レイラは再びラパン達の所へ戻ってきていた。
ラパンとミレドは相変わらず言い争っている。傍から見れば、割と仲が良さそうに見えるがラパンの方は全力で否定するだろう。触れずにそっとしておくのが一番だ。
「私はしばらく旅に出ようかな。ちょっと視野を広げたいっていうかさ……」
「ラパンは死にたいんじゃなかったのぉ~」
「別に今すぐじゃなくてもいいでしょ! レイラちゃんが遠くへ行ったとき……私は終わりたくないって思った。この世界にいたい――って願ったんだ。コロコロ変わってるし、ダサいなぁって思うけど仕方ないじゃん。そう思ったら、そうしたいって思ったらどうしようもないじゃん!」
どうやら、ラパンは前向きに生きることを決めたようである。心境の変化は悪い方向ではなかったのでレイラは安心した。レイラは正直、死ぬよりは生きて欲しいと心のどこかで思っていたのだ。自分の我儘で押しつけになってしまうので言えなかったが、レイラは素直に嬉しかった。
「その思い――大事にしてください。きっと、ラパンの大切なものになるでしょうから」
「レイラちゃん……」
「ボクは相変わらず、世界が変わるのを待っているけど……でもまぁ、ラパンの言う通り今すぐじゃなくてもいいかなぁ。気長に待つよぉ~レイラ様の願いはレイラ様のものだしねぇ~」
ミレドはあまり変わっていない様子だった。だが、会った時よりも幾分か明るくはなっているかもしれない。ミレドは世界が変わることを願っているようだが、レイラとしてはすでに変わっているような気がする。これは世界というより――ミレドの内面の話だ。
「望めばいつだって、世界は変えられる――そういうものです。自分の思いを忘れなければ、辿り着けるでしょう」
「気持ちの問題ってことぉ~?」
「世界には輝きに満ちてますから」
グラスの言う輝き――人々の心は何者にでもなれる魔法の力だ。様々な輝きを見てきたレイラは自分なりの答えを導き出した。
ミレドはレイラの言葉とは裏腹にどこか不安そうな表情をしていた。
「……ボクは別に願いが叶わなくてもいい。だからさ、また会えるよね……レイラ様」
「あなたが忘れなければ、どこかでまた巡り合えるはずです」
レイラが取ろうとしている選択肢を分かっているかのような物言いのミレドにレイラは少しドキっとしたが、平然を装った。もう一度会えるか――レイラには分からないことだ。それでも、レイラの決意は揺るがなかった。
「そういえば、レイラちゃんはどこ行くの?」
「どこへ行こうか――ちょっと悩んでましてね。どこへ行きましょうかルーン?」
「えっ? いきなりこっちに振るのやめてくれよ……何も考えてないんだからさー」
いきなり話題を振られたルーンは困惑していた。本当に呆けていたようだった。ルーンのこういった姿は新鮮だ。
ラパンはというと、レイラの話を聞いてうーんと唸っていた。どこか引っ掛かっているようである。
「……そういや、二人は未だに契約中なの? あ、でも契約魔法はヴェーダがいないからもう無効だし、自由じゃん。ルーンについていく必要なくない?」
そう言われて、レイラは咄嗟に答えられなかった。理由を明かせば、世界の秘密を説明しなくてはいけなくなる。
「ラパンってば~キミは旅に出るんだろ~」
「ちょっと、何すんの! 触んなよ! ミレドのくせに!」
ラパンはミレドに引きずられていった。ミレドが空気を読んだのが意外だ。どのような意図を読み取ったのかは不明だが、レイラは内心ミレドに感謝していた。ラパンは何が何だか分かっていない様子で不服そうだった。ラパンには申し訳ないことをした――そう思いながらも、手を振って見送った。
ラパンの言う通り、契約はもはや破棄されたも同然であった。ルーンについていく理由は無い。だが、それでもレイラはルーンの側にいたかった。嘘偽りの無い心からの願いであった。
「行きたい場所、本当に無いんですか?」
「はは……行きたいっていうより、どうなってるか見たい場所があるんだ」
「そう言われると気になりますね。行ってみましょう!」
レイラはルーンの手を取った。この先、何が起こるか分からない。少しでも長く一緒にいたかった。
「じゃあ、行ってみようか」
そう言ってルーンが移動魔法を準備しようとしたときだった。不意に声がかかる。
「レイラ――」
レインはレイラに何かを告げたいようであった。何かと思ったレイラは少しだけ身構える。止められることは無いだろうが、一体何なのだろう――訝しんでいるとレインは何かを突き出してきた。レインの手のひらには紫の宝石に銀の装飾が施されたブローチらしきものが乗っていた。
「……餞別だ。お前は見捨てた――そう思っていても、元々あった思いは変わらない」
「これは……」
「ヴィオレットの力が込められていると言われている」
「へぇ、面白いもの持ってるじゃないか。君が持っていなくていいのか? 世界に一つしかないんだろ」
「よく知ってるな」
「これでもヴィオレットに勤めていたからね。王族の象徴でもある」
「こんなものがあったなんて……」
「成人したら伝えることになっていた。ヴィオレットが残した秘宝で、世界を変える力があると言われていた。実際にあるかは……不明だがな」
レイラはそんなものがあったとは今の今まで知らなかった。ヴィオレットの宝石からは微かに力を感じる。どれほど力を秘めているのかは分からないが、レイラが簡単に受け取っていいものではないものということだけは何となく分かった。ヴィオレットから出ていくレイラには相応しくないような気がした。
「そんな大事なもの……ヴィオレットを復興するのであれば必要になりませんか?」
「自分の力でどうにかする。これがあるからヴィオレットというわけではないからな。それに……お前が遠くに行っても守ってくれるように……お守りのようなものだと思え」
レインは照れくさそうに、レイラの手へ強引にブローチをねじ込んだ。レインなりの応援なのだろう。このブローチ――ヴィオレットの加護が無くとも、自分達の足で立つという決意の表れにも見えた。
「分かりました。受け取っておきます――ありがとう兄様」
レイラはブローチを包み込むように大事に握りしめた。仄かな温もりが伝わってくる――これまでのヴィオレットの思い出が詰め込まれているような気がした。
「それと、貴様――俺が傷つくのは構わないが、またレイラを傷つけたら――」
最後まで言わず、レインはルーンへ剣を突きつけた。眼光鋭く、ルーンを射抜くようであった。
「あー怖い怖い。人って怖いよねぇ……って、分かってるよ。レガリアもいないし、心配しないでよ。あー後さ……今更過ぎるかもしれないけど言っておくよ。僕が悪かった。ごめん」
深々とルーンは頭を下げた。レインは剣を突きつけたまましばらく黙っていたが、やがてため息を吐きながら剣をしまう。
「調子が狂うな」
「君にそう言われるとは思わなかったよ。でも、こういうの大事なんだろ? あるのと無いとじゃ、印象が大きく違うらしいからね」
「そうかもしれませんが……軽かったらそれはそれで、誠意が足りないと思われてしまいます」
「問題ない。言ったことに意味がある。お前自身がよく分かっているだろう」
どうやらレインはルーンの変化に気づいているようだった。レガリアがいなくなってから、明らかに雰囲気が変わっている。それに対して、レインはとやかく言うつもりは無さそうだった。
「僕は僕の心に従うだけだ。たとえ、どんな結果になったとしてもね」
その意味をレイラは何となく理解していた。きっとルーンはレイラが取ろうとしている選択肢を見据えているのかもしれない――だから、レイラはあえて何も触れなかった。
「それじゃ、そろそろ行こうか。あいつも待ちくたびれてるだろうしな」
「兄様――さようなら。ありがとうございました!」
レイラは頭を下げた後、大きく手を振った。レインの背後でラパンやフルール達も手を振っている。
この先の未来は必ず繋げていく――レイラは固く誓うのだった。
レイラとルーンが消えた後、レインはしばらくその場にとどまっていた。颯爽と風が吹き抜けていく。新しい世界を待ちわびているかのような、気持ちのいい風なのに、レインはどこか浮かない表情をしていた。レインは澄み渡る空に手をかざした。
「まるで、今生の別れのようだ――俺としたことが、らしくもない……」
レインは自分の言葉をかき消すように、目を瞑る。たとえ予感が的中したとしても、レインはレイラの信じた道を信じるだけだ。それがレイラに出来る唯一の償いであり、レインの選択だった。