夜の街で暴れまわる空魔。彼らは何を求めているのだろうか。心を持たず、理性も無く本能のままに動く存在。
昔から空魔はいたようだが、そこまで被害は大きくなかったらしい。むしろ、ここ最近凶暴な空魔が増えていった。人間はただやられるだけではなく、世界では空魔に対抗出来る人材の育成に取り組んだ。
私の所属する組織『エンプティ』は空魔討伐組織の中でもトップの実力を誇っていた。さらに詳しく説明すると、エンプティは星影財閥傘下である『空魔研究所』に属しており、星影槐会長の子息である星影竜胆が直々に所長を務めている。星影財閥は世界でも名が知れ渡っており、空魔研究所は星影財閥の中でも特殊な位置にあった。研究内容に関しては、父親である会長もあまり口を出せないらしい。
ちなみに、空魔研究所はその名の通り空魔の研究をしている組織である。他には並行して空魔に対抗出来る人材も育成していた。研究所は児童保護施設としての役割もあり、ここにいる子どもの大半がエンプティに所属している。世間的に見れば批判を浴びそうだが、情報は徹底的にコントロールされているため、外部に漏れることは無いとか。
エンプティがここまでの組織になったのは、ひとえに星影所長の努力が大きいだろう。彼はいち早く空魔の危険を察知して、研究を始めたらしい。周りに理解されない中一人で空魔の生態を追究し続けたと聞く。空魔の対抗策まで編み出せるのは素直にすごいと思う一方、彼をそこまで突き動かすほどの何かがあったのかと同時に思ってしまう。
そんな空魔研究総本山である研究所は夢深町にあった。夢深町は様々な商業施設があり、人の波はそこそこある。一方で企業ビルも多く、働くサラリーマンの姿も多い。
空魔研究所は夢深町の中でも町外れにあり、警備は厳重になっている。研究所の中にはエンプティ隊員用の寮もあり、私は現在そこに住んでいる。敷地は無駄に広く、初めて来たら間違いなく迷子になるだろう。研究棟の他にも病院なども併設してある。病院は一般人に解放されておらず主に、研究用だったり隊員の治療に当てられたりしている。
そして、戦闘を終えたばかりの私たちが向かった場所は人の出入りが多い第一研究棟。エンプティの活動拠点であり、作戦本部もある重要な場所だ。建物内は夜だからか静かで、時折他の隊員とすれ違うぐらいだった。
作戦室へ辿り着き扉を開くと、白塗りの廊下から一変して作戦室は黒の染められていた。中では相変わらずモニターがチカチカ動いていた。見慣れた景色ではあるものの、何が表示されているのかはいまだによく分かっていない。
「ただいま戻りました」
「ご苦労。今回のデータを記録していってくれ」
「了解」
戦闘データは腕についた端末に記録されている。戦闘時の会話から動きまで全て記録してくれる優れものだ。だからこそ、変な会話は一切できない。言い方を変えれば監視装置でもある。てきぱきと記録を済ませ報告を済ませる。
「何だか、よく分からない存在だな……見たことの無いタイプだな。それでいて喋る、か」
水城柊(みずしろ ひいらぎ)さん――主に私たちの部隊の責任者であり指揮官でもある。実戦での作戦は基本的に自分たちで考えるが、危険な状況の場合は水城さんが判断する。水城さんは難しそうな表情腕情報端末を操作していた。水城さんは真面目で、黙々と仕事に取り組む人だ。ただ、あまり隊員と交流しないせいか、冷たい印象も持たれている。私はそんなことは無いと思っていた。隊員のことはさりげなく気遣ってくれる優しい人だと認識している。
普段は他に報告することが無ければそのまま退室という流れだが、今回は予想外の出来事があったので、しばらく留まっていた。私たちの報告をまとめながら、水城さんはうーんと唸る。
「空魔か不明……上に聞いてみるしかないかぁ」
「次回遭遇したらどうしたらよいでしょうか」
「俺は実際に見ていないから何とも言えないんですよ。紫苑が突然動かなくなったから、何があったのかと思いましたが、こんなことになるとは思いませんでした」
葵の話を聞いた水城さんは、ますます頭を抱えていた。こういった事例はやはり初めてなのだろう。私としては動けなかったということはないが、時間が止まっていたという表現が適切なのかもしれない。あのような隔絶された空間であれば、時間の流れがおかしくても納得するだろう……多分。
「新種の線が強そうだな」
「……新種ですか」
これまでも空魔はたくさん猛威を振るってきたのに、ここに来て更なる進化を遂げたとでも言うのだろうか。まるで、私がきっかけみたいで少し複雑な気分だな。
「他の奴にも聞いてみるよ。でも、お前たちが無事でよかったよ。月宮は無茶しがちだからな」
それに関しては、私も同感だ。運が悪ければ死んでいたかもしれないのだ。運が良かっただけのか、必然だったのかは分からないが、喜ぶべきところだろう。
「私は検査した方が良いですか?」
「気になるならやっておけ。基本的に触られただけじゃ、理論上、空魔にならないだろうから心配はないと思うが……ただ、傷が治っているっていうのは気になるな。お前、別に治癒能力があるわけじゃないんだろ?」
「はい。そういった力はありません」
痛みを感じないだけで、別に怪我を治せるわけじゃない。はっきりと分かるのは、あの空魔(?)と接触してから怪我が治ったということ。怪我を治してくれたといえば聞こえはいいが、万が一ということもある。空魔化よりもウィルスの方が心配になる。
みんなが考え込み、しんと静まり返った作戦室に突然の来訪者があった。
「じゃあ、きっとレベルアップしたんだ」
静寂を裂いて突然口を出してきたのは、水城さんと同期である菜花蘇芳(なのばな すおう)さんだった。水城さんは面倒事がやってきたと言わんばかりに、深くため息をついて菜花さんへ冷たい視線を向けた。
「アホみたいなこと言っている暇があるなら、さっさと仕事しろ」
「いーじゃん。俺も気になるし、話聞かせてくれよ」
「はぁ……」
菜花さんは水城さんとは違い、情報収集や深夜帯の見回りをしている。私たちと入れ違いで、いつも見回りに出るのだが、それまでは大体ここで屯しているとか。暢気で軽い雰囲気だが、実力は十分にあるらしい。水城さんとは大学からの知り合いで性格的には相性が悪そうだが、なんだかんだ上手くやっているようだった。
邪険に扱うのも出来ない雰囲気で、渋々水城さんは菜花さんに説明をした。
「空魔ってよく分かんないしね。そういうのもあるんじゃないの?」
「……やっぱりお前は一人で情報集めてろ」
「えー分析は柊たちの仕事だろ。俺は思ったことを言っただけなのに。何か期待してた?」
「してねぇよ。うぜぇな」
「真に受けんなよ。みんな難しい顔して深刻そうだったから、もっと気楽に行こうよ」
菜花さんなりの気遣いだったのだろう。私は少し頭を下げた。それに気づいたのか、菜花さんは手をひらひらさせた。
「気にしなくてもいいよ。ここでぐだぐだ話していても仕方ないし、検査して早く寝た方が良いよ。夜更かしはよくないからね」
「……それもそうだな。検査自体はそんな時間はかからないだろうから、手配しておく」
「ありがとうございます」
私たちは礼を言って作戦室を後にした。菜花さんの言う通り、情報は少なく何とも言えない状況だった。それならば、さっさと検査を済ませて、明日に備えるのが正しいだろう。
「検査室までついていく」
「いいよ。どうせすぐに終わるもの。それに、ちょっと一人で考えたいの」
「そうか……何かあったら遠慮なく言えよ」
「分かってる。おやすみ」
葵と別れ私はその足で検査室へ向かった。同じ研究棟にあるので、そこまで行くのに時間はかからない。検査は最新機器のおかげで滞りなく進み、結果は異常無しとのこと。ひとまず胸を撫でおろした。
今度は研究棟から自分の寮があるところまで帰らなくてはならない。少し距離があるのだが、考えるには十分な時間がとれそうだった。
歩きながら今日の出来事を思い返してみる。
これまでになかった存在。新手の空魔? それにしても、不思議な感じがした。空魔だとしても、ほかの空魔とは明らかに違う雰囲気を纏っていた。既知感も気になるし、これからも来るのだと思うと、頭が重くなる。
過去にあんな知り合いがいた覚えはないけど、少し記憶が曖昧なところもあるし何とも言えない。
曖昧というのは、エンプティへ来る直前の記憶がないのだ。気づいたら私はここに連れてこられていた。訳も分からず特訓を受けて、空魔を退治するという役目を負うことになった。完全な記憶喪失というわけではない。記憶が抜け落ちているというのが一番、近い表現かもしれない。家族とかの記憶はあるし、もともと住んでいた場所も覚えている。だけど、そこへ帰りたいとは不思議と思わなかった。ここへ来てから一度たりとも思わなかった。家族にそこまで嫌な記憶があるわけでもない。
けれども私は――何かを間違いなく失っている。確実にそう思う。
こんなことを考えてしまうのは、きっとあの掴みどころのない、猫のような空魔(?)のせい。
気付けば、私は自室のドアの前に立っていた。あっという間にワープしたかのような感覚だった。自室へノックもせずに入った。ここには私以外の人間はいない。大抵は二人組が多いのだが、私の場合は同室になるのを嫌がられているということもあってか、完全な個室になっている。それはそれで都合がよいので問題はない。他に誰もいないので、思いっきりベッドへ倒れこんだ。
それから、夜が明けるまで目が覚めることはなかった。
紫苑たちが退室した後、作戦室の中には二人の男が残っていた。柊はタブレットを操作しながら、蘇芳に問いかける。
「お前は、月宮の話どう思う?」
「別世界? 人型空魔?」
「どっちもだよ」
「別世界があるなら行ってみたいな。人型空魔には会いたくないけど」
「……お前に聞いた俺が馬鹿だった」
どこまでも茶化してくる蘇芳に対して、怒る気力も湧かなかった。昔からこういう人間なので矯正するのは諦めていた。
「真面目に個人的な意見を言うと、別世界というより現実逃避の類だと思うんだけどね」
「どういうことだ?」
柊は蘇芳の言葉の意味を測りかねていた。現実逃避という言葉の意味自体は知っているが、どうして蘇芳がそう思ったのか――
「人って都合の良い場所を作りがちだよね。紫苑ちゃんにとっての、そういう場所なのかもしれないねって話」
「自己防衛のための幻覚ということか」
「夢の無い言い方だなぁ」
蘇芳の考察は少し興味深いものがあった。紫苑が嘘を言っていないとなると、見たものは幻というのが一番しっくりくる。どうしてそのような幻を見たのかといえば、ストレスが原因か。紫苑自体に異常が無いとなると、精神的なものが影響している可能性が強くなる。
現実だろうが幻想だろうがどうでもよさそうな蘇芳は帽子を被りなおして、立ち上がった。
「ここには癒しが足りないんだよ」
蘇芳の戯言に耳を傾けず、柊は他の話題を切り出した。
「傷が治ったっていうのは――空魔が治したっていう認識でいいんだろうか」
「そーなんじゃない? 特殊能力に目覚めたわけじゃないなら」
「検査結果は異常無し。傷を負っていたのは葵も見たから本当で……」
「優しい空魔なんだね」
蘇芳が何気なく呟いた言葉に、柊は呆れを通り越して笑いがこみ上げてくる。
「……優しい空魔とか、マジで意味が分かんねぇし」
「というか、空魔なのかな」
「さぁな。目撃証言が月宮しかいない以上、どうしようもない。月宮のいっていることをどこまで信用すべきか。そこらへんも出来たら調べてくれ」
「はいはい、分かったっての。でさー……」
「早く行け!」
柊は話を続けようとする蘇芳を強引に追い出した。蘇芳は不服そうな顔をしつつもすんなりと出ていった。情報に関してはそこまで期待はしていなかった。あまりにも特殊な事例で、同じような出来事が起こるとは到底思えなかった。
しかし、柊の中では何かが動き出しているような――運命の波が大きく押し寄せて来ているような気がしてならなかった。