「何あれ」
ヴェーダとバドルは封印の祭壇に向かっている途中に光を目撃した。バドル曰く島の中心部から放たれた光はマリエルからの招集の合図らしい。ちなみに光が放たれている場所は、祭壇の付近だという。それを聞いたヴェーダは、複雑な面持ちで祭壇を目指していた。
「わざわざ向こうから呼びかけてくれるなんて……不敬を働いたお詫びに自害でもしてくれるのかしら」
「ンなことするような奴じゃねぇのは確かだな」
「でしょうね。あんなアホみたいな歓迎をしてくれたものね」
「どっちみち、祭壇のところには行くつもりなんだろ?」
「そうなんだけどねぇ。ちっ、あいつ……」
ヴェーダは最初から腑に落ちないルーンの態度を思い出した。こうなることが分かっていたのではないかと思う。魔法使いの性格ぐらいは把握しているだろうし、危険は無いと言っていたが、明らかに危険人物だった。
「ちなみに、この招集を無視したらどうなる?」
「あいつは俺の位置を把握しているからな。来なかったら向こうから来ると思うぞ。そんで無理矢理連れてかれる」
「その言い方……無視したことがあるの?」
「あぁ。滅茶苦茶キレられた。三日間ぐらい嵐だった。死ぬかと思った」
想像するだけで地獄絵図が浮かび上がる。出迎えの時に食らった嵐をずっと食らい続けるのはさすがのヴェーダも願い下げである。快適さなら間違いなく封印の方がマシだった。
「関わりたくない人種ね」
「俺だって出来るなら関わりたくねぇよ」
バドルもうんざりした様子なのを見ると、かなり曲者のように思える。気が滅入りそうな情報しかなく、ヴェーダの足取りは少し重くなっていた。バドルがいる以上すぐに争うことはないだろうが、それでも気分は晴れない。
魔法使いの実力はヴェーダから見てもかなり高い。ヴェーダと同等かそれ以上かといったところである。万が一戦闘になったときにレイラを守りながら戦えるか少し不安を覚える。
険しい表情になっていくヴェーダを見てバドルはフォローを入れた。
「確かに、ちょっと頭おかしいヤツかもしんねーけど。決して悪いヤツじゃねーぜ。無駄にテンションが高いだけで」
「頭おかしいってますます心配な情報ね。あとねぇ……私、普通に貴方のことも信用していないわよ。ここは魔女の秘密に触れた者が飛ばされるらしい場所けれど、一体なにがあってその魔女と出くわすのよ。正直、現代なら普通に暮らしていれば会わない存在だと思うのだけれど。不運通り越して奇跡と言っても差支えないくらいの確率じゃない?」
「……色々あんだよ。まぁ俺もそろそろ、割り切らねぇと、って思ってたからいい機会だ――」
そう言いながら、バドルはぽつぽつと自身の出自を語り始めた。
バドルはここにくる以前、ヴィオレット王国に仕えていた騎士だった。そこで自分の親友にして、ヴィオレットの王子であるレインが怪しい女と話している姿を目撃した。バドルは当初、話を聞くつもりがなかったが、レイラを生贄にするという話が出て思わずそのまま立ち聞きしてしまった。
しかし、女に見つかってしまい脅迫された。この国を出るか、消されるか――自分に選択肢は無かったが、それでもしばらく悩み続けた。
結局、気持ちに折り合いをつけることが出来ず、レインとは決別する形で国を離れることになった。
それから、絶海の孤島に飛ばされてしまったという。ただ、すぐに飛ばされたわけではなく、気づいたらここに来ていたという流れだった。そこまでの記憶は、あまりにも思い出したくなくて未だに気持ちの整理がついていなかった。
バドルの話を一通り聞いたヴェーダは唖然としていた。バドルの言う魔女の存在は知っていたが、まさかレインと繋がっているとは思ってもいなかった。レイラの封印には何やら恐ろしい陰謀が隠されているように思えた。
「驚いた。レイン王子と魔女は面識があったのね」
「……レイラ姫。何とか出来なかったかなぁって。今でも、思うんだよ……クソっ。俺が、情けねぇ、ばかりに……」
バドルは自身の両目を手で覆い隠した。レイラを助けられなくて心底悔やんでいるようだった。正直会ったばかりで特に何の思い入れも無かったが、思ったよりも情報源として有能だったのでとっておきの情報を伝えることにした。
「……その話、私以外の人間に言わないと、約束すれば良いこと教えてあげるわよ」
「何だ?」
バドルは怪訝そうにヴェーダを睨んだ。ヴェーダは気にも留めず、ただ意味深に微笑む。
「レイラは生きている。そしてこの島に来ているわ」
「何だって!? 本当か!?」
バドルは天地がひっくり返ったかのように驚きを見せた。思わずヴェーダに詰め寄っていた。あまりの剣幕にヴェーダは気圧されそうになる。
「落ち着きなさいって。レイラが生贄になったのは知っているのでしょ? そこから彼女は復活したのよ。今は元気に災厄の封印を解いて回っているわ」
「マジか……!? 嘘だろ。そんな話聞いてねぇぞ!」
「信じるも信じないも、あの場所へ行けば分かるわよ。あそこは集合場所なんでしょ。多分、レイラもあの光を見れば、何事かと思って来るはず」
光の柱を指さすヴェーダ。あそこに集えばレイラの生存が確認出来る――バドルには光の柱が救いの光に見えた。
バドルはずっと心の中で後悔していた。どんな経緯があったのかは知らない。レイラからすれば、バドルなど騎士の一人でしかないし顔すら知らないだろう。
それでも、レイラが生きているという事実は心底嬉しかった。兄に裏切られたまま死ぬなど、あまりにも悲惨だ。放心状態のバドルには目もくれず、ヴェーダはひたすら考えていた。
「それにしても……レイン王子。一体何を考えているのかしら。あいつに手を貸すなんて正気の沙汰じゃないわよ」
「そんなの最後まで分かんなかったし、今でも分かんねぇ。どうして何も言ってくれなかったんだ。俺が甘いのは分かってる。けどよぉ、あまりにも情が無さすぎるだろ。妹なんだぞ……!? そう簡単に決められるわけ無ぇだろ……」
「国か妹か――私が同じ立場だったら迷わず国を選ぶわね。合理的に考えれば当然よね」
バドルは口を噤んだ。どちらを選ぶかなど、自分には到底出来ないことだった。バドルが同じ立場だとしたらどちらも同じくらい大事だし、断っていただろう。たが、それも脆い理想でしかない。そうありたいと思うだけなら誰でも出来る。口先だけならどうとでも言えた。実際はどうだ? 騎士として守る――当然のことすら行動にすら移せない人間だ。
それなのに、自分の無力さを棚に上げ、文句は一丁前に吐き続ける。綺麗事などこの世には存在しない。頭では分かっていても、未だに割り切れなかった。
「あのよぉ。さっきの約束を無かったことにするわけじゃねぇけど……このことってレイラ姫に言っちゃダメなのか?」
「レイラは直接聞きたがっていたわ。貴方の出る幕はない。それに、その時は迫っているわ」
「……どういうことだ?」
「封印は五か所。ここで四か所目。残る封印はヴィオレットにある――まぁ、どのみち避けては通れないでしょうね」
バドルはヴェーダの話を聞いて、愕然としていた。今の状態でレイラとレインが鉢合わせしたらどうなるか――
「俺じゃなくて、もしかしたら――姫なら……話してくれるかな」
自分で呟いておきながら、絵空事のように思えた。きっと、今のレインはレイラにすら容赦しないはずだ。バドルが最後に見たレインは、何から何まで凍り付いてしまっているようだった。
「どうでしょう。血みどろの殺し合いになったりして」
「止めろよ! 絶対止めろ!」
「止めろって言われたら止めるけど。レイラが殺し合いを望むなら、止めないわ」
「最悪だ……」
絶対に見たくはない光景だった。バドルの想像はどんどん悪い方向に進んでいた。整理するつもりがどんどん混沌と化していく。最初は面白おかしく眺めていたヴェーダも次第に呆れていった。
「そんなに気を落とさなくてもいいじゃない。話し合いで終わるかもしれない。どうして最初から衝突前提なのよ。少しは信じてみたら? ま、私は衝突するに賭けるけれど」
「お前マジで性格悪いな……」
ヴェーダは特に気にしていないようだった。ある程度レイラに配慮している部分はあるが、結果などどうでも良かった。目的に支障さえなければどうとでもやってくれと言った感じである。ただし、レイラが死ねばヴェーダも死ぬのでレイラが死にそうになったら、容赦なくレインを殺すつもりである。
「ったくよぉ。どいつもこいつも、自分勝手な奴ばかりで嫌になるぜ。ついてけねぇよ」
バドルはうだうだ悩んでいたのが馬鹿らしくなってきたようだった。ここにいる限り、どうすることも出来ないわけだから、悩んでいたって仕方がない。
「そんな体たらくだと、あっという間に深淵に飲み込まれるわよ」
「バーカ。もう手遅れだっての」
軽快に笑うバドル。未だに心の整理はついていないが、それでも自分が出した答えが間違っているとは思いたくなかった。その結果、ここに閉じ込められてしまったとしても、後悔せずにこれから生きていけたらと思った。それにどこまでも身勝手な魔女や魔法使いを見ると、ぐだぐだ悩んでいるの自分が馬鹿らしく思えてくる。
「確かにねぇ。フフッ」
そんなバドルの思いを知ってか知らずかヴェーダもつられるように笑みをこぼしていた。初めは最悪な目にあったと思ったが、重要な情報を得られたので結果的には飛ばされてよかったと思っていた。同時に、ますますレインを含めたルーン達の思惑が分からなくなる。魔法の根源であるグラスの力を純粋に破壊に使うとは思えなかった――莫大な力があれば自分の願った世界も作り出せる可能性もある代物だ。もしも、魔女が自身の望む世界を作ろうとしているのなら――ヴェーダは憎しみの炎を絶やさずに、ただひたすら笑っていた。
この島にいる人間の思いが集っているであろう、光の柱は目前に迫っていた。