死んだように眠り、気付いたら朝だった。眠った気がしなかった。起きても、昨日の出来事が絡みついて離れない。
 影のようにも見えて、亡霊にも見える何か。空魔である線が強いのだろうが、はっきりと分かっていない。亡霊だったら、お祓いを検討しなければならない。効果があるかは不明なものの、ないよりはいいと思う。どうにもこうにも、考えても埒が明かない。とりあえず、ややこしいので空魔ということにしよう。その方が分かりやすくていいだろう。
 眠たい目をこすりつつも、軽くシャワーを浴びで身支度を整えた。朝食までになんとか間に合いそうだった。
 ここでの朝食は寮の中にある食堂で済ませるのが一般的だ。ただし、食事の時間は決まっているのでゆっくりしていられない。寮の部屋から食堂まではそんなに時間はかからない。するする人の間を抜けてあっという間に着いた。席は大体六人掛けのテーブル席が二十くらいある。寮はエンプティの子どもしか使わないうえ、エンプティの人数自体少ないため、混み合うことはほとんどない。大体私はいつも隅の方でひっそり食べているが、たまーに葵が近くに座ることもある。気遣いなのか知らないが、気にしなくてもいいのに。

「ねぇ、紫苑。新種の空魔を見たって本当?」

 基本的に朝食と夕食が提供され内容は和食だったり洋食だったり、食堂の人の気分で変わるらしい。昼食は隊員のほとんどが学校へ通うため提供されない。何が出るかはその日にならないと分からない。ちなみに今日の食事は洋食である。

「ちょっと、聞いてるの?」
「……さぁ」
「『さぁ』って、ねぇ……こっちは聞いてるんだけど」
「私に聞かれても。よく知らない」
「どういうこと?」
「知らないってこと」
「あーもう! まともに話する気ないでしょ!」

 私がスルーしたり、適当に返事をしたりしても、めげずに話しかけてくるのは、姫井茉莉花(ひめい まりか)。今日も白い長髪が綺麗に整っていた。勝気な性格をしており、私に物おじせず話しかけてくる数少ない人物でもある。茉莉花は志願してここに入ったという点でも珍しい存在だった。聞けば姉が空魔に殺されたらしいが、詳しくは知らない。
 珍しいというのは、エンプティは孤児院の役目もあり、大半が必要とされない存在、行き場のない子供が構成されているからだ。衣食住が保証される代わりに働くといった感覚に近い。
 その中でも志願して入ってきた人間は大抵、訓練に耐えられなかったり、復讐に気を取られ油断して命を落としたりすることが多いが、彼女は今日まで生き残っている。私より長くいるし、並々ならぬ努力を積み重ねてきたのだろう。
 そんな茉莉花は昨日の出来事について、話を聞きたかったのだろうけど、生憎私に答えられることは限られていた。昨日の出来事については、秘匿されていないようであっという間に広がっていた。

「……だって、分からないことだらけだし。適当なこと言えない」
「分からないって言ったって、どんな感じかぐらいあるでしょ。普通」

 どんな感じだったか――思い返してみればあまりにも不可解なことが多かった。あの空魔に抱いたのは、恐怖そして興味。これまで空魔にそんな感情を抱いたことはなかったので不思議だった。
 それに意味不明なことを言っていたような。

「『僕は君で君は僕』……」
「何それ」
「空魔が言ってた」
「空魔が喋ったの!?」
「うん」
「人の姿をして喋るって……もうそれ人じゃない。そりゃ人から空魔になることもあるけれど、人の姿を保った空魔なんて聞いたことないわよ……」

 あれを人間と言っていいのかは不明だが、少なくとも理性のない化け物には見えなかった。空魔は自分が空魔であると明言していないし、何とも言えない。もう一度会えたら、何か分かるかもしれないが進んで会いたいとは思わなかった。当たり前だけど。

「空魔以外にも敵が増えたら嫌ね。あんたが会ったのが、空魔だといいんだけど」
「空魔のほうがいいって……私はどっちにしろ嫌だけど」
「そう?」

 迷いのない瞳で茉莉花は、さらっと当然のように呟く。茉莉花の瞳はどこまでも真っ直ぐで濁りない。

「だって、空魔なら躊躇なく殺せるじゃない」

 茉莉花の言葉を聞いて、なるほどと思った。
 空魔はこの世にいてはいけないもの――人に仇なす存在なのだから。