ルメイユ山、山頂付近――一般人立ち入り禁止区画にて――

 頂に吹く風はどこか包み込むようで、それでいて人の内面に入り込んでいくかのようであった。神が降りると言われている神聖な山なので、迷いを吹き飛ばすような効果も本当にあるのかもしれない。立ち入り禁止区画には小さな古びた祭壇があり、そこに災厄の一部が封印されている。この辺りには結界が張ってあり、許可された者以外立ち入ることは許されない。では、そのような場所にいる二つの影は一体何者か――

「さすがに、そこまで馬鹿ではなかったか。仕掛けも全解除してもよさそうね」
「よかったですねー」
「定刻通り帰れそうでよかったわ」

 女は魔術師だった。自身がかけた結界に綻びが出たのを感じ取ると、気怠るげにため息をついた。銀色の髪は風に吹かれて、輝いているように見える。衣服は着崩したスタイルで、所々見えている肌は艶めかしさを醸し出している。
 もう一人は小柄な少年で白いローブを纏っており、地面に座り込んでいた。真っ白なその姿は雪のようであった。
 しかし、表情は雪解けのように温かい印象を持っていた為、冷たくは感じられない。白いローブに付いた土埃が目立っていたが、さほど気にしていないようだ。少年は魔法使いで魔術師の補佐役である。
 
「それにしても、姫様生きていたんですね。フルール様から報告を聞いたとき、自分びっくりしました。レイン様のこと、レイラ様のこと……館長は知っていたんですか?」
「確証は無かったけれど、うすうすは気づいていたわ。フルールの報告ではっきりしたってところ。まったく秘密主義の根が深いわね……この国は」
「あんな噂、聞きたくなかったですよーレイン様に限って……」
「殿下というより、あの魔法使いが絡んでいるとは思うのだけれどね」
「ししょーのことですか?」
「昔から浮世離れした雰囲気を醸し出していたけれど、それにしたって不明な要素が多すぎるわ」

 魔術師は苛立ちながら呟く。どうやら、話題に出ている魔法使いのことを快く思っていないようだった。
 少年はその様子に気づきながらも、触れないでいた。魔術師は魔法使いの話題を出すと機嫌が悪くなるのを知っているからだ。自分から話題にだしておいて、不機嫌になるのも馬鹿馬鹿しい話だが、触らぬ神に祟りなしである。

「うーん……レイン様も、レイラ様も大丈夫なのかなー」
「生きているのなら問題ないでしょう。少なくとも、あの魔法使いがいるのなら、簡単に死ぬことはないでしょう」
「自分としては、レイラ様が生きていればそれでよかったのに、どうしてこうなってしまったんでしょー」
「結局のところ、お姫様も私達もいいように振り回されているだけでしょう。今だって殿下の命令で来ているだけだもの。聞いても事情は教えてもらえない。愚痴の一つも言いたくなるわ」

 少年はバッと立ち上がり、魔術師の方に視線を向けた。何やら企んでいる様子である。

「これは直接聞いてみるしか、ないんじゃないですかねー?」
「面倒ごとにならなければいいのだけれど」

 少年の提案にあまり乗り気ではなさそうだった。余計な業務が増えることを憂いているようである。魔術師は目を細め、下界を見下ろした。

「どいつもこいつも、押し付けて、いなくなって……何が自由よ」

 聖なる山に、一瞬だけ凍てつく風が吹き抜けていく。魔術師の感情を表すかのように、冷たく鋭く風は突き刺さる。