レイラ達やクロエ達が消えてから、ラパン達はずっと同じ場所にとどまっていた。これからどうするべきか――皆が悩んでいるようだった。このまま世界が変わるのをただ待つだけでいいのだろうか――ラパンは心のどこかで思っていた。ラパンの願いは死ぬことに近かった。世界が変わって終わるのならそれでいいと思っていた。なんなら、レイラが望まないなら別にそれでもよかった。だったら、自分の願いは結局何だったのだろうか。あの頃抱いていた、思いは決して軽いものではなかったはずだ。
「……これから、か。そもそも考えている暇が無かったな……」
「いきなりどしたのぉ~」
「あんたには関係無い話だよ。死ぬことしか考えてない、あんたには……」
「何それ~まるで君は死ぬ気がないみたいじゃない~」
ラパンは何も言わなかった。きっと、ミレドは肯定の意味として捉えるだろう。実際、気持ちが傾いている以上、言葉にして否定は出来なかった。
「……何もかもどうでもよくなったってわけじゃないけど、別に生き急ぐ必要も無いって思った。世界が変わったとして、もう一度同じような人生だったら嫌じゃない? だったら、全て終わってしまった、今を生きていく方がいいんじゃないかって」
「あ~言いたいことは分かるよ。実際、本当に世界を変えられるのかすら謎だもんねぇ~レイラ様にお任せする以上は、僕は何も言えないけどさぁ~」
世界が変われば全てが変わると思っていた。
だが、改めて思い立ってみると、これまでの自分と同じような人生を歩む確証も無い。それどころか、同じ人生を歩むことになったら、それは変わっていると言えるのだろうか。記憶をそのまま継いでいたらただの地獄では無いだろうか。ラパンは記憶を生かしてまで、決められた道筋を辿りたくはなかった。変わるのならいっそのこと二度と生まれない方がマシなのではないかと思う。
かといって、今更レイラに世界を変えるのを止めてくれ――など言えるわけがなかった。
「僕は別に生きていたいって思うならそれでいいと思うよ~だって、生きてれば考えだって変わるでしょ~最初から最期まで意思の変わらない人もいるだろうけどさぁ~それはその人なりのプライドなり信念なりあるってわけでぇ~普通は柔軟に生きてく方が良いに決まってるよぉ~」
「……あまりにもふらふらしてたら、それはそれで不真面目な人間だと思われるでしょ」
「そんなの気にしてたら、何も出来なくなっちゃうよぉ~自分のやりたいことがあったとして、誰かが「止めた方がいい」って言われたらラパンは止めちゃうの~?」
ラパンはそんなことを言われて「はい、そうですか」と納得するような性格ではなかった。結局、人のことを気にするのも程度の問題だと言いたいのだろう。正直、ミレドがそこまで考えているのか不明だがラパンは少しだけ気が楽になった気がした。
「……もう少し、世界を見て回りたいな。そうすれば、きっと私の願いも分かるかもしれない」
「自分探しの旅ってやつ~? お年頃だねぇ~」
「別に、あんたには関係ないでしょ。あんたこそ、まだグズグズ死にたいとか思ってんの?」
「死にたいっていうかぁ~特別な死を求めるっていうかぁ~そうなったらいいなぁ、ぐらいだよ。やりたいことも特に無いし、何ならやりつくしたからねぇ~」
「……その割にはつまらなさそうに言うんだ」
「そうさぁ。つまらないんだよ。ボクはいつだって特別を求めてるんだよ。ボクは特別な人間じゃない……人は誰もが特別になれるわけじゃない。何者にもなれない人間がいっぱいいる。それをあっと言う間に鮮烈な光が――力があるのならさぁ……欲しくなるよねぇ~それが無理ならせめて、特別な死が欲しい――願望だし……本音だよ」
いつも陰気そうなミレドの表情は、いつにも増して仄暗く見えた。よく分からなかったミレドの本音を垣間見たようで、ラパンはしばらく言葉に詰まっていた。正直、何が言いたいのか半分も理解してない。それでも、ラパンは必死に考えていた。ミレドに馬鹿にされたくなかったのだ。
「特別ねぇ。自分ではそう思っていても……誰かには違ったりするかもしれないじゃん。それじゃ、ダメなの?」
「……え?」
「……要はアレでしょ。あんたも……その、お年頃ってこと? 好きな人とか特別な人とかいないの――って、あぁ自分が特別じゃないと駄目なのか。う~ん……あ~えっと、とりあえず……恋でもしたら? 好きな人いないの?」
ラパンの言葉にミレドは一瞬、固まっていた。やがて、クスクスと笑いだす。どうやらラパンは何か間違えたようであった。これでは、ただ恥をかいただけである。やはり、何も言わない方が良いこともある――ラパンは改めて会話の難しさを痛感したのだった。
「何も考えてないのに、行き当たりばったりで言うのどうかと思うよぉ~」
「……うっさいなぁ。あんたのこととか知らないし、別にどうでもいいし」
「見方を変えるのも、確かに悪くないと思うよぉ~思いが双方向だったら、そりゃ嬉しいだろうねぇ~」
ミレドでもそう思うのか、と新たな発見だった。だから何だという話なのだが。
「……そういう人を見つければ、多少はマシになるんじゃないの?」
「それじゃ、満足出来ないから悩んでるのさぁ~」
「……えー好きな人いたの? 好かれてる人、最悪じゃん」
「そうだよねぇ~だから特別になれたら、振り向いてくれるかもしれないでしょ~?」
「……歪んでるな。別に、あんたが特別な力を持ってなくても気にしないと思うけど。誰もそんなの求めてないっての。少なくとも私は気にしないって」
「え~ボクのこと好きなのぉ~?」
ニコニコしながら聞いてくるミレドに対して、ラパンは満面の笑みで答える。
「きらーい」
「即答だねぇ~好きって言われたらどうしようかと思ったよぉ~」
「……能天気。あんた自分がやったこと忘れてんじゃないでしょうね?」
「分かってるよぉ。もしもの話だってぇ~でも、本当にその気になったらいつでも歓迎するよぉ~」
「……はいはい。死ぬまでに覚えてたらね」
どこまでも人を食ったような態度にラパンは呆れかえっていた。真面目に相談に乗ったつもりだったが、果たしてミレドの中で解決したのか――ラパンにはどうしようも出来ないことなので、少しぐらい前向きになればいいな、と思うのだった。あれほどまでに憎んでいたのに、今では憎悪の感情も湧かなくなっていた。決して、ラパンは忘れたわけではない。しっかりと胸に刻まれている。いつまでも、縛られていては前に進めない。両親だって立ち止まっていることを望んでいないだろう。
ラパンがグッと拳に力を込めた時だった。
「さっきの、特別って話さ……少なくとも、ボクにとって君は特別だし、君にとってもそうだったらいいなぁ……っていうね」
笑いながらミレドは普通になんてことの無いように語る。今度はさすがに何を言いたいのか分かった。ただ、ミレドが本当に心の底からそう思っているのか、ラパンには測りかねる。それ以上に、ミレドはラパンに強烈なトラウマを植え付けた。過去のことで気にしないと言っても。折り合いをつけるのは簡単なことではない。
「正気? あんたのこと、完全に許したわけじゃない」
「正気だよぉ。キミにやったことも忘れたわけじゃない。それでもねぇ~ここで言っておかなきゃ、言うことないかもしれないからさぁ~」
同じ道を歩むわけではない。二度と会わない可能性だってある。わざわざ、ミレドが嫌がらせの為にこんなことを言う人間でないのはさすがに分かっていた。だとしたら、ミレドの気持ちは本物ということになる。ラパンは慎重に言葉を選んだ。
「あのさぁ、揶揄ってる? そうだったら、二度と私の前に現れないで欲しいんだけど。つーか今すぐ消えろ!」
「……そう思われても仕方ないってのはボクも承知さぁ~そもそもねぇ、キミが変なこというから悪いじゃーん。好きな人見つければとかさぁ~!」
「うっ、それはそうだけど! はぁ……何よ。一気に私の悩みが吹っ飛んだわ」
「良いことじゃないかぁ~」
本気で言っているのかやはりラパンには分からない。それでも、わざわざこんなことを言ってくるのだから、相応の返しをしなくては気が済まなかった、真実だろうが嘘だろうが、ラパンは自分なりにミレドへ答えを突きつけた。
「……いつか、ね。いつの日か何かの手違いで、隕石が衝突して私の頭がおかしくなったら、考えなくもない」
「それ死んでない~?」
「……さぁ、どうでしょうね」
「え~どういうことぉ~?」
ミレドは首を傾げていた。ラパンはあえて直接言うのを避けていた。ラパン自身気持ちの整理がついていないのもある。
「……分かんないなら別にいい」
「良いのか、駄目なのか――はっきり言わないとぉ~」
直接的な回答を求めているようだが、ミレドもはっきり言わないのでおあいこだと思っている。好きなら好き――そう言えばいいだけの話だ。ただし、その思いに答えるかはラパンが決めることだ。ラパンがずっと苦しんで悩み続けたように、一生考えていればいい――それくらいは許されるだろう。
「……あんたに決められる筋合いはないし。そのまま一生悩んでろー」
「全く、素直じゃないんだからぁ~」
「うっさい、バーカバーカ」
「命よりも先に語彙が死んでるよぉ……」
どちらかというと、ラパンとしてはこうやって言い合ってる方が性に合っていた。特別と思われるのは悪い気はしないが、それは相手に問題が無ければの話だ。ラパンはこれでも現実的であった。ミレド相手に二つ返事で答えたらどうなるか目に見えていた。
そこまで考えておきながら、あり得ないと言わず、切り捨てないのは罪悪感からだ。施設が跡形もなく消えたのはラパンがミレドに目をつけられたからで、その上危険人物なのを知っておきながら野放しにしておくのも気が引ける。放置していたらとんでもない被害を与えかねない、とラパンは思っていた。受け皿くらいにはなってもいい――ミレドには死んでも言うことは無いであろう、ラパンの本音だ。
(結局、過去を捨てるのも、背負うのも――自由よね)
ラパンはミレドの言葉を受け流しながら空を仰ぐ。すると、一瞬だけ何かが通り抜けていくような感覚を覚えた。嫌な力と、純粋な力が混ざりあったような――風の流れが変わっていく。
「……ん。何か、空気の流れが変わった」
「え、いきなりどしたのぉ~」
ミレドには分からないようだったが、ラパンは分かっていた。上にあった城は見えないが、決着をつけたのだろう。その場にいられなかったことは悔やまれるが、レイラならやってくれると信じていた。
「……終わったんだよ」
自分の目で見なくても分かる。感覚的なものだ。世界を取り巻く流れが変わったのを肌で感じるのだった。