ルーンとマリエルが消えた後、レイラとサリーヌはぽつんと取り残された。互いに言葉を発さないまま数分が経過した。レイラはというと、サリーヌの方にちらちらと視線を送ってはいるが、どう話を切り出したらいいものかと不審な動きを繰り返していた。サリーヌはというと、表情一つ変えず不動でどこか遠くを見つめていたが、実際は内心話す内容が思いつかなくてどうしようかと悩んでいた。詳しく自己紹介したほうが良いのか――いや、相手はそんなことどうでもいいかもしれない――真剣に悩んでいた。

(何か聞いた方がいいんですかね。でも、相手を不機嫌にさせたらマズいですし)
(マリエルの奴め。私はこういうの苦手なんだよ……)

 互いに遠慮してしまい膠着状態が続く。レイラはそのうち海の方を見つめるようになった。ここの海は透き通るような青で見ていて飽きない光景だ。水面はキラキラと輝いていた。

「綺麗な海……」

 レイラは思わず呟いていた。悩みなど忘れさせてくれるような広さに思わず見とれてしまった。そんなレイラの様子を見たサリーヌがここしかないと、意を決し話しかける。

「海が気になるのか」
「えっ、あ……美しい海だと思いまして。本物の海はあまり見たことが無いんですけど、それでもここの景色は素敵だと思います」
「この辺りは嵐も起きやすいが無い時は大体こんな感じだ」
「この景色を独占出来るのは、ちょっと羨ましいです」
「その代わり、一生出られないがな」

 良い感じに会話が続いた。今ならいけるかもしれない――レイラは意を決してサリーヌに尋ねた。

「あの、マリエルさんとルーンはどんな関係なのですか。特訓していたと言っていましたが、もっと詳しく知りたいのです」

 マリエルに直接聞いたほうが早いだろうが、少し気恥ずかしさがあった。聞いたら、逆にこっちが質問されそうだとレイラは思った。
 それに若干、あのテンションに気後れしていた。

「私は直接関与していないから、詳しいことは言えないがルーンが小さいころに魔法使いとして鍛えていた、というだけの話だ」
「小さい頃……あの、昔のルーンはどんな感じだったんですか?」
「私はあいつとそこまで関わりないが印象としては、不愛想な子どもだったよ。だが、負けず嫌いなところもあった。マリエルに何度やられても、泣き言は言わない奴だった。そもそも泣き言を言いそうな奴ではないがな」

 かなり昔の出来事のだったが、サリーヌは今でも覚えていた。自分よりかなり年下のひよっこ魔法使いに容赦なく雷を浴びせるマリエルの姿は、正直サリーヌも引いたぐらいだ。それでも、ルーンは顔色一つ変えなかった。何を考えているのか、最初から最後まで分からない奴だと思っていた。

「今の印象と違いますね……」
「それはマリエルも言っていたな。一体、何があったのやら」

 昔を知っているマリエル達すれば、今のルーンはだいぶ変わったように見えるようだ。昔のルーンを知っている者はこぞって『変わった』と言っている。不愛想と言われても、レイラには想像が出来なかった。本当だとしたら、今と昔とではだいぶ印象が異なるだろう。少し見てみたかったなぁ、とレイラは思った。

(ルーンの話は……やっぱ本人に聞いたほうがいいですね)

 サリーヌはルーンとそこまで深く関わっていないようなので、これ以上は聞かないでおくことにした。レイラは他に気になっていることをサリーヌに聞くことにした。この様子だと、突然怒り出すことも無いだろうと踏み込んでみる。

「マリエルさんとサリーヌさんはずっとこの島に住んでるんですか」
「そうさ。マリエルは魔女の呪いでこの島から出られない。だから私もここにいる」

 マリエルには呪いがかかっていた。呪いの内容は一生、この島から出られないという理不尽極まりないものだった。そんな状況でもマリエルは楽しそうにしていた。とてつもない精神力を持っていると、レイラは感じていた。

「サリーヌさんは呪いにかかっていないんですか?」
「かけられてはいないが、ここから出るつもりはない。出ようものなら、魔女王が放っておかないだろうな」
「まじょ、おう?」

 聞きなじみの無い単語にレイラは思わずオウム返しをした。

「マリエル達を閉じ込めた張本人さ。呪いはマリエルだけじゃなくて、もう一人かけられた奴がいる。そいつらに共通するのは、魔女王の――世界の神秘に触れた。その一点のみだ」

 魔女王――その存在を知るものはほとんどおらず、その秘密に触れた者は悉く消されるという。都市伝説のような存在だった。しかし、マリエルやサリーヌはそれがどういった存在なのか――それどころかどのような性格なのかも知っていた。だからこそ、このような場所に幽閉されていた。魔女王は自身に都合の悪いものは消していくという、恐ろしい気質を持っていた。

「にわかには信じられない話ですね。というか、私は聞いてしまって大丈夫なんですか? 消されると仰っていましたよね!?」
「ここにいると出られないし、外の情報も分からないが、逆に外側からも中の情報は分からないようになっているらしい」

 ディユー島は元々無人島であったが、いつしか魔女の秘密に触れた者の流刑地と化していた。強固な結界は呪いと合わさって絶対に破れることはない。サリーヌは呪いをかけられていないものの、出ようとすれば即座に反応して出られないようになっている。
 島は基本的に外界から隔絶されており、必要に応じてマリエルの使い魔が情報を持ってきてくれる。島に結界は空間ではなく、人に作用するものなので使い魔や動物には通用しないという特性がある。その特性を生かしてマリエルは何とか情報を得ようと画策していた。ただし、そこまで外の情勢を気にしないので暇な時くらいしかやっていない。内部で何をやっているのかは、魔女王は把握出来ないので案外やりたい放題なのが現状だった。なので、マリエル達は正直ここでの暮らしに苦労していることはなかった。

「情報を知りたがるのは恐らく、ルーンを気にしているんだろうな。あれでも人情があるというか……義理堅いヤツなんだよ」
「ルーンのことですか? 意外ですね」

 ルーンのことをお構いなしにぐいぐい引っ張っていくあたり、自分のことしか考えていないように見えたがそうでもないようだった。マリエルのことはほとんど知らないので、何とも言えないが姉御肌的なものは感じる。
 それでも、レイラにはサリーヌのほうが落ち着いて年上のように見えた。

「一体、二人は何を話しているんでしょうね。マリエルさんが心配するレベルって」
「……さぁな。私には関係ない」

 サリーヌにとっては関係のないことだった。マリエルがお節介なだけである。特訓も元はと言えば、魔女王に押し付けられただけであった。サリーヌも参加はしたがそこまで積極的ではなかった。
 しかし、マリエルは手を抜くことはしなかった。見返りも何もないのに、マリエルは律儀にルーンを鍛えていた。ルーンが立ち上がるたびに目を輝かせていた。マリエルは基本的に人とかかわるのが好きなタイプである。だからこそ、今のような状況は不本意だろうし、魔女王のことは心底気に食わないと言っていた。そんな人物に付いて来ている自分は相当な物好きだなぁ、とサリーヌは何となく思った。
 サリーヌがぼうっと、物思いにふけっているとレイラがおずおずと尋ねる。

「あの、不快にさせてしまったら申し訳ないんですが……その。どうして、サリーヌさんはマリエルさんの傍にいようと思ったんですか?」

 サリーヌはしばらく目をつむっていた。様々な記憶が甦ってくる――自分がどうやってここまで来たのかを思い返す。

「……彼女の輝きが好きなんだ」
「輝き?」

 レイラはサリーヌの『輝き』という言葉に大きく反応を示した。今のレイラにとっては、簡単に聞き逃せない言葉だった。

「あいつの魔法さ。マリエルの全てを照らす魔法に私は魅入られた」

 遠くを見つめるサリーヌの瞳には憧憬が宿っていた。全てを照らす魔法――簡単に言えば全属性を兼ね備えた万能型の魔法である。万物全てを司る魔法は現役の魔法使いでも、扱えるものはほとんどいない。名前も特になく、マリエルは「虹魔法」と呼んでいた。
 サリーヌとマリエルが最初に出会ったとき、そこまで仲は良くなく、むしろ敵対していたくらいだ。しかし、ある日見たマリエルの魔法にサリーヌは心を奪われた。

「人間は手の届かないものを見ると、憧れを抱く。自分のものにしたがる」

 それは、どんなに手を伸ばしても届かない星屑のようなもの。触れることが出来ないもの。自分が欲する真実は、果たして手を伸ばしても届かないものなのか――

「私は誰に何と言われようと、今が一番幸せだ。だが何かを欲し、触れたいと願うなら足掻けば良い。諦めなければ……手放さなければ手に入れられるものもある」

 レイラの心を見透かすようにサリーヌは語る。諦めなければ――レイラはサリーヌの言葉を心の中で反芻する。手放さなければ、いつか思いは届くのだろうか。結局、自分が踏み出さなければ真実にはたどりつけない。きっと、輝きは訪れない。レイラは改めて気を引き締めた。
 その矢先――

「な、なんですか!? あれ」

 突如島に光が降り注ぐ。何事かと思いきや、空を貫くような光の柱が立っていた。レイラはあまりにも異質な光景に思わず固まってしまった。
サリーヌは特に驚くことも無くむしろ笑っていた。

「マリエルの集合合図だ。話はここまでだ」
「そ、そうだったんですね……」

 レイラは天に伸びる光の柱を見つめた。レイラにとっての光――今もなお、分厚い壁で覆われたルーンの思い。飄々とした態度の裏にある、本当の願いは何なのだろう。それを知るには、やはり何があっても諦めず、手を伸ばし続ける他にないだろう。どんな状況に置かれても、マリエルの側に居続けるサリーヌの様に――
 
(私は、私が信じるものを信じる。届かないならせめて――あなたの傍にいさせてください)