ラパンが闇の中へ飲み込まれそうになる少し前――

「そろそろあっちは限界かもねぇ? キャハハ! 自分に飲まれていくってどんな感じなんだろ~? 知りたくても死んじゃうから聞けないのが悲しいわぁ……」

 ラパンの動きが完全にフリーズしているのを見て、愉快な喜劇を見ているかのように笑っていた。クロエにとって他人の不幸は蜜の味。過去にも気に食わない人間をこの魔法で陥れてきた。トラウマを持たない人間はほとんどいない。黒魔法をベースに彼女が編み出した独自の魔法である。魔法でありながら、魔術に近い性質をもつ特殊な黒魔法だ。性格に難はあるが、魔法使いとしての実力はかなり高い。

「アンタも地獄に堕としてやるわ!」
「出来るもんならやってみな」

 フォルテは拳に炎を纏い真っ向から突っ込んでいく。クロエはステッキで攻撃を受け止めた。魔法使いの持っているステッキなどは、ただの魔具ではない。魔術師の使う魔具は基本的に術を安定して出力する用途の為、強度はそこまでないが、魔法使いが使用する魔具は魔法の威力を底上げする他にも、直接殴ったり防御したりする用途に使われることもある為、見た目よりもかなり頑丈に作られていることが多い。
 クロエのステッキもその用途を想定しているようで、あれで殴られたらひとたまりもないだろう。

「その程度? 大したことないわね~」
「んだよ固ェじゃねーか。見た目に反してゴツいのな……」
「ゴツいとか言ってんじゃないわよ!」

 クロエはハートの弾をまき散らしていく。可愛らしい魔法だが、喰らえば爆発する一切可愛げのない攻撃だった。

「おい、フォルテ!」

 クロエの攻撃を受けている最中に何やら、レインが呼びかける。対応している暇はないがどうしたものか――と思っていたが。

(聞こえるか?)
(うわッ。ビビった。お前、そんなことも出来たのかよ)
(魔法じゃない念話機を使っている。一回使うと次使うのに、時間がかかるからよく聞け)

 思念魔法も存在するがかなり難しい為、習得している者は少ない。その代用品として魔術と駆使した念話機が存在しているのは知っていた。
 だが、かなり高価な代物で、フォルテには縁のない魔具だった。このように会話をしている以上、相手に少しでも聞かれたくない者なのだろう。フォルテはなるべく表情に出さず、クロエの相手をすることにした。正直、かなり疲れるがやるしかない。

(俺の魔法で黒魔法を解除する)
(黒魔法を? お前が? つーか魔法の解除って出来るのかよ? って、まさか……白魔法、使えんのか?)
(あぁ。規律だけで民は救えないからな……)
(へぇーえ。面白れぇじゃん。ますます気に入ったぜ)

 黒魔法と白魔法は対のような存在として扱われている。黒魔法は精神を黒く染めるが、白魔法はその逆で精神を白くするもの。サランドでは黒魔法と同じように白魔法も禁じられていた。白魔法には精神を高揚させる魔法も存在する。ただ、浄化するだけなら問題ないが行き過ぎれば、その人物の感情までもまっさらにしてしまうことがある。行きつく先は黒も白も似たようなものになる。だからこそ、白魔法と黒魔法は禁忌魔法としてサランドでは禁止されている。
 それでも、レインが覚えていたのはもしものときに備えていたからであろう。ちなみに習得難易度でいえば、白魔法は黒魔法と違い適正があるので、白魔法の方が高いらしい。一応、フォルテは白魔法の習得を試みたことがあるが、適性が無いらしく覚えられなかった。習得出来ないのは、何となく分かっていたので、すっぱり諦めたのであった。
 
(けどよぉ、魔法だけを解除するのはかなり難しいと思うぜ? それこそあいつを切り殺す勢いでやらねぇと)
(魔法だけを切り捨てる。その為にクロエを誘導して欲しい。こちらに目がいかないように。少しでも狂うと、致命傷になりかねない)
(マジで言ってんのかよ。でもまぁ、出来るってんならやってもらおうじゃねぇの。あのまま死なれたら寝覚め悪いしな)
(……頼んだぞ)
(任せな。注目を浴びるのは好きな方なんでね!)

 フォルテとレインは互いにアイコンタクトを取り、作戦行動に移る。まずはターゲットをフォルテに集中させること。第一段階として、フォルテはクロエの周りに爆発魔法を仕掛けた。

「くっ。こんな魔法でやれると思ってんの!?」
「これぐらいでやられても困るんだけどな」

 フォルテは宙に浮かびながら、クロエをちまちまと攻撃し続ける。クロエはと言うと、ステッキや魔法を駆使してフォルテの攻撃を打ち消していた。それでも弾にかすったりしているあたり、かなり体力を消耗していると思われる。

「まったく、どいつもこいつも生き汚いわね。さっさとくたばったほうが、楽だと思うんだけどねぇ。どうせレガリアに支配されるんだしさぁ」
「その言い方だと、お前もさっさと死んだほうがよくね?」
「なんでアンタに殺されなくちゃいけないのよ。アタシはレガリアの支配する世界でも上手く生きていくつもりよ。その為にレガリアに従ってるんだから」
「レガリアのことはよく知らねぇけど、切り捨てられない自信はあるんだな」
「……何が言いたいのよ」

 クロエはフォルテから目が逸らせなかった。明らかに馬鹿にされていると気づいたのだろう。クロエは殺意と怒りをむき出しにしている。

「別に。それがお前の生き方で満足してんなら、何も言わねぇよ。でもって、何を言われても響かねぇハズだろ?」
「黙れ、黙れ。喋るなよ雑魚のくせに」

 ここまでクロエと戦ってきて抱いた印象は、感情的な人間だということ。自分を否定されるのが耐えられないタイプだ。そして、フォルテとの相性は最悪と言っても過言ではない。扱いやすい性格なので、ラッキーと言えばラッキーだ。

「なのに、お前キレまくりじゃん。お前みたいな性格の奴が誰かの下につくなんて耐えられるハズないもんなぁ!」

 フォルテは最大限の爆破魔法をクロエへ繰り出した。クロエもまた、フォルテを殺さんとばかりに強力な魔法を放つ。フォルテの視界には大量の光と、星型の弾が降り注ぐ。フォルテは爆破魔法で相殺しようとしたが、全て対処は出来ずにいくつか被弾する。

「……ちっ。いてぇな。まぁ腐るよりかはマシか」

 被弾した個所からは煙のようなものが経ちこんでいた。この焼かれ方は光魔法の一種だろう。光魔法は直に浴びると、強烈な痛みが走る。

「へぇ。口先だけじゃないのね。ここまでやるとはねぇ~」
「敵だろうが褒められるのは悪くないな」
「でも、捕まってらしいからやっぱり雑魚~」
「あれは仕方ねぇよ。つーかオレをひっ捕らえるなんて化け物すぎる。で、お前はオレを捕まえたのが誰なのかを知ってるか?」
「はぁ? そんなの知るわけないでしょ。つーかどうでもいいからさっさと死ね!」

 クロエはステッキをふるいハートの弾と星の弾を同時に展開する。フォルテの真上に、今にも降り注ごうとしている。

「寄り道せずにさっさと殺せば良かったのになぁ。ちなみにお前の攻撃は避けようと思えば全部避けられるんだよ。試してみたら大正解じゃねぇの」
「……っ!? 何」

 フォルテの言葉にクロエは動揺を隠せなかった。クロエの魔法はすべて消え去っていた。まるで攻撃が強制的に無効化されたようだった。見たことも無い現象にクロエの動きは止まる。そして、次の瞬間にはフォルテの目の前から消えていた。

「――がっ!? ……は……ッ」

 クロエは何らかの衝撃によって勢いよく吹っ飛んでいった。そのままクッションを出す暇もなかったが、運よく自分が作ったオブジェに辺り衝撃は緩和されたようだった。何が起こったのか分からずクロエは這いつくばりながら辺りを見渡していた。やがて、クロエの前に一つの答えが舞い降りた。

「ごきげんよう。目覚めの一撃はどうだった?」

 クロエの目の前に立つ少女――ラパンの姿を見て、ようやくフォルテは一息ついたのであった。