを感じない。普通なら避けるだろうというところを避けずに攻撃する。鈍感ゆえの行動。こういう人間は他にもいるだろう。得てして人の痛みや自分の痛みに鈍い者。
 私は狂人じゃないから、出来る範囲でしかやらないけど。当たり前だけど、進んで攻撃は受けたくない。受けないのが、一番なことくらい自分がよく分かっている。

「どうせ、やるなら少しくらい無茶してもいいよね」

 私は空魔の方へ向かっていった。空魔は刺を伸ばしてくる。先程よりも生えている刺の数が増えていた。刺をかわして、その上に飛び乗った。そして、刺を掴み自分を支える。
 掴んだ真下から案の定、刺が生えてきた。細い針はハリネズミのように生えて、私の手のひらを真っ直ぐ貫いた。目視で確認するまでもなく、綺麗に私の手の甲から刺が生えている。

「そう来るだろうと思った。血は出てるけど、いける」

 そのまま刺から手をズボッと引き抜いた。刺に真っ赤な血が滴る。足元からも、刺が生えているようだったが、それも引き抜く。もたもたしていると穴だらけになりそうだが、蓮根のようにはなりたくないので控えたい。
 足を引き抜いた後は、何も考えず突っ込んでいく。とりあえず、球体と化している空魔を割れば核が出てくるだろう。雲をそぎ落とした結果この形態になっているのであれば、あともう少しだ。
 
「さっさとやられて」

 大きく鎌を振り下ろし真っ二つにすると、空魔は灰になって消えていった。どうやら、これが核で間違いないようだった。ホッとしながら、地上へ着地した。ただ、着地した地点に血の痕跡が残ってしまった。証拠隠滅はなんとかしてくれるだろうと思い、葵の方を見ると静かに怒っているようだった。ヤバいな、これ。

「太い刺じゃないから、大丈夫……」
「どう見ても大丈夫じゃないだろうが! さっさと帰るぞ」

 葵はそう言うと私を背負って走り出した。肩の傷はいつの間にか止血してあった。別に歩けないわけじゃないんだけど。ただ、力は少し入らない。一人だったら途中で倒れていたのかもしれない。
 私の戦い方は、誰かがいないと成立しない。今更になって気付いたのだ。私は自分で普通の人間だって言っていたじゃないか。何の取り柄もない、凡人で追いつくのにも努力しないといけないレベルなのに。手間をかけさせてどうするんだ。

「……ごめんなさい」

 葵には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。葵は私のつぶやきに対して何も言わなかった。空を覆い隠していた黒い雲は晴れたが、本物の空も朝と同じく曇り空だったようで、星は見えなかった。