レイラ達がメロディア書斎で騒いでいた頃――ヴィオレット城の一角にあるレインの部屋では静かな空気が流れていた。現在、部屋には部屋の主であるレインとメロディアの部下であるセゾンがいる。普段あまり話すことはないが、今回だけは別だった。セゾンはレイラがヴィオレットまで来たと聞いて、すぐさまレインの下へ向かった。いつかは来るとメロディアは言っていたが、こんなにも早くその時が来るとは思わなかった。
「レイラ様が来ています。館長と館長の妹様……ミリィさんも来てるみたいですよー」
「…………」
レインは答えない。静かに書類の束と格闘しているようだった。レインとは出会ってからかなり時間が経ったが、未だに何を考えているかセゾンには分からなかった。しばらく沈黙が保たれていたが、やがてレインの方が口を開いた。
「どうして俺の元に来た?」
「レイラ様をどうするのかと思いまして。殺してしまうのですか?」
セゾンは回りくどく隠すこともせずはっきりと問う。無礼を働いているのは承知だった。それでもここで聞いておかなければ、一生聞くことも出来ないだろうと感じていた。
「お前には関係無い」
レインの回答は予想通りだった。独りでずっと抱えるつもりなのだろう。国の為なのかもしれないが、それでも何も言わないのはさすがに不信感を抱かれても仕方がないと思う。それでもセゾンはレインのことを信じていた。セゾンは災害で両親を失って、ヴィオレット付近で飢え死にしかけていたところを拾われた。その時のレインはとても温かく、穏やかなものだった。あのレインが嘘だったとは思いたくなかった。普段は冷たく素っ気ない態度をしているが、誰よりも妹を大事にしていたことを知っている。
「……自分としては、あまり争って欲しくないです」
こんなことを言うつもりではなかった。嫌な予感があった。以前のように戻ることは出来ないと心のどこかで気づいていた。あの日、レイラが生贄にされて月日が流れ彼女の死が風化していくのを目の当たりにしてから――進んでしまった針は戻せない。
「レイン様には恩がありますし、これ以上は控えます。けれど一つだけ言わせてください」
セゾンは改まってレインに告げた。
「貴方は一人ではありません。周りにはたくさんの人がいます。それだけは忘れないでください……それでは」
一礼だけして振り返ることなくセゾンは出ていった。これ以上言っても無駄だろう。溝は簡単に埋まるものではない。譲れないものがあるのなら、なおさらだ。一体、何をそこまで突き動かすのだろうか――セゾンはレイラが来ているという図書館まで急いだ。
――ヴィオラ図書館。メロディアの書斎――
レイラ達が緊張感に包まれている中、セゾンはとぼとぼとメロディアの書斎に入ってきた。それはルーンの秘密を知りたいか――ちょうどミリィが問いかけた直後だった。
空気を読んでいるのか読んでいないのか分からない登場の仕方に一気に空気が緩んでいく。
「はぁ~やっぱり駄目そうですねー」
「何が『はぁ~』よ。どこほっつき歩いていたのよ。客人がいるからさっさと茶と菓子を用意しなさい」
メロディアはセゾンに呆れながらも、容赦なく小間使いとして働かせた。セゾンは気だるそうに返事を返した。
「へーい……」
「しばらくぶりですね」
「おーレイラ様。お元気そうでー」
セゾンはいつものように笑みを向けてくれた。レイラはセゾンと再会出来て嬉しかったが、疲れた様子なのは少し気になっていた。決してメロディアに、こき使われているからというわけでもなさそうだった。
「ふんふん。なんだか観客が多くなってきたわね? 私は一向に構わないんだけどさ」
「んあー? うるさくなってきたなぁ……何だ?」
部屋が賑やかになったせいか、寝ていたフォルテも目を覚ましたようだった。暢気にあくびをしていたが、状況は全く分かっていないようだった。
「余計なことばかり言うから、余計なものまで起きちゃったじゃない」
「突っ込もうか悩んだんだけど……何でこいつが外に出ているのよメロディア!? ヴィオレットの牢獄にいたはずでしょ!」
「私が出したの。強力な術をかけているからそこまで悪さはしないわ。多分」
「この人そんな悪人なんですか!?」
そもそもレイラがいた時にはこんな人間が収監されているといった話は聞いたことが無かった。
「レイラが消えた後に放り込まれた奴でさ。とんでもない悪党! 厄介な力も持っているし、どこも手を焼いていたけどレインが捕まえたの」
「そこまで悪かねーよ。ちょっと目立ち過ぎただけだ」
「貴方の魔法で死人が出ているのよ。少しは反省しなさい……」
「別に魔法で殺したわけじゃねーし」
フォルテは全く悪びれる様子もなかった。元々フォルテは各地で派手に暴れまわっていた。特に理由もなく、派手に爆破して回っていた。ごくまれに悪さをしている組織のアジトを爆破したり、悪党に悪戯を仕掛けたりといったこともしていた。指名手配されていたが誰にも捕まることなく、得意の魔法で逃げていた。が、いつまでも逃げ回ることは出来ず、ヴィオレット付近で事を起こした後、レインによって捕らえられた。ヴィオラ図書館の奥にあると言われる魔法使いや魔術師専用の“紫の牢獄”に収監されていたが、メロディアの手によって今は外に出ていた。
その情報を聞いたレイラは心底ドン引きしていた。一歩間違えば死んでいたかもしれないのだ。
「最悪じゃないですか」
「あんただったら次元魔法で逃げられたんじゃないの? 私の情報では使えたはずだったけど?」
ミリィが不思議そうに尋ねる。どうやら、フォルテの素性はかなり知れ渡っているようだった。ミリィの問いに対してフォルテはぶんぶんと首を横に振った。
「行動が読まれてたみたいでよ。ご丁寧に反魔法の結界張られてたし、あの王子ヤバくね? 魔法自体が使えなきゃ打つ手ねーよ。今もこのクソみたいな腕輪のせいで満足に魔法が使えねえのー」
フォルテは両腕を突き出して、黒い腕輪を見せた。腕輪には魔法を封じる呪いがかけられている。この腕輪を付けている間、魔法を使おうとすると、全身に激痛が走るらしい。レイラ達を襲撃したときは、一時的にメロディアが腕輪の仕掛けを解いていたようだ。ただし、遠隔で見張られているので、逃走しようものなら即座に腕輪の力が発動する。
「そんで今は牢にぶち込まれているってわけねーバカじゃん。きゃははは」
ミリィはけらけらと笑っていた。ミリィはそういったところはしっかりしていて、捕まるラインを弁えていた。それでも、捕まるようなヘマはしないという自負があった。
「所詮は子どもの遊び。いい経験じゃない」
「衣食住に困らねーからいいんだけど。ぶっちゃけ飽きてきた」
「国で養うのも憚られる賊ね」
フルールは軽蔑の眼差しを向けた。収容所の維持には国の金が使われている。無限にあるものではないし、無駄に使われるのは見ていられない。
「だったら解放しろってんだ」
「殿下からは特に何も言われてないのよね。更生したら出られるんじゃない?」
レインが地下牢に閉じ込めておけといったので、そのまま入れているというのが現状である。それ以降どのような処罰をするのかという話は全く出てこなかった。他人事なのでメロディアも気にしなかった。囚人がどうなろうが知ったことではない。
「もしかして忘れられてるんじゃないんですかねー」
誰もが思っていたが、あえて口には出さなかったことを、ちょうどお茶を持ってきたセゾンが口にした。
「だよな!? そう思うよな!? 雑すぎじゃね?」
「まーフォルテさんは普段の言動からして、更生していないのが丸わかりなので、更生が条件だったら無理ですよねー」
「あんな場所に放置されて真っ当になれるかっつーの」
「少しは反省したらどうかしら。そんなことだから忘れられるのよ。国の為に働きなさい」
フォルテは牢獄に入れられてからも、反省するそぶりを見せなかった。なんなら、待遇に文句を言うぐらいだった。とにかく自由勝手に振舞っていた。他にも収監されている魔法使いはいるもがぶっちぎりで看守達の頭を悩ませていた。
「やだねーつうか、忘れられてんの確定なの!?」
「……というか、よくメロディアの指示に従ったわね。腕輪の力からは逃れられないってのに」
「魔法を使わせてやるって言われたからな!」
単純明快な返答だった。今のフォルテは魔法さえ使えればどんなことも引き受ける。フォルテの使う魔法は拉致や攪乱に適していたので、メロディアには都合がよかった。
「私達何の話をしていたんでしたっけ……」
フォルテの話は正直どうでも良かったレイラ。話が逸れていて戻すのも困難に見えた。
「セゾンが来てから完全に脱線したわね。もうちょっと緊張感があったほうが良かったんじゃない」
「さっきの空気は一体何だったんでしょう」
参ったと言わんばかりにフルールはため息を吐いた。彼女自身そこまで厳しい人間ではないが、ある程度規律は重んじて欲しかった。レイラもちょうどフルールと同じようなことを思っていた。
「まーまーメロ姉さまのようにピリピリしててもやりづらいから、気楽に構えてよ」
「……気楽に出来る話ではないと思うけれど」
「そんなの気分次第じゃん。勝手にシリアスにされても困るぅ」
「だったら、私に頼まない方が良かったんじゃないの。ルーンの前で勝手にレイラ姫に教えてやれば良かったじゃない。それこそ、貴方の言う面白いことになったでしょう」
「そんなのありきたりすぎて逆に面白くないって。というか、姉さまも知りたがってたんじゃーん! だから親切に巻き込んであげたのに!」
いきなりメロディアとミリィが言い争いを始めてしまったので、レイラは困惑していた。セゾンは「いつものことですよー」と言っていたが、話を進めて欲しい気持ちがあった。この中に割って入るのはさすがに勇気がいる。
「おい、止めねーのかよ。召使い」
「召使いではないんですけどねーまぁまぁ、そのうち止まりますのでー我慢してくださーい」
フォルテに声をかけられたが、セゾンはこればかりはどうしようもないので座って自分で淹れた紅茶を飲んでいた。毎度のことながら、飽きないなとセゾンは心の中で思うのだった。互いに遠慮する気がない以上、外野がどう言っても無駄だ。嵐は起こってしまったら、収まるのをひたすら待つしかない――ヴィオレットでメロディアの部下として働いてきたセゾンが得た、数多くある教訓の中の一つだった。