朝食を済ませた後は、学校へ行くのが日課だ。エンプティの活動は空魔が活性化する夜が多いため、昼間は普通の学生同様、勉学に励む。
ただし、エンプティの皆が皆同じ学校に通うことはない。各地の情報を集めるという名目であるが、一か所に関係者が集まっていたりすると、不審に思われやすいので分散させているとかなんとか。学費や交通費は全てエンプティが出してくれるので問題ない。私は比較的近いところに通っているが、遠い人は電車を乗り継いで行ったりしているのだから大変だ。学校は組んでいるパートナーも同じところになる。他のチームと一緒になることもあるようだが、私の学校には他のチームはいない。エンプティのチームは大抵二人から四人くらいで構成され、学校では友達としてふるまっている者もいれば、一切関わらないという人もいる。ちなみに私と葵は学校ではほとんど話さない。
なので、正直なことを言うと施設にいるよりは学校にいる方が落ち着く。施設と違って騒がしいけど、息の詰まるエンプティの箱庭よりだいぶ楽だ。学校ではエンプティとしてやることはないので、学生生活を満喫している。
とはいえ、私は学校でも仲の良い友人はいないので大半を一人で過ごしている。もともとこの学校に通っていたわけではない。途中から転入してきたというのもあってか、関わりづらいというのも少なからずあるだろう。
「ウチだって予定があるのに、なんでそっちに合わせなきゃいけないのって話なんだけど! あんな奴どこ行っても同じ結果になるっての!! バーカ!」
「お疲れ様。しばらくはゆっくりしたらいいんじゃない」
「そーする。あぁでも塾があるんだった。うわぁ最悪……」
私の席に肘をついてため息ついたのは、クラスメイトの城咲あすな(しろさき あすな)だ。あすなは私と会話してくれる、風変わりな人間だ。人のことをこんな風に言うのは申し訳ないが、あからさまに浮いている私に話しかけてくるなど、物好きな人間にしか思えなかった。
しかし、本人はいたって普通の学生である。普通に学校で学んで、遊んで、塾へ行き、恋をしながら大学を目指している。もっとも恋愛の方は、儚く終わってしまったようだった。あすなは他にも友達がいて基本的にそっちのグループに属しているが、たまに話しかけてくる。ちょうどいい距離感だと私は感じていた。
落ち込んでいたあすなは、気を紛らわすように私へ話しかける。
「紫苑、今日暇?」
「特に予定はないよ」
「じゃあ、付き合って!」
「いいよ」
「よっしゃ! 服もみたいし、色々回るよ!」
強引に約束を取り付けられてしまったが、予定はないし活動も夜からなので問題はない。ただ、他人に合わせて行動するのは少し疲れるところがある。別に毎日というわけでもないからいいのだが。
あすなと話していたら、いつの間にかホームルームの時間になっていた。話していたクラスメイトたちは一斉に席に戻っていく。あすなは私の前の席だったので、前を向くだけだった。
朝の挨拶をして、先生が伝達事項を話している間、ぼんやりと窓の外に広がる空を見つめた。
人と関わるのは嫌いではない。みんなが話しかけてこないから、話さないだけ。あすなみたいに話しかければ返す。気の利いた返しは出来ないけど、それでも良ければといったスタンスである。
ちなみに葵は別のクラスで委員長をやっているらしい。なんというか、ここまで来てご苦労様というべきか。クラスでもまとめ役で信頼されている。校内ではほとんど話すことはないが、たまに愚痴兼反省会を開いている。
今朝下駄箱でスマホを開いたらちょうど反省会をやるような内容が入っていて正直、気が重かった。
そんなこんなであっという間に時間は流れて昼休み。食堂があるのでそこで食事を済ませ、急ぎ足で屋上へ向かった。屋上はたまに解放されることがあるが、基本的には施錠してある。私が入れるのは屋上の合鍵を持っているからである。転入してきて早々、葵から渡されたものだった。葵の方は入学当初からこの学校に通っていたので、最初からこの場所に目を付けていたのだろう。鍵をくすねるなど優等生からは、ほど遠い所業だ。とはいっても、エンプティでは話しづらい内容もあるので内心助かっている。
屋上への扉を開くと、そこにはすでに葵の姿があった。相変わらず気難しそうな顔をしていた。
「今日は何の話?」
「昨日のことだ」
メッセージを開いた時点で予想はついていた。あれ以上に話しようがないが、私としては特に語ることも無かった。
「人型の空魔という前提で話を進める」
「それで?」
「また出てくると思う。空魔である以上、人の魂を喰らわないと生きていけないからな」
「私のところに現れる可能性が高いってことね」
空魔の顔は認識出来ず、一方的に語りかけてきて消えていく。水城さんに報告したときは深く触れなかったが、恐らく傷も空魔が治していったものだろう。空魔にしては不可解な行動が多かった。私たちの敵といった以上空魔だとは思うが、何とも言えない違和感。私に殺意を向けずどこまでも穏やかだった。一体何を考えていたのだろう――と思ったが、そもそも空魔は心がなく、理性を失った化け物という前提がある。それでも、あの空魔に心が無いと思えなかった。
しかし、空魔に心があろうがなかろうがやる事はただ一つ。
「どんな空魔が来ようが、刈り取るだけ」
「そうは言うが、手も足も出なかっただろ」
「……そうね」
反論の余地もない。私はあの空魔を目の前にして、動けなかった。事の次第では殺されていたかもしれないのだ。
「だから、この間みたいなことがあっても、無茶はするなよ。行き詰ると強引に行こうとするが、絶対にやめろ」
いつもより強い口調だった。葵としても、自分の組んでいる相手が死んでしまったら面子が立たないのだろう。死なない程度に頑張っているつもりだが、そう見えないのが悲しいところである。
当たり前だが痛みが無くても、どこまで傷を負ったら不味いかぐらいはちゃんと把握している。
「分かってる。死ななければいいんでしょ」
「いや分かってないだろ。捨て身戦法をやめろってことだよ……」
「無理かな」
「即答するな。何回も言ってるが、お前は不死身じゃないし限度はある。そんなことをやっていると、いつかツケが来るぞ」
「…………」
死を恐れない心と、痛みを恐れない肉体。生を保証するものではなく、むしろ死へと誘う誘蛾灯の役割を果たしているように思えた。
肉を切らせて骨を断つのが私の戦闘スタイルだった。多少の怪我なら突っ込んでいく。私に限らず、この手を使うことは多かれ少なかれあるだろう。が、私の場合は度が過ぎているらしい。自分でもやりすぎたかと思うときはあるが、引き際は分かっている。
その一方で、これまで出来たからといって、その後もこの手が通用するかといえば、そんなことはないだろうと考えていた。強敵が現れたら、その分ダメージも大きくなる。肉体の劣化は止まらないうえ、相当負荷がかかるのは目に見えていた。
それでも私はこの戦法に頼らざるを得ない。葵と私の実力は互角だと言われたりするが、そんなことはない。葵の方が総合力は高く、何でもそつなくこなす。対して私は不器用で上手く立ち回るのが苦手だった。本音を言えばついていくのも、やっとである。だからこそ、多少無茶でもしないとあっという間に私はお荷物になる。傷を受けない、死なないのが一番だと分かっていても、止められない。
こんなことが出来るのは、私が痛みや苦しみを感じないからだろう。私には色々なものが欠落していた。
それがいいことなのか、悪いことなのか――未だに答えが出なかった。何かを代償にして得た欠落なら、葵の言う通りツケが回ってきそうだ。
「これまでのツケが回ってきたら、本当死んじゃいそう」
「いや死ぬなよ……」
葵がため息をついたちょうどその瞬間、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。
「……今日のところはここまでにしよう。最後に何か言いたいことはあるか?」
「今日の予定がハードだから助かる」
「なんだそれ」
「放課後、クラスメイトと遊びに行くの」
葵は一瞬、呆気に取られていたが理解したのか呆れながら呟く。
「……楽しんでこいよ」
――放課後
いったん寮へ戻って制服から私服に着替えてあすなと一緒に遊びに出かけた。私の学校は基本的に学生服のままでの寄り道が禁止されている。そのまま寄ってもいいのだが、先生に見つかると注意され目を付けられるため、帰って着替えた方が割に合う。
もともと放課後へ出かける予定があれば着替えを入れておくのが一般的らしいが、私はあまり放課後に遊ぶことはしないので、用があればその都度帰って着替えていた。
他校の生徒やカップルたちとすれ違いながら、街中を練り歩く。私はあまり店に詳しくないので遊ぶときは全てあすなに任せっぱなしだった。
「ここの。スイーツがめっちゃ美味しいんだって!」
「ここらへんに新しいショップ出来たんだって!!」
「何これやば!!」
あすなの新鮮なリアクションを見ながら、色んな店を回っていく。服を見たり、カフェに寄ったり、雑貨を見たり色々な場所へ引きずられた。
しばらく買い物を楽しんでから、私たちは休憩がてらカフェへ立ち寄った。
あすなはタピオカミルクティーを頼み、私は抹茶ラテを頼んだ。
「息抜きって大事だよね。勉強よりも大事なことってあるよね、絶対」
「そうだね。あると思うよ」
「でしょでしょ。ウチの親ほんと、ウザいんだよね。勉強、良い大学とかって、あぁもう。大した家でもないくせに見栄っ張りだし。中学の時は迷惑かけたりしたけどさぁ……」
あすなの愚痴を聞いている限り、親とは折り合いが悪いようだった。この年代なら少なからずあることだろう。私は親と衝突した覚えがないので、余計なことは言わずひたすら黙って聞いていた。
「紫苑は特に何にもないの? 悩み」
「ないかな」
「うわぁ、きっぱり言うね。親とか兄弟とか喧嘩しない?」
「家族と暮らしてないから、ないかな」
「えっ? そうなの? 一人暮らしなの? えーっと……聞いちゃ不味かったか。ごめん」
あすなは親が亡くなっているので一人暮らしをしているのかと思ったようで、申し訳なさそうにした。
「親は別に死んでないからいいよ」
もっと複雑というか、エンプティのことを言わないといけないので詳しく説明はしなかった。
あすなは「そっかぁ」と言いながら憂鬱そうな表情をした。
「いいなぁ。一人暮らしさせてくれる親とかめっちゃいいじゃん。ウチんとこ妹もうるさいしマジ最悪なんだよ」
「家族と暮らす方が楽しそうでいいと思う」
「……まぁ、それはあるんだけどさ。あるんだよ。分かってるけどぉ。はぁ……」
私の親がいいかといえば、そうでもない。母は私よりも出来の良い弟を贔屓していた。私の要領が悪いから仕方のないことだけど、目に見える形で現れるのは悲しかった覚えがある。そんな記憶も今となっては、瑣末なことだった。
しばらく重たい雰囲気が流れていたが、あすなが霧を払うように声を上げた。
「あーもう! 切り替えていこ! 大学になったら一人暮らし絶対! 自由を手に入れてやる。将来は出来る女になる!」
あすなはそう言って、ぐっと腕を伸ばした。大学など考えたこともなかったけど、私もそのように進んでいくのだろうか。そんなビジョンは到底見えなかった。エンプティの隊員は学校を卒業した後、戦闘から退いて星影系列の大学へ進み研究や隊員育成に携わるか、空魔に関する一切の事柄を忘れて一般人として生きていくかの二択だと聞いたが、そこまで生き残っているか不明だ。明日のことさえ分からないのに、未来のことなんて分かるはずがない。
「紫苑どうしたの? ぼーっとして」
「なんでもないよ。あすなは先のことを考えていて、すごいなって」
「別に、大したことじゃないっしょ。自分で言っといてアレだけど、めちゃふわーってしてるし」
照れくさそうにあすなは笑う。大したことはないと言うが、私はそう思わなかった。どこまでも前向きで、未来を考えていて、なりたい自分も決まっている。ただ流されるままに生きている私とは大違いだ。
そんな私が出来ることは、未来へ向かって真っ直ぐ生きているクラスメイトを空魔の手から守ること――何があっても、絶対に。